ドリトル先生とは・・・
奈良市在住の定年退職教員で、やぶきひでおと申します。

古本屋さんで『ドリトル先生物語』(全十二巻)を見つけた。相当の年代物であるが、比較的安価であった。少年の頃、縮刷版で読んだ記憶がある。買おうかどうか迷ったが、今度にしようと何故か思った。今日買っても、当分は読まないことが分かっていからで、また当分の間売れる心配がないと思ったからである。
少年向けの訳者が井伏鱒二であることを知り、嬉しく思った。
「ドリトル」という活字を見て、あ、そうかと気がついた。今頃気がつくのは遅すぎるのですが、「ドリトル」というのは ”do little” ではないかと。そうだとすると、この物語の内容もタイトルに合うのではないかと思った。
Do little先生(Doctor Dolittle)は自分からはほとんど何もしない人というか、意訳して控えめに生きる人だ。控えめに!というのが、昔も今も求められているのではないかと私は考えた。
作者のロフティング(1886-1947)は戦場で弾丸に当たって死んでいく人や負傷した人を見てきた人物である。立ち読みしたくだりに次のような話があった。
戦争には馬たちも連れられる。馬も死んだり負傷したりするが、人間と違って馬は負傷したら、その場で射殺されてしまう。古来戦争に馬や牛や、その他幾つかの動物が駆り出されるが、彼ら動物は役に立たなくなれば捨てられるか、殺される。それが戦争というものだ。
しかし作者は、こんなおかしなことがあっていい訳ではないと考えた人だった。馬を治療する医者が必要だ、と戦争で馬たちのために心を痛めた人だった。なにより、人間のためにも動物のためにも、戦争が地上からなくならなければならないと痛感した人だった。そういう思いから生まれたのが『ドリトル先生物語』であった。
何をするにせよ、控えめに! というモットーを掲げるのが良いと思った。
井伏鱒二訳「ドリトル先生」の一冊

▲シェリーとピー&モル
ピーが言いました。
「モル、あそこに居る犬、シェリーっていう名前だって。」
いっぺん呼んでみようかな、とモルは思いました。
「シェリー、シェリー」
シェリーは見向きもしませんでした。
言葉が通じないみたいでした。
それはそうでしょう。鶏と犬では言葉の種類が違いますから。
「あぁ、そうなの?」モルはまだ納得していませんでした。
でも、モルは納得するしか仕方ありませんでした。
一方、シェリーは分かっていました。分かっていて返事をしませんでした。鶏ごときに遊ばれたくはないと思ったのです。こちらが先輩なんだと意地を張ったのでした。でも、だんだんとシェリーもピーとモルに親しんでいきました。
シェリーがこの家に連れて来られた時のことをお話しましょう。ピーもモルも知らないお話です。
二年前の冬の夕方、今にも雪が降ってきそうな寒い夕方、シェリーはこの家の兄ちゃんによって連れて来られた雄の仔犬です。寒かったので、その夜は玄関の土間で眠ることになりました。シェリーと名づけられました。仔犬はすぐに自分の名前を覚えました。嬉しかったのです。人間と仲良くなれて。厚手の毛布にくるまって眠ろうとしました。が、すぐにオシッコに行きたくなり、毛布の上をぐるぐる回りました。すると、すぐに戸を開けてくれました。開けたのは、この家のパパでした。シェリーは戸の外へ走るようにして出て、すぐに雪の上にオシッコをして、すぐにお尻をふりふりしながら玄関の中へ入りました。オシッコが出て、気分が楽になりました。さて、眠ろうとすると、兄ちゃんとパパや、姉ちゃんとママが家の中の奥の方へ行こうとします。シェリーは生まれて初めてキャンキャンと吠えました。「行かないで」と言ったのでした。せっかく仲間になれたのに、すぐに離れるのは嫌でした。パパがしばらく傍に居てくれましたが、パパも眠たくなったのでしょう。奥の方へ行ってしまいました。シェリーはキャンキャンと吠え続けましたが、やがて眠たくなりました。こうして、この家での第一日が過ぎました。
翌朝、起きると、ママが外へ出してくれました。外は雪が積もっていました。冷たい雪をシェリーは好きです。跳ね回るようにして遊びました。ママが朝食を用意してくれました。嬉しくて嬉しくて、平らげてしまいました。その時、気がついたのですが、食事はママがつくってくれるのだと。それに、朝一番に会えるのはママだと。それ以来、ママが起きてくる時に雨戸の外でママを待っていることにしました。外にいても、家の中は手にとるように分かりました。雨戸を隔てていてもシェリーの勘はいつも的中しました。勘というより「知る」と言ったほうが正しいようでした。もう一つ知ったことは、昼間、家に居るのはママだけだということでした。兄ちゃんと姉ちゃんは近所の小学校というところへ、パパは遠くの会社へ行ってしまいます。三人が留守中、ママと二人だけになり、三人の帰りを待つことになりました。
しばらくして犬小屋という家が用意されました。その家で過ごし、夜はそこで寝るように、と。でも、シェリーは決してその家に入りませんでした。「シェリー、ハウス!」と言われても、決して入りませんでした。もちろん、その言葉は理解していましたが。寝るのに充分な広さでも、せせこましく眼や耳がはたらきにくくなり、特に鼻がはたらきにくくなるからでした。そういうわけで、シェリーは人間の家に沿った外側で寝ました。少しでも人間に近いところで寝ました。雪の夜でも、出窓の下で寝ました。そこが姉ちゃんに一番近いところでした。兄ちゃんともパパやママともつながっていました。
