見出し画像

さくらへのレクイエム


――左頬に残ったぬくもり

この物語は、一匹のミニチュアダックスフンドの記録である。

名前は、さくら。

ブラックタンの女の子だった。

2009年4月23日生まれ。

偶然にも、僕と同じ誕生日だった。

さくらが僕の家族になったのは、2010年5月8日のことだった。

その日から2026年8月10日まで、僕たちは同じ時間を生きた。

これは犬の話である。

けれど、たぶん本当は、

一匹の犬と一緒に流れていった、僕と家族の時間の話なのだと思う。

1 道の駅

さくらは、前妻が同僚から紹介されてもらってきた犬だった。

生まれたばかりの子犬ではない。

一歳一か月。

聞けば、一度は別の家にもらわれていったのだという。

ところが、いたずら好きだったため、元の飼い主のところへ返されてしまった。

それで前妻に相談が来た。

僕たち夫婦には子どもがいなかった。

だから、犬を「飼う」というより、

子どもとして、家族として迎えよう。

そう決めた。

2010年5月8日。

道の駅で飼い主さんと待ち合わせをした。

そこが、僕とさくらの出会いだった。

帰りの車は妻が運転した。

僕はさくらと後部座席に座った。

ところが、さくらは僕に近づこうとしなかった。

車が怖かったのだろう。

さくらは全く近づこうとしなかった

あるいは、知らない男が怖かったのかもしれない。

一度ほかの家へ連れていかれ、また戻された犬である。

またどこかへ連れていかれると思っていたのだろうか。

それは、今となってはわからない。

ただ、僕から離れて座っていたことだけは覚えている。

僕たちは事前に犬の飼い方を調べていた。

ケージが必要なこと。

食べさせてはいけないもの。

ダックスフンドはヘルニアになりやすいこと。

正しい抱き方。

それなりに勉強したつもりだった。

ところが、家に到着すると、さくらはいきなり床におしっこをした。

僕は怒った。

今になって考えれば、ひどい話だ。

知らない人間に車に乗せられ、知らない家へ連れてこられた犬に、

「ここがトイレだから、ここでしなさい」

といってわかるはずがない。

動物と暮らすということは、食事だけではなく、排泄の世話まで引き受けることなのだ。

そんな当たり前のことを、僕はまだ知らなかった。

2 三日間

さくらはケージに入った。

そして、三日間出てこなかった。

ご飯も、ケージの中へ入れなければ食べなかった。

トイレもケージの中に置いた。

そこだけが、さくらにとって安全な場所だったのかもしれない。

僕はケージの横に布団を敷いた。

そして三晩、さくらのそばで眠った。

何かを教えようとしたわけではない。

ただ、そこにいた。

ケージの扉は開けておいたが警戒して出てこない

一日目。

二日目。

三日目。

そして四日目の朝。

さくらが、自分からケージを出た。

そして初めて、外でご飯を食べた。

嬉しかった。

僕は声をかけた。

「さくら、食べたね」

抱き上げた。

すると、さくらが僕の頬を舐めた。

そして唇を舐めた。

僕とさくらの、

