小説|夏の終わりに|第6話|夜の台所
第6話 夜の台所
私は立ち上がると、なつを探した。
なつとずっと一緒にいたい。
その思いが胸の奥からとめどなく溢れてくる。
「めぐみ、落ち着いて! 消えやしないわよ、ずっと昔からいるん……」
ふいに、おばあちゃんの言葉が途切れた。
振り向くと、おばあちゃんの前になつが立っていた。
おばあちゃんは、両目を大きく見開いた。
「なっちゃん……」
口元に手を当てたまま、声を詰まらせた。
なつは、はにかみながら、小さくおばあちゃんを呼んだ。
「たまちゃん」
おばあちゃんの両頬に、ぽろぽろと涙がこぼれた。
何かを言おうとするも、声にならないようだった。
なつは、そんなおばあちゃんの姿を、優しい眼差しで見つめていた。
少しして、おばあちゃんは大きく息を吸った。
「……なっちゃん。私ね、こんなにおばあちゃんになっちゃったよ……」
自嘲気味に笑おうとするが、余計に涙がこぼれるだけだった。
なつは、心配そうに一歩近づくと、おばあちゃんの顔をのぞき込んだ。
ひとしきり涙を流した後、おばあちゃんは、大きく深呼吸してから、ようやく声を発した。
「……あのね、なっちゃん」
おばあちゃんが意を決したように、なつを見つめた。
「ずっと……伝えたかったことがあるの」
なつも、おばあちゃんをじっと見つめて、話を聞こうとしていた。
「私ね、やっとあなたが帰れる方法を見つけたの。それでね……」
「ちょっと待って、おばあちゃん」
思わず声を上げた。
「ダメよ。私は、なつと一緒にいるわ」
「めぐみ、分かってちょうだい。なっちゃんには、帰るべきところがあるのよ」
「なつ、こっちにおいで。私と一緒にいましょう」
「かか様……」
なつは、戸惑った様子で、おばあちゃんと私を交互に見ている。
「おばあちゃん、私、あまり体調が良くないの。隣の部屋で休ませてもらうわね」
隣室に行こうとする私を見て、なつが慌ててこちらに来た。
その途中、なつの足がふと止まった。
心配そうな顔でおばあちゃんの方を振り返った。
おばあちゃんは、わずかな笑みを作ると、なつに向かって両眉を上げて小さくうなずいた。
そんなおばあちゃんの姿を見て安心したのか、とことこと私の方に走ってきた。
なつが部屋に入るのを見届けてから、私はふすまを閉じた。
向こう側から、おばあちゃんの長いため息が聞こえた。
布団の上で目が覚めた。
スマホを見ると、夜十一時を回ったところだった。
なつは、私の布団の横に座ってこちらを見ていた。
「あなたって眠らないの?」
なつは、きょとんとした顔を向けた。
そんななつを見て、ぷっと笑ってしまった。
「ごめん、何でもない。あなたはあなたでいいのよ」
頭の後ろに両手を組むと、昼間のおばあちゃんとのことが脳裏をよぎった。
どうして急に帰って来たんだろう?
私と入れ違いで帰って来るという話だったのに……。
……お腹空いたな。
こんな時間だけど、晩ごはん食べてなかったし、何か食べるか。
布団から起き上がると、そっとふすまを開ける。
おばあちゃんはもういなかった。
もう自室に戻って寝てしまったのか、家の中は静まり返っていた。
私は電気をつけると、台所に向かった。
冷蔵庫を開けると、昼に食べたそうめんと同じものが、ラップに包まれていた。
なつへのお供え用として作ったものだった。
「なつ、これ食べていい?」
振り返ると、なつはこくりとうなずいた。
夜食には、にゅうめんがいいかな。
茂おじさんからもらったナスを軽く水で洗って切っていく。
なつは、私のすぐ横で、私がナスを包丁で切るのを興味深そうに見ていた。
「なつ、包丁を扱ってるからね、あまり近くに来ると……」
と言いかけて、なつは怪我をすることはないのだと思った。
こういう何気ない母と子の日常が、なつにもあったはず。
そんな当たり前のこともできずに、いなくなってしまった母を、ずっとここで待ち続けていたのだろうか。
胸がぎゅっと苦しくなった。
なつと交錯したときに見えた、あの母親……。
あれは、私に違いなかった。つまり、なつの母は、前世の私だ。だから、なつは私を「かか様」と呼んで離れないのだろう。
この子とずっと一緒にいられる道はないのだろうか?
私が死んだら、なつとずっと一緒にいられるのか……。
手に持っていた包丁をしげしげと見つめる。
鈍く光る刃に、ぼんやりと自分の顔が映っていた。
それにしても……どうして私は、こんなにこの子を手放したくないのだろう?
これは本当に私の感情なのか?
何となく、以前にもこんなことを思ったことがあるような……。
「かか様?」
近くで、なつが私を呼ぶ声が、どこか遠くから聞こえた気がした。
気付くと私は、またあの時代にいた。
台所で包丁を手にした女性は、刃に映る自分の顔を眺めていた。
そこに映っているのは、あの母親、前世の私の顔だった。
あの時と比べて、ずいぶんとやつれていた。
気力のない疲れた顔。髪もあちこちほどけている。
目の奥だけが鈍く光っている。
「……なつ」
力なく呟きながら、包丁を見つめていた。
意を決したように両目を見開くと、ゆっくりと刃を自分の首に当てた。
「なつ……私も……あなたのところに……」
目を閉じると、大きく息を吸った。
包丁を持つ手が震えた。
涙がとめどなく流れる。
そのまま、手を動かすことができない。
目を開くと、刃から伝わった血が、持ち手を伝って手にべったりとついていた。
ぎょっとして、包丁を取り落とした。
台所に甲高い金属音が響いた。
