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   遠藤周作『海と毒薬』を読む

    奈良市在住の定年退職教員で、やぶきひでお と申します。

初版1958年、文庫化1960年

九州・F市の大学病院の屋上から海が黒く鈍色に光って見えた
この病棟で 戦時中 米兵捕虜が生体解剖された
人間は血液をどれほど失えば死ぬのか
血液の代わりに生理的食塩水をどれほど注入できるか
肺を切除して人間は何時間 いや何分生きるか
生理的食塩水実験は戦争医学の要請するところだった
肺の切除実験は肺の外科医が知りたい問題に沿うものだった

奴ら 銃殺と決まっているんだ
何処で殺されようが同じことだ
むしろ エーテル麻酔されて眠っている間に死ぬんだ
医学の進歩に役立つわけだ
当時 軍関係者の間で一般的な考えだったかもしれない

「神というものは存在するのかなあ
人間は運命からどうしても逃れられんやろ
運命から自由にしてくれるものを神と呼ぶならばや」
実験に参加する研修医の一人が呟いた
しかし 彼には立ち止まる良心はなかった
いわば毒薬を飲んだような心境だった
世間や社会からの罰に対する恐怖心があったとしても

「エーテルの点滴を絶やすな」 助手が言った
「脈が遅くなってきました」
「角膜反射もなくなりました」
「エーテル点滴中止 死なれては困る」

外科部長と助教授が将校たちと共に手術室に入った
「君い 手術中 写真を撮ってもいいかね」と将校
「どうぞ どうぞ 貴重な実験でしてね」と助手
「よか気持で寝とりますなあ やっこさん」と将校
「はじめますかな」と助教授 うなずく部長
「メス」「ガーゼ」「メス」 看護婦が指図される
「左肺 全摘 右肺上葉 切断中」と助手
「三十・・・二十五・・・二十・・・十五・・・十・・・
終りです」 血圧計を研修医が読み上げた
しばらくの沈黙の後 将校たちの咳ばらい 靴の音
部長は黙って死体を見おろした

命を奪ったという恐怖さえ感じられん なぜや
なぜ俺の心はこんなに無感動なんや
研修医の一人は自問した
今 欲しいのは呵責だ 心を引き裂くような後悔の念だ
だが そうした感情は起こってこなかった

捕虜の死のおかげで
何千人もの結核患者の治療方法がわかるとすれば
あれは殺したんやないぜ 生かしたんや
人間の良心なんて 考えよう一つで どうにでも変わるもんや
良心なんて 黒い海に破片のように押し流されるもんや

(日本人とは如何なる人間か、と執拗に問い続けた作者の昭和三十三年の作。後に『留学』、『沈黙』と続く。日本人の弱さと欠陥を抉り出し、自己告発を求めた。)