ファーストキスだった。

それから、さくらはほとんどケージに入りたがらなくなった。

ずいぶん勝手な犬である。

三日前まで出てこなかったくせに、今度は入れようとしても嫌がる。

それでも僕たちは教科書どおりに、夜はケージに入れ、タオルをかけて光を遮った。

すると、さくらは寂しそうに鳴いた。

試しにケージへ入れず、犬用のベッドとトイレをリビングに置いてみた。

僕たち夫婦は寝室へ行った。

すると、さくらもついてきた。

どうやら一緒に寝たいらしい。

そこで僕と妻のベッドの間に、さくらのベッドを置いた。

さくらはそこで眠るようになった。

僕たちは犬の飼い方を勉強していた。

でも、

さくらとの暮らし方は、さくらが教えてくれた。

3 犬馬鹿

ダックスフンドはヘルニアになりやすい。

だからスロープも買った。

ところが、さくらは平気で階段を三段跳びした。

スロープは使わない。

おもちゃにすらしない。

ただの置物になった。

夫婦が仲良く話していると、

「ワン! ワン!」

と怒った。

二人でベッドに入ろうとすると、また、

「ワン! ワン!」

僕の身体に体当たりする。

床に寝転んで腹を見せる。

「私がいるでしょう」

とでも言いたげだった。

それでも意図的に無視すると、床におしっこをした。

本当にわざとだったのかはわからない。

しかし僕には、どう考えても抗議にしか見えなかった。

夫婦で遊びもした。

少し離れて、二人同時に、

「さくら!」

と呼ぶ。

どちらへ来るか。

七割くらい、僕のところへ来た。

僕はそのたびに、

「やっぱり、さくらはメスだな」

と思った。

何の根拠もない。

寒くなると、さくらは僕のベッドへ入ってきた。

そして、なぜか決まって尻を僕の左頬につけて眠った。

僕は動けない。

無理な姿勢で寝るから、左肩がこる。

それでも嫌ではなかった。

顔のすぐ横から、小さないびきが聞こえる。

ときどき肉球の匂いも嗅いだ。

少し香ばしいような、不思議な匂いだった。

犬を飼ったことのない人には、たぶん理解されないと思う。

僕たちは共働きだった。

昼間はさくらをケージに入れなければならない。

退屈しないように、『トムとジェリー』のDVDを流したまま仕事へ行った。

さくらが本当に観ていたのかは、最後までわからなかった。

留守番には最初のケージでは狭いと思い、やがて三畳ほどもある大きなものへ買い替えた。

犬一匹に三畳。

仕事が終わると、なるべく早く帰った。

ケージを開ける。

そこから、家族の時間が始まった。

4 最初の家族旅行

2010年7月8日。

さくらが我が家へ来て、ちょうど二か月。

僕たちは那須高原へ旅行した。

ペット同伴OKのペンションに泊まった。

源泉掛け流しの温泉があった。

さくらも一緒に入った。

犬かきができるのか少し見ていたが、怖そうだったので、僕が抱きかかえた。

のぼせないように気をつけながら、家族で湯につかった。

翌日、ドッグランへ連れていった。

せっかく温泉できれいにしたばかりなのに、さくらは土を掘り始めた。

穴を掘らずにはいられないワン!

