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人生アップデート日記#7 時短ワーママの「働き方設計」——評価が止まらなかった理由を、全部書きます

前回(#6)、私のキャリアの分岐点のひとつとして「時短勤務中の昇格」の話を書きました。

書きながら、ずっと頭にあった質問があります。もし読者の方と直接話せたら、きっとこう聞かれるだろうな、という質問です。

「で、具体的にどうやったんですか?」

今回はその答えを書きます。
精神論ではなく、私が実際にやった「設計」の話です。



「時短=評価が止まる」は、能力の問題じゃない

まず前提から。

時短勤務で評価が伸び悩むのは、能力が落ちるからではありません。構造の問題です。分解すると、たった2つ。

「時間」と「可視性」。

フルタイムの人より物理的に時間が短い。そして、夕方の会議や飲み会など「見られる場」にいないから、頑張りが見えにくい。この2つだけです。

逆に言えば、この2つに対して手を打てば、時短でも評価は止まらない。私はそう考えて、働き方を「設計」し直しました。

ポイントは3つです。

  1. 時間の設計——何を捨てるか決める

  2. 成果の設計——時間で勝負しない土俵を選ぶ

  3. 周囲の設計——期待値を先にすり合わせる

順番に書きます。


設計①:時間——「全部やる」を、まず捨てる

時短になって最初にやったのは、頑張ることではなく、捨てるものを決めることでした。

フルタイム時代の仕事量を6時間に詰め込もうとすると、必ず破綻します。私も最初の数ヶ月、お昼を5分で済ませて走り回って、それでも終わらなくて、保育園のお迎え前に門の前で涙を拭いたことがあります。トイレに行くこともままならず膀胱炎になったこともあります。

そこで、自分なりの基準を作りました。

会議は「出る/出ない」を自分で決める。 情報共有だけの会議は議事録で追う。自分が発言しない会議は原則出ない。「その場にいること」に時間を使うのをやめました。最初は勇気が要りましたが、意外と誰も困りませんでした。

「即レス」をやめて「まとめて返す」に変える。 チャットやメールは午前と午後の決まった時間にまとめて処理。細切れの中断が、短い勤務時間をいちばん削っていくからです。

朝に「頭を使う仕事」を寄せる。 資料作成や分析など、集中が要る仕事は午前中に固定。午後は調整ごとや細かいタスク。1日の中で自分の集中力を配分する感覚です。

ここで大事なのは、これが「手抜き」ではなく「選択」だと自分で言い切れることでした。捨てたものに罪悪感を持ち続けると、続きません。


設計②:成果——「時間で勝負しない土俵」を選ぶ

ここが、いちばん書きたかったところです。

時間で勝負したら、時短勤務者は絶対に勝てません。だったら、時間の長さと成果が比例しない仕事に軸足を移せばいい。

私の場合、その一つがデータの可視化でした。

当時、部署のあらゆるデータはExcelで手集計されていて、毎月誰かが何時間もかけてレポートを作っていました。私はそこにTableau(BIツール)を導入して、集計とレポートを自動化する仕組みを作りました。

この仕事の何が良かったか。

「私が帰ったあとも、成果物が働き続ける」んです。

私が16時に退社しても、ダッシュボードは動き続ける。誰かが毎日使ってくれる。「あの仕組み、kyokoさんが作ったんだよね」という形で、私がその場にいなくても仕事が私の名前で語られる。

これが、可視性の問題への私なりの答えでした。「長くいる人」ではなく「仕組みを残す人」になる。

もちろん、誰もがBIツールを使いこなす必要はありません。ポイントは、自分の職場で「時間に比例しない成果」は何かを探すことです。マニュアル化、テンプレート化、業務フローの改善——「属人的な頑張り」を「残る仕組み」に変える仕事は、どの職場にも必ず転がっています。

そしてこの「仕組みを作る側に回る」経験が、#6で書いた3つ目の分岐点——DXの世界への異動——につながっていきます。


設計③:周囲——「できないこと」を先に言う

3つ目は、コミュニケーションの設計です。

時短を始めたとき、上司との面談で私はこう伝えました。

「16時以降の会議には出られません。急な残業もできません。その代わり、この業務の成果には責任を持ちます」

できないことを先に、はっきり言う。これ、ものすごく勇気が要りました。「使えないと思われたらどうしよう」と。

でも実際は逆でした。できないことを曖昧にしたまま働くほうが、「あれ、頼めると思ってたのに」という小さな失望を積み重ねてしまう。先に線を引いたことで、上司は「じゃあこの範囲で任せる」と采配しやすくなったと、あとで言われました。

もうひとつ、小さいけれど効いたこと。

「すみません」を「ありがとうございます」に言い換える。

お迎えで先に帰るとき、「すみません、お先です」ではなく「今日もありがとうございました、お先です」と言う。フォローしてもらったら「すみません」ではなく「助かりました、ありがとう」。

謝罪は「私は迷惑な存在です」というメッセージを毎日発信することになります。感謝は「私はあなたに支えられているチームの一員です」というメッセージになる。言葉ひとつですが、続けると職場での自分の立ち位置が変わっていく感覚がありました。


それでも罪悪感は消えない。だから「設計」する

ここまで読んで、「そんなに割り切れない」と思った方もいるかもしれません。

わかります。私も割り切れていませんでした。

会社では「時短ですみません」、家では「遅くなってごめんね」。どちらにも全力になれない気がして、二重の罪悪感を抱えていた時期があります。

私がたどり着いたのは、罪悪感を消すことではなく、罪悪感が出てきたときの「処理ルール」を決めておくことでした。

罪悪感が湧いたら、一度だけ自分に聞く。「それは、誰かに実害を与えている? それとも、自分の理想像とのズレ?」

実害があるなら、謝って直す。理想とのズレなら、それは罪悪感ではなくて「全部完璧にやりたい」という欲張りの裏返し。だったら手放していい。

このルールを持ってから、罪悪感に飲み込まれる時間が減りました。ゼロにはなりません。でも、飲み込まれなければ十分です。


まとめ:時短は「制約」ではなく「設計の条件」

振り返って思うのは、時短勤務は私に「働き方を設計する力」を強制的に身につけさせてくれた、ということです。

時間が無限にあれば、設計なんてしません。全部やればいいから。時間が限られていたからこそ、捨てる基準を持ち、時間に比例しない成果を探し、周囲との期待値を言葉にする必要があった。

そしてこの「制約の中で設計する力」こそが、のちにDX推進の仕事で私のいちばんの武器になります。

制約は、キャリアを止めるものではなく、設計を始める合図。

時短で働くすべての人に、この言葉を届けたくて、今回の記事を書きました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


このシリーズ「人生アップデート日記」は、毎週日曜20時頃に更新しています。

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