「かーちゃーん、桃持ってきてー。」
暑い夏の日。
お風呂場から聞こえてくる、息子たちの声。
なんでそんなことを始めたのか。
きっかけは、もう覚えていない。
でも、夏休みの夜。
お風呂で桃を食べることが、我が家の風物詩になっていた。
夕方、桃を冷蔵庫へ入れておく。
「今日は桃だよ。」
その一言で、二人はさっさとお風呂へ向かう。
仲良く髪を洗い、身体を洗い、ギャーギャー笑いながら湯船に浸かる。
そして聞こえてくる。
「かーちゃーん。」
「はいはい、ちょっと待ってね。」
わたしは急いで桃をむく。
桃は時間との勝負。
のんびりしていると、あっという間に茶色くなってしまう。
落としても割れないように、プラスチックのお皿に一つずつのせる。
丸ごとの、桃だ。
お風呂場まで慎重に運ぶと、湯船の縁から長男と次男が同時に両手を伸ばす。
まるでシンクロだ。
桃を受け取ると、二人は夢中でかぶりつく。
「あまーい!」
「うまーい!」
果汁で手も口もベタベタ。
でも、お風呂場だから気にしない。
豪快に頬張る姿を見ているだけで、なんだか嬉しくなった。
わたしは服のまま洗い場にしゃがみ、その様子を眺めていた。
食べ終わったあとに残る、大きな桃の種。
その種まで、立派な立役者に見えた。
お風呂場には、とびきり甘い桃の香りが漂う。
それから、大満足な2人の声。
香りも、声も、湯気と一緒に、ふわりと広がっていった。
ずっと仕事をしながら子育てをしてきた。
日々の子育てを丁寧にしてきた記憶なんて、笑ってしまうくらいない。
だから、せめて。
「美味しい」と「楽しい」は、できるだけたくさん感じて欲しいと思っていた。
──子どものため。
でも今になって思う。
「あまーい!」
「うまーい!」
あの声を聞かせてもらっていたのは、
わたしだった。
満足そうに桃を頬張る顔を、何度も見せてもらっていたのも、
わたしだった。
子どもたちに何かを残そうとしていたつもりが。
残してもらっていたのは、
──わたしの方だった。
今では、お風呂で桃を食べることはない。
ベタベタの手を見せ合って笑うこともない。
オットと向かい合って、静かに桃を食べる夏になった。
それも悪くない。
でも、わたしには。
この世のどんな高級な桃よりも。
美味しくて、とびきり甘い、桃の記憶がある。
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