ダックスフンドはもともと狩猟犬である。

穴を掘るのは本業だ。

「あーあ。昨日きれいにしたのに」

と思った。

でも、怒らなかった。

家へ帰ったら、また一緒に風呂に入ればいい。

そう思った。

実際、それからは時々さくらと一緒に風呂へ入った。

月に一度は美容室。

マイクロバブルウォッシュまでしてもらった。

一回六千円。

僕の床屋代は千円だった。

犬、六千円。

飼い主、千円。

それでも何とも思わなかった。

僕たちは、すっかり犬馬鹿になっていた。

5 2010年11月14日

こんな生活が、ずっと続くと思っていた。

ところが、2010年11月14日。

妻が家を出ていった。

帰宅すると、書き置きがあった。

その机のすぐそばには、さくらの三畳のケージがあった。

妻が書き置きをしているところを、さくらは見ていたのだろうか。

荷物をまとめるところも。

家を出ていくところも。

僕にはわからない。

書き置きを読んだ僕は、パニックになった。

そして、さくらのケージを開けた。

さくらは吠えなかった。

さくらも辛かったね ごめんね

何も言わず、僕の身体にすり寄ってきた。

妻が縁をつないで、我が家へやって来た犬だった。

さくらからすれば、また誰かがいなくなった。

それをどう理解していたのかはわからない。

ただ、そのとき、さくらは僕のそばにいた。

その晩、僕はさくらを抱いて眠った。

半年前。

さくらが怖がってケージから出てこなかったとき、僕はケージの横に布団を敷いて三晩眠った。

あのときは、

僕がさくらをひとりにしなかった。

11月14日の夜は、

さくらが僕をひとりにしなかった。

6 大家族

その後、互いの肉親を交えて話し合い、協議離婚した。

さくらは僕が引き取った。

というより、

僕は、さくらを渡したくなかった。

実家は歩いて五分ほどのところにあった。

離婚後は、仕事へ行く前にさくらを実家へ預け、帰宅すると迎えに行った。

実家には誰かしらいた。

しかも広い。

もう三畳のケージさえ必要なくなった。

トイレもちゃんとできた。

ただし、気に入らないことがあると、やっぱり床におしっこをした。

父も母も妹も犬馬鹿だった。

誰もろくに叱らなかった。

実家は、もともと野良犬を六匹飼ったことのある家だった。

さくらが通うようになったころにも、五匹の犬がいた。

さくらはどの犬とも仲良くした。

唯一のオスだったタロとは、いつもくっついて遊んでいた。

母と妹は犬たちを二匹、三匹と分けて散歩へ連れていった。

さくらも、その群れの一員になった。

家族から後になって聞いた。

夕方になると、さくらはそわそわしたという。

僕が迎えに来る時間を覚えていたのだろうか。

普段はあまり吠えない犬だった。

でも僕の車の音がすると、玄関へ走った。

僕はその姿を知らなかった。

仕事から帰ってくる僕を、

僕のいないところで、さくらは待っていた。

7 農道とオカリナ

さくらは散歩が好きだった。

実家近くの農道を歩いた。

体重は五キロほど。

短い足で、ぐいぐい引っ張った。

タロの後をつけてちょっかい出すのがさくら

本当は飼い主の後ろを歩くように躾けたはずなのだが、母と妹が甘やかした。

躾は見事に崩壊した。

雪の日には、母が編んだセーターを着せた。

小さな靴も履かせた。

歩き方はぎこちなかった。

それでも散歩は嬉しそうだった。

実家で食事をしていると、テーブルの下を巡回した。

父。

母。

妹。

僕。

誰が何かくれるか、ちゃんと知っている。

かつ丼の日は特に忙しかった。

おいしい肉は、だいたいさくらに取られた。

両親は商売をしていたので、名物をいただくこともあった。

さくらは松阪牛まで食べたことがある。

キャリングカーを買って、アウトレットにも連れていった。

暑い日はアイスノン。

寒い日はホッカイロ。

カートから顔だけ出したさくらを見て、通りすがりの人が、

「かわいい」

と言う。

僕は少し誇らしかった。

妙なこともあった。

僕がオカリナを吹くと、さくらは近くへ来て座った。

なぜなのかは、最後までわからなかった。

ただ、僕が吹くと来た。

だから僕の記憶の中には、さくらと一緒に音も残っている。

8 最後の一匹

年月が流れた。

実家の犬たちは、一匹、また一匹と死んでいった。