シェリーは変わった犬でした。他の犬とは一切遊ばず、もっぱら人間とだけつき合いました。人間であれば、家の人かそうではない人かを問わず、誰とでも仲良くなりました。ママが「番犬にはなれないわね」とこぼしても、一向に構わず入ってくる人間すべてを歓迎しました。でも、散歩で外へ連れていってもらっているあいだは人間を警戒しているようでした。どうしてかはシェリー自身にも分かりませんでした。家の垣根の内だけが心から安心できる世界だったようです。
そんな時、鶏が二羽、家の垣根の内にやって来ました。兄ちゃんが欲しいと言い、パパが買ってきたようでした。
「あーぁ、家族が増えた。ぼくの庭が狭くなるじゃん」とシェリーは内心で思いました。
兄ちゃんがピーとモルと名づけた鶏はまだ若い若い子供のようでした。一方は白色、もう一方は薄茶色です。だんだん大きくなるように、パパがのびのび出来る小屋を作りました。買ってきた餌をママが与えました。ピーもモルもいつも食事の時間を待っていました。小屋の掃除もママがしました。ママは仕事が増えたと言いましたが、まんざらでもなさそうでした。
二羽の鶏は望めば時間を決めていつでも外へ出ることが出来ました。庭で好きな草を食べました。そうして、だんだん成長していきました。ある日、お尻のあたりがむずかゆくなりました。そうなんです。卵を産みました。まずモル。すぐ次にピー。二羽の鶏が大人になったのです。二羽とも嬉しそうにコッココッコと鳴きました。その日から毎日一個卵を産みました。二個の卵を家の人にプレゼントしました。なにか暖かいものをピーもモルも感じました。ママの嬉しそうな顔がはっきりと見えました。実際には、想像でしたが、鶏の場合、想像は現実です。
ピーとモルがはっきりと覚えた言葉がありました。「シェリー、ハウス!」という言葉です。シェリーに言われている言葉ですが、シェリーは分かっていて、この言葉に決して応じません。ピーとモルは「ハウス!」と言われれば、素直に小屋に入りました。庭の草をついばんでいる最中でもすぐに小屋に入りました。これにはパパも皆もびっくりしたようでした。鶏が人間の言葉を分かるなんて、と皆は驚きました。シェリーも驚きました。
「きみたちはぼくと同じぐらい賢いの?」
「もちろんさ」とピーが自慢げに答えました。
「きみはわたし達の言葉を分からないでしょ?」とモルが尋ねました。
シェリーは困りました。
「いえ、分かるよ」と答えてしまいました。ピーとモルは首をかしげました。シェリーの意地というものなのでした。
ピーとモルがこの庭に来てから2年ほどたった頃、ピーは飛べることを示したくなりました。でも、機会を待たなければなりません。まもなくその機会がやってきました。シェリーとパパが遊んでいる時、突然、
「ピー、モル、一緒に遊ぼう」とパパが誘いました。
シェリーがパパのおなかを飛び越えて「ピー、こんなに飛べるか」と自慢げに言いました。
待っていましたとばかり、ピーは庭のはしから隣の家の手前まで飛びました。羽の音がバサバサとしました。シェリーもパパも驚きました。パパも鶏が飛ぶのを見たことがなかったのです。モルは飛ばなくてもいいのにと思っただけでした。おとなしいモルでした。
「ピー、すごい、すごい」とパパはピーをほめました。
「まいった、まいった」とシェリーは恥かしそうに言いました。やっぱり鳥は違うと思いました。歩いたり走ったりすることでは負けないのにとも思いました。ピーみたいに飛びたいとも思いました。ピーとモルをかしこい鳥だとも思いました。人間の言葉も分かるらしいし、飛べるし。すごいと思いました。
「シェリー、寝るときだけでもハウスに入ったら」とモルが言いました。
シェリーはちょっとのあいだ考えていましたが、
「いらぬおせっかいだよ。ぼくはぼくで生きていくよ」と答えました。
でも、ピーとモルとも今まででどうり仲良くしていこうと決心しました。
ピーが飛んだことでピーの鳥としての才能が認められましたが、ピーは自慢しませんでした。ピーの態度にモルは安心しました。自慢はよくありません。ほめられるだけで良いのです。
そしてピーとモルは卵をうみ続けました。シェリーと会話しながら。
四年半ほど経ちました。悲しいことが起こりました。モルが死んだのです。ピーをはじめみんなを悲しみでうちのめされました。パパの考えでは、鶏の寿命がつきたのかな、ということです。シェリーにしろ他の者にしろ、パパの考えを理解できません。寿命ってなに? とみんなは思いました。
寿命は生きとし生けるものすべてにあります。パパにもママにも兄ちゃんにも姉ちゃんにも。シェリーにもピーにも。
モルの死に一番はげしく反応したのは姉ちゃんでした。半分泣きながらモルにお礼を言いました。
「モル、ありがとう。一緒に生きてくれて。」
兄ちゃんもお礼を言いました。パパとママは心の中でお礼を言いました。
困ったことが生じました。死んだモルをどうしたらいいのか?いろいろ考えた末に、パパがモルをダンボール箱に入れて、どこか適当なところに埋めてくることにしました。この役目はパパにしか出来ません。パパは自転車の前かごにモルの入ったダンボール箱をつんで、そして一時間ほどして帰ってきました。
