子供のためのルーブル美術館(250)目のゆくえ/フェルメールとホーホストラーテン、エリンガ・17世紀オランダ絵画
17世紀、海の貿易で栄えたオランダでは、人々の暮らしを描いた絵がたくさん生まれました。
今日はその中から、3人の画家の絵を探しに、パリのふたつの美術館へ。
最初は、ただ部屋を描いただけに見える、この絵から。

扉の向こうへ
この絵には何が描いてあるでしょう。
いくつの部屋があるように見えますか。

赤と黒のタイルの部屋には、ホウキが立てかけてあります。
手前に扉があるのが見えますか?
その向こうにも、もうひとつ。鍵がぶら下がっています。
人は?誰もいないみたい。

赤いタイルの部屋には、脱ぎっぱなしのスリッパ。気がついた?

ホーホストラーテンは、次から次へと奥に続く部屋を描くのが得意でした。
平らな絵なのに、本当に部屋がずっと続いていて、向こうまで歩いて行けそうです。
どうしてこんなに奥まで続いているように見えるのでしょう。
扉の向こうに、また扉。
奥へ奥へといろんな模様に変わっていく床のタイル。

こっちからのぞいていた私たちの目は、いつのまにかまっすぐ奥の部屋まで。つきあたりは、あの鮮やかな黄色!
でも、このスリッパ…やっぱり奥に誰かいるのかも?
あたりを見まわすと
さあ今度は、エリンガが描いた部屋。
どんな部屋でしょう。何が見えますか。

赤いカーテンと椅子。格子のガラス窓から入る日差し。
部屋の中には、掃除をする女の人がひとり。背中しか見えません。でも、

近づいてみたら、鏡にほら。

下を見たら、床のタイルの四角は規則正しく、カクカクきっちり並んでいます。

でも、ぼおっと壁を照らす日ざしは、椅子の影をふわりと持ち上げてずいぶんやわらかです。

窓の光にさそわれて、椅子やカーテン、人の背中や鏡、飾りのお皿に、それから……。
いつのまにか、部屋中を見まわしていました。
一点を見る
カタカタ、カタンコトン、カタリ……ボビンのぶつかる木音が聞こえてきそう。
ここは、レース編みをする少女がいる部屋です。

何をしているのか近づいてみると、すっすっと伸びるボビンの糸まではっきり見えました。

ところが、女の子のうつむいた顔はあまりよく見えないし、赤や白の糸も、なんかぼんやり。わざと、ぼかして描いたみたい。

フェルメールは、はっきり見えるところも、ぼんやり見えるところも、そのまま全部、絵の中に描いたのです。

さっきまでは、部屋のあちこちを見ていたけれど、今度は、こんな小さな指先だけに、ぐっと引きつけられてしまいました。
🚶➡️🚶➡️🚶➡️
さあ、最後は、日本にいるもうひとりの少女のところへ。
あ、あそこに。
ラピスラズリの青のターバン。きらり、耳には真珠のひとつぶが光ります。