四年前の4月、タロも死んだ。

いつもくっついて遊んでいたタロを、さくらは見送った。

さくらが死をどう理解していたのかはわからない。

ただ、昨日までいたタロがいなくなった。

それから実家で、犬はさくら一匹になった。

人間の家族にも時間が流れた。

父も母も歳を取った。

妹が、両親のことも、家のことも、さくらのことも支えるようになった。

かつて何匹もの犬を迎えた両親も、

「もう犬は飼えないね」

と言うようになった。

誰かが正式に決めたわけではない。

でも家族全員がわかっていた。

さくらが、この家の最後の犬になる。

僕も仕事の関係で、実家から30分ほど離れたところへ引っ越した。

それからは、さくらを実家に預けたままにすることが多くなった。

会うのは月に一度くらいになった。

僕の知らないところでも、さくらには毎日があった。

最近は母と一緒に寝ていると聞いた。

母も妹も、さくらをひとりにしなかった。

銀行へも行く。

法務局へも行く。

スーパーへも行く。

ある日、母が言った。

「銀行でふてくされて失禁したの」

相変わらずだった。

少しでも自分が構ってもらえないと、おしっこで抗議する。

一歳のころ、床に失禁したさくらを僕は怒った。

十数年後。

銀行でおしっこをしても、家族は誰も叱らなかった。

さくらはすっかり、

我が儘なお嬢様になっていた。

9 帰ってきた

僕が実家へ帰るたび、さくらと散歩した。

歳を取ってからは、抱っこして庭を見た。

僕の車が車庫へ入る。

すると縁側から、さくらの吠える声がした。

縁側のレースをかきわけて車を見ていたね

窓から僕を覗いている。

尻尾を振っている。

玄関へ入ると、走ってくる。

抱き上げる。

すると、僕の顔を何度も舐めた。

キス。

キス。

キス。

四日目の朝のファーストキスから十数年。

それは、いつの間にか僕たちの挨拶になっていた。

実家へ帰るたび、僕は写真や動画を撮った。

携帯に残っている、生き生きとしたさくらの最後の動画は、

2025年2月20日。

動画の中で、僕が声をかける。

さくらが反応する。

僕の手に顔をこすりつける。

その後も動画を撮ったことはある。

でも呼びかけても反応しなくなり、僕は削除してしまった。

写真を撮っても、

「さくら」

と呼んでも、振り向かなくなった。

車を車庫に入れても、縁側から吠える声がしなくなった。

窓の向こうで尻尾を振って待っている姿も、いつの間にかなくなった。

それでも、

さくらはそこにいた。

10 老いる

2026年。

真っ黒だった毛が、グレーになった。

そして少しずつ抜けていった。

目は白く濁った。

フローリングでは足が滑る。

段差で転ぶ。

トイレの場所もわからなくなり、昼はおむつをした。

夜は妹がリビングに布団を敷いた。

夜中のトイレを介助するためだった。

昼は縁側の犬用ベッド。

夜は妹の隣。

さくらは最後まで、ひとりで眠る犬にはならなかった。

家族は、なんとなくわかっていた。

死期が近づいている。

6月、けいれん発作を起こした。

妹は、

「もうダメだ」

と思ったという。

でも、さくらは持ちこたえた。

やがてドッグフードを食べなくなった。

だったら、食べられるものを作ればいい。

家族は米を炊いた。

チュールを混ぜた。

それなら、さくらは食べた。

米の値段が高い時期だった。

父と母が笑った。

「米の高い時期に、一番いい米を食べてるのはさくらだ」

松阪牛を食べたことのある犬である。

晩年は、一家で一番いい米を食べた。

一度は、いたずら好きだからと返された犬だった。

その犬が老いて食べられなくなったとき、

この家では誰もさくらを手放そうとはしなかった。

食べられるものが変われば、

人間のほうが食事を変えた。

11 数十センチ

8月に入った。

妹から電話が来た。

「さくらは、もう長くないかもしれない」

聞けば、固形物を食べなくなって三日が経っていた。

僕はさくらに会いに行った。

エアコンの効いた涼しい部屋で、さくらは寝ていた。

ときどき立とうとした。

でも、後ろ足にはもう身体を支えるだけの筋力がなかった。

だから僕は、さくらの股のあたりを支えた。

前足を出す。

僕が後ろ半身を支える。

一歩。

また一歩。

畳の上を、さくらの好きなように歩かせた。

