【読書感想文】『生きるって、なに?』作・たかのてるこ
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たかのてるこさんは、面白い紀行エッセイを書く作家さんである。うちの妻が著者の大ファンで、先日、著者主催の誰でも参加できる新年会があったので、妻が会いに行ってきた。
「超面白い『愛』の人って感じだった」
と実際に会いに行った妻は言っていた。
そう、面白い紀行エッセイを書く作家さん、と先ほど書いたが、面白いだけではなく「愛」に満ちている人……、いや満ちているどころか溢れすぎて周りの人たちを元気に幸せにしている人なのである。
僕がたかのてるこさんを知ったのは、『ダライ・ラマに恋して』という著者がチベット・ラダックを旅した時に書いたエッセイ集だ。
チベット・ラダックの、経済的な豊かさを求めるのではなくゆったりとした時間のなかで育まれる本当の意味での豊かさが描かれたエッセイ集で、今の日本のような何もかもが便利で加速的な社会には、特に必要な一冊でぜひ読んでいただきたい。
それはさておき、今回紹介する「生きるって、なに?」は、現代の日本社会への処方箋のような素晴らしい一冊で、ぜひとも紹介したいと思い、この記事を書いている。
本書は
わたしは なぜ生きているの? 生きるって、なに?
という文章から始まる。
次のページには、
生きるって「自分をまるごと愛する」こと
とある。
それで「そうかぁ、生きるって自分をまるごと愛することかぁ。なるほどー! 納得!」と終わる人もなかなかいないだろうと思う。それってどういうこと? と疑問に思うことだろう。
著者は読み手がそう思うことも理解していて、
「自分をまるごと愛する」って?
という言葉が次のページにはある。
それに答えるように、
それは「自分を大事にする」こと
と続く。察した方もいるかもしれないが、その次は「自分を大事にする」って? と続き、問い→答え、という順番でどんどん進んでいく。最初の質問である「生きるって、なに?」という質問が、壮大なスケールにまで広がっていく。
これこそまさに、人が生きていく上で必要な観点なのだと思う。
自分もそうだが、人はつい「自分の立場」という一点から物事を見てしまう傾向にある。自分の意見、と言えば聞こえはいいが、意見とは多角的に捉えて深く深く考えた上で出された時に初めて偏りがなくなる。
多角的に捉えないということは、サイコロの「1」と書かれた面だけを見て、サイコロの全ての面に「1」の数字しか書かれていないと思い込むようなものだ。転がしてみたり、自分が動いてみれば、別の数字が書かれていることがわかる。
そして多角的に捉えることよりも大事なのが、一歩引いて見る、ということだ。
何にでも言えることだが、何かの中に自分がいる時、その何かについてはよく見えてこない。初めて日本から飛び出した21歳の時、僕は自分が住んでいる日本のことも、世界のことも何にも知らなかったのだと強く痛感した。
外に出ると、良いところも悪いところもよーく見えてくる。
当たり前だと思っていたことがそうでなかったり、当たり前でないことが世界では当たり前だったり、とにかく色んな経験を積みさまざまな側面から見れば見るほど、何もかもが新鮮で奇跡的なものに思えてくるのだ。
こうやって、何気なくPCで文章を書いているが、このPCだって誰かが発明したのだ。PCを発明するためには、数字という概念が必要で、その数字だって誰かが考えて生み出した。
この当たり前のように使っている言葉だって、どうやって使っているのか、誰がどう考えたのか、さっぱりわからない。わからないのに、使えている、この不思議。
そうやって世界を見てみると、ほら、何もかもが「当たり前」でないのである。水道だって、電気だって、使っているコップだって、食べ物だって、雨が降ることも風が吹くことも、太陽があたたかいのも……。
そしてその究極が「自分が存在していること」乃至は「存在が存在していること」なのだ。
自分が存在している……、という当たり前は当たり前でない。なぜ自分は存在しないではなく、存在したのか。
なぜ世界は存在しない、ではなく存在しているのか。
この存在論的な観点まで引いて見る必要は決してないが、「当たり前だと思っている全ては当たり前ではない」と気づいた時、自ずと生まれるのが「謙虚さ」ではないかと思う。
その謙虚さがあると、もう全てが「ありがたい」と思えてくるようになる。
「ありがたい」とは、元々の言葉からして「在り難い」、つまりは「在ることが難しい」、そんな在ることが難しいことが在るから、それが感謝の意味になったのだ。
生きていることがありがたい。
自分がいるということがありがたい。
世界があるということがありがたい。
何もかもがありがたい。
いろんな悩みや苦しみ、辛いことがあるかもしれないけれど、このような全てに対する「ありがたみ」を思う時、それさえも愛おしくてたまらなく思えてくるのだ。
そう、この「ありがたみ」の別の名前が「愛」なのだ。
全てをありがたいと思える時、そのありがたみは「愛」という形に変わって自分自身へと還ってくる。その自分自身へと還ってきた「愛」をどのように表現するかは自分次第だが、そういう人の一挙手一投足には必ず「愛」が宿っている。
本書は、端的に言えばたかのてるこさんの「愛」の表現、いや「愛の結晶」と言ってもいいような、そんな一冊だった。
長々と書いたが、最後にたかのてるこさんらしい文章が本書の最後を締め括っていたので、それを引用して終わりたいと思う。
生きるとは難しいことを考えず「今」を楽しむこと!
よーし、今日も「今」を楽しむぞー!
みなさま、よき1日を!
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