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2500年を超えて届いた言葉~論語指導士の試験を終えて思うこと~

こんにちは。
共に心に火を燈す経営パートナー、共燈コーチルタントです。

1年ほど前に、
ここで「論語指導士に挑戦します!」と
宣言していました。

先日試験がありまして、
無事合格することができました!
なかなか勉強時間がとれなくて
最後は追い込みでしたが、
よかったです~。
試験会場には自分とおじさま2人
の3人の受験生。
なかなかシュールな様相でした(笑)

現代の自分にも刺さる孔子の教え

論語は、今から2500年くらい前に
中国の春秋時代に活躍した思想家の
孔子が話した内容を、
後に弟子たちがまとめたものです。

2500年前の人の教えですが、
今の時代にも学ぶところが多いということは、
人の本質的な悩みは変わらないのでしょうね。

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孔子は幼くして両親を亡くし、
貧しい家庭に育ちましたが、
読み書きを学んで、政治家を志し、
理想の社会の実現を目指しました。
残念ながらその夢はかなわず、
諸国を放浪して最後には故郷に帰り
晩年は弟子の育成に力を入れました。
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自分が論語好きになったのは、
孔子の克己心(己に克つ力)に共感し、
頭が下がる思いがしたからです。

人知らずして憤らず、また君子ならずや

論語 学而編第一 

人に認められない悔しい気持ちを抱えながらも
おそらく内省して自己を磨き、
人としての思いやり(仁)や
利害にとらわれず人として正しい道を歩むこと(義)や
社会における礼儀・道徳(礼)を伝え続けました。

自分が昔、
頑張っても会社に認められない、
学歴やキャリアがないことを見下された、
と怒ったり嘆いたりしていたことが、
些細なことだったと思わされます。

当時の自分の感情の矢印は他人に向いていて
上司が悪い、会社が悪い、社会が悪い、と
他責にしていたように思います。

この句は論語の一番最初に出てきます。
自分の思い上がりや他責の心に気づかされ、
自分が恥ずかしくなりました。

今も思うように相手に伝わらなかったり
認めてもらえなかった時には、
この言葉を唱えるようにしています。
相手に分かってもらうために何が足りなかったのか
自分ができることは何かを
考えるようにしています。

志を高くもて

孔子の生涯を知るほどに重みを感じた言葉があります。

子曰く、吾十有五にして学に志す。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳従う。
七十にして己の欲するところに従えども、矩をこれず

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私は15歳で学問を志し、30歳で独りで立つことができた。
40歳で心の惑いがなくなり、50歳で天から与えられた使命を自覚した。
60歳で他人の言葉に耳を傾けるようになり、70歳になって自分の思うように行動しても、道徳から外れることがなくなった。

論語 為政編第二

50代で国を追われてから14年に渡る放浪の旅。
自分からすると気の遠くなる期間、
理想と夢を追い続けた情熱の人でもあると思います。

高い理想、志があればこそ、
人は苦難を乗り越えることができるし、
その姿に人は魅せられるのだと思います。

キャリアとしては不遇の生涯だったかもしれませんが
多くの弟子が孔子を慕ってそばを離れず
教えを請うたことがその証です。

孔子自身が理想をかなえることができなくても
弟子たちの手でその想いは紡がれ
2500年の月日を経た現代にも
その教えは人の胸を打ちます。

想いを未来につなげること。
孔子は理想の社会を
自分一人では実現できませんでした。
だからこそ人を育てました。

自分も、人の想いに火を灯し、
それが未来へ受け継がれるお手伝いを
していきたいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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