ルチアン・ピンティリエ『The Afternoon of a Torturer』ルーマニア、拷問官と過ごす長閑な午後
傑作。2001年ヴェネツィア映画祭コンペティション部門選出作品。ルチアン・ピンティリエ長編九作目。セクリターテの拷問官であることを告白したフランツ・ツァンダラ(Franț Țandără)について扱ったドイナ・イェラによるノンフィクション本『The Road to Damascus: Confession of a former torturer』(1999)を基にしている。チャウシェスク時代は推定1700人の拷問官がいたらしいが、名乗り出たのは彼一人だったという。彼は自身の罪を認めて共産主義体制を非難し、法廷で裁かれることを求めていたというが、結局裁判は開かれないまま2004年に74歳で亡くなった。裁判が開かれるのは更に10年以上の時を要した。物語は若い女性記者と元政治犯という老教授の二人がフランツに会いに行く列車で幕を開ける。"宇宙に存在するものは全て理由があり、あらゆる現象が因果律に従っている"と老教授は記者に語る。しかし、その先の映画の語り口は必ずしも明白な因果律に従うわけではない。記者と教授は駅でフランツと合流し、郊外にある彼の家まで行って話を聞くことになるが、急にブチギレたかと思えば急に泣き出すなど道中からフランツの情緒は不安定であり、いざインタビューが始まっても長大な身の上話から始まって中々本題に入らない上に、導火線が短すぎて意味不明なタイミングで大噴火が始まるなどインタビューは思うように進まない。話し始めても短い記憶を話し終わると暗転を挟んで次の記憶へと移り…というのを繰り返すので、彼の人生は断片的にしか捉えられない。
フランツ邸でのインタビューは庭の机に横一列になって行われる。本来なら正対して話を聞く気もするが、まるで「最後の晩餐」かのように横に並んだ状態で進行される。なぜか?それはフランツがカメラを覗き込むことからも分かる。彼らと"向き合う"のは我々なのだ。一方で、彼らは"見る"側でもある。裏庭という"舞台"を見る特等席に座っているのだ。フランツの目線の先には長い"歴史"のある一本の木が立っていて、彼は過去の記憶を語りながら当時の情景を目の前に見ている。小人症の叔母が編み物をしていた木陰、幼くして死んだ異母妹?を埋めた木陰、強権的な父親と言い争った木陰、それら全てを目撃していた少年時代の記憶だ。凄惨だが曖昧な記憶を言葉にしながら、目の前で起こる過去の"再演"を懐かしそうに眺めているあたり、言葉で話している内容への反省があまりなさそうで非常に怖い。
裁判が成立しなかったのは被害者の証言が集まらなかったというのもあるのかもしれない。それを象徴するのが老教授なのか。元政治犯として収容所にいたであろう老教授はフランツと記者を結びつける役割を序盤に終えた後は、午後の陽光を浴びてずっとうたた寝をしている。フランツの言葉に何の感情も見せず、口出しもしない。それも不気味だ。しかし、その記憶を捨てたわけではない。ラストでは帰りの電車で無言でニコラエ・スタインハルトの作品を読んでいる。彼は収容所を出てからもアングラで出版活動を続けた人物だった。老教授はあの場所で何を思っていたのだろうか?

・作品データ
原題:După-amiaza unui torționar
上映時間:76分
監督:Lucian Pintilie
製作:2001年(ルーマニア)
・評価:80点
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