数十センチ進むのが精一杯だった。

かつてこの脚はベットを飛び乗っていた・・・そう思い出すと辛かった

そして、さくらは窓際に座った。

庭が見えていたのかどうかはわからない。

もう目はほとんど見えていなかった。

それでも、窓際まで行った。

若いころのさくらは、階段を三段跳びした。

ヘルニアを心配して買ったスロープなど見向きもしなかった。

ベッドにも飛び乗った。

夫婦が仲良くしようとすれば体当たりして割って入った。

その犬が、

いまは数十センチを歩くために、僕の手を必要としている。

それでも、

さくらは立とうとした。

だから、

僕は支えた。

三日間はミルクを飲んだ。

排尿もあった。

排便もあった。

まだ生きている。

それだけでよかった。

もう走らなくていい。

散歩に行かなくていい。

玄関まで迎えに来なくていい。

キスをしてくれなくてもいい。

ただ、生きている。

さくらがここにいる。

それだけでよかった。

12 食べること

僕が生きているさくらに会った最後の日は、

2026年8月8日。

もう水分すら摂れなくなっていた。

呼びかけても反応はない。

目も見えていない。

鼻が乾いていた。

口も乾いていた。

僕は脱脂綿を水で濡らした。

そして、さくらの鼻と口を湿らせた。

何度か繰り返した。

十六年前。

家に来て三日間、ケージから出てこなかったさくらが、四日目の朝、初めてご飯を食べた。

僕は嬉しくて言った。

「さくら、食べたね」

それが、僕たちの始まりだった。

それから、さくらはたくさん食べた。

テーブルの下を巡回した。

かつ丼の肉をもらった。

松阪牛も食べた。

最後には、家で一番いい米を食べた。

でも、食べなくなった。

そして、水も飲まなくなった。

そのとき僕は思った。

生きることは、食べることなのだ。

ずいぶん単純なことだった。

食べる。

飲む。

眠る。

排泄する。

歩く。

誰かのところへ行く。

名前を呼ばれて振り返る。

嬉しければ尻尾を振る。

さくらは、その一つ一つを手放していった。

僕には、それを止めることができなかった。

だから最後にできたのは、

水を含ませた脱脂綿で、

乾いた鼻と口を湿らせることだけだった。

13 2026年8月10日 13時54分

そして今日。

2026年8月10日。

午後1時54分。

さくらは死んだ。

十八歳には届かなかった。

僕は、さくらの火葬を父と妹に託して帰宅した。

二人は、単に僕の代わりに火葬へ行ってくれる人ではない。

父も妹も、さくらの家族だった。

母もそうだ。

僕が毎日会えなくなったあとも、

さくらをひとりにしなかった家族だった。

母と眠った。

妹はリビングに布団を敷いた。

父も母も甘やかした。

食べられなくなれば米を炊いた。

さくらは、

最後までひとりではなかった。

一人でマイホームに帰った。

「いい子だね」「あったかいね」「気持ちいいね」そう声を掛けながら撮影した動画

携帯を開けば、写真がある。

動画もある。

2025年2月20日の動画を再生すれば、僕の声が聞こえる。

「さくら」

画面の中で、さくらが反応する。

僕の手に顔をこすりつける。

もう一度再生する。

「さくら」

また、さくらが反応する。

現実の最後の日には、何度呼んでも反応しなかった。

けれど画面の中では、

何度呼んでも、

さくらが僕のところへ帰ってくる。

14 左頬のぬくもり

さくらがまだ生きていたころ、僕はnoteに文章を書いた。

その中に、こんなことを書いた。

もしその日が来たら、

僕の中で一つの時代が終わるのだと思う、と。

予感は当たってしまった。

結婚生活も終わった。

実家に何匹もいた犬たちも、みんないなくなった。

タロもいなくなった。

父も母も歳を取った。

そして最後の犬だったさくらも、今日いなくなった。

一つの時代が、本当に終わったのだと思う。

でも、同じ文章に、僕はもう一つ書いていた。

最後に残るのは、

左頬のぬくもりだ。

一緒に寝ると温かいね さくら

冬になると、さくらは僕の布団へ入ってきた。

そして尻を僕の左頬にくっつけた。

顔の横で丸くなった。

小さないびきが聞こえた。

僕は動けなくなった。

朝になれば左肩がこっていた。

それでも嫌ではなかった。

むしろ、

