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代わり、買えます

なぜ神戸の個店にここまで惹かれるのかわからなかったが、わかった。

アンリ・ベルクソンの論文

今朝からフランス語原文を読んでます

『ウィリアム・ジェームズのプラグマティズムについて 真理と実在』
SUR LE PRAGMATISME DE WILLIAM JAMES VÉRITÉ ET RÉALITÉ

を読んでて、キラン、と閃いた。

ベルクソンは、言う(阪本による要約)。

私たち人間の知性は単純を好む。C'est que notre intelligence est éprise de simplicité.

必要なものだけ

が好き。

ところが自然は必要・不要の区別なく「不必要なまでに」あれもこれも多い。

人間が好むのはちょうど舞台のようなものだ。
舞台上の役者は誰もが言うべきことしか言わず、しなければならないことしかしない。
劇には始まりと終わりがあり、各場面は明確に区切られている。

すべては幸福な結末か悲劇的な大団円のために、極限まで切りつめられて配置されている。

理性が好み、望むのは、そういう、予測可能なわかりやすさだ。

堤未果さんのニューヨークの知人の話(*)。

*8月号所収の堤未果さんのインタビュー記事より

知人は大型犬のゴールデンリトリバーと長く暮らしていたのだが、もうすぐ愛犬が寿命を迎えることを知り、落ち込んでいた。

しばらくして、どうしたかと聞くと「もう大丈夫。解決したから」
愛犬のクローンがやってくることになったからという。堤未果さんはこの話に違和感を覚えた。

日本円で700万円出せば、ペットのクローンが家にやってくる。テクノロジーの進化は、「命がなくなったら、代わりの命を提供します」を可能にした。

理性が好むシンプルを実現している。「代わり、買えます」。You can buy it. We sell it.

しかし、人間、そう単純ではない。現実は流れている。そしてその流れは一方向なのか、それともたくさんの支流に分かれて無作為に流れているのか、そこに決まりはない。限定など、ない。無限定だ。

ところが、理性は自分の姿を鏡の中に見出すことができないと居心地が悪い。

みんながAIを好きになる理由はこれで、AIは流れているよくわからない現実をぶった斬って整理整頓し、シンプルな「答え」を出してくれるから。

大切な家族が亡くなった? 代わりは買えますよ。

冒頭の、「ぼくが神戸の個店に惹かれる理由」がこれで、大阪はあまりにも全国チェーンの店が多すぎる。飲食店にせよ、服屋にせよ。
全国チェーンにする段階で、既に、「わかりやすく」「シンプルに」なる。組織もその中を流れるシステムも。ドラッグストアやコンビニを見ればその好例だ。

人が何かを買う

というのは、そんな単純なものじゃない。

だから全国チェーンの店たちは、日本の商いを貧しくしてしまっている。

今回の神戸で出会った女性服のお店は外に出したバーゲン品が風になびいていた。
中の赤いワンピースが妻の目に止まった。ぼくたちはそこから15メートルほど離れた交差点で信号待ちしてた。女性はそういうときでも周囲を見ている。赤い服は妻の大好物である。行った。その店は、すべてオリジナル、デザイナーが一品ずつ作っている。

この店との出会い、これは単純な因果関係にはできない。「こうすれば、集客できる」なんてのには、ならない。

だから、神戸は面白いんだ。

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