あれが幸せだったのだと思う。

一度は、いたずら好きだからと返された犬だった。

2010年5月8日。

道の駅で出会ったときには、僕に近づこうともしなかった。

その犬が三日後、

僕の頬と唇を舐めた。

その犬が、

僕の布団で眠るようになった。

僕の左頬に尻をつけるようになった。

妻が出ていった夜には、僕に身体をすり寄せた。

実家では、僕の車の音を覚えた。

玄関まで走ってきた。

抱けば何度もキスをした。

僕がオカリナを吹けば、そばへ来た。

歳を取っても、僕の手に顔をこすりつけた。

そして最後には、

歩けなくなった身体を僕に預けた。

僕が後ろ足を支え、

さくらが前足を出した。

二人で歩いた。

ほんの数十センチ。

窓際まで。

考えてみれば、

僕とさくらの関係は、ずっとそうだったのかもしれない。

最初の三日間は、

僕がさくらのそばにいた。

妻がいなくなった夜は、

さくらが僕のそばにいた。

そして最後には、

僕がもう一度、

さくらの身体を支えた。

どちらが飼い主で、

どちらが支えられていたのか、

今となってはよくわからない。

さくら。

十八歳にはなれなかったね。

でも、

ずいぶん生きたね。

ずいぶん食べたね。

ずいぶん甘やかされたね。

松阪牛まで食べた。

僕より高い美容室にも行った。

那須では温泉に入った翌日に穴を掘った。

高いスロープは使わなかった。

夫婦の邪魔もした。

銀行でふてくされておしっこまでした。

ずいぶん我が儘なお嬢様だった。

そして、

ずいぶん愛された犬だった。

天国でたくさん遊んでおいで

以前、聖書の中に、小さな雀について書かれた言葉を見つけた。

その一羽さえ、

神の御前に忘れられてはいないという。

犬の死後について、僕にはわからない。

天国がどんなところなのかもわからない。

だから、わからないことを、わかったようには言わない。

ただ、願うことはできる。

もし小さな一羽さえ忘れない方がおられるのなら、

どうか、

さくらのことも覚えていてください。

もう後ろ足を支えてもらわなくても歩けるところで。

もう喉が渇かないところで。

もう発作の起きないところで。

もしタロに会えたなら、

また二匹でくっついて遊んでくれたらいい。

さくら。

僕は最初の日、

床におしっこをしたおまえを怒ってしまった。

ごめんな。

犬と暮らすということが、

まだわかっていなかった。

それから十六年近くかけて、

おまえが教えてくれた。

犬と暮らすことは、

ご飯をやることだけではなかった。

排泄の世話をすることだった。

散歩することだった。

一緒に眠ることだった。

汚れたら、一緒に風呂に入ることだった。

仕事から急いで帰ることだった。

病気になれば食べられるものを探すことだった。

歩けなくなれば身体を支えることだった。

水が飲めなくなれば、

濡らした脱脂綿で鼻を湿らせることだった。

そして最後には、

見送ることだった。

でも、

それだけでもなかった。

犬と暮らすということは、

自分の人生の中に、

もう一つの時間が流れ始めることだった。

農道の時間。

トムとジェリーの時間。

那須の温泉の時間。

テーブルの下を巡回する時間。

オカリナの時間。

縁側で僕の車を待つ時間。

冬の夜、

左頬に小さな身体のぬくもりを感じながら眠る時間。

その時間は今日、

終わった。

でも記憶まで、

一緒に焼かれてなくなるわけではない。

だから書いておく。

さくらが生きていたことを。

僕たちの家族だったことを。

一度は返されたいたずら好きな犬が、

最後には一家の最後の犬になったことを。

そして最後まで、

ひとりではなかったことを。

今夜、

僕の左頬には、

もう何も触れていない。

それでも僕は、

あの重みを覚えている。

小さないびきを覚えている。

肉球の匂いを覚えている。

抱き上げたときのキスを覚えている。

そして、

あのぬくもりを覚えている。

だから、たぶん、

以前の僕が書いたことは間違っていなかった。

最後に残ったのは、

やっぱり、

左頬のぬくもりだった。

さくら。

うちの子になってくれて、

ありがとう。

2009年4月23日 ― 2026年8月10日 13時54分

さくらへのレクイエム


いいなと思ったら応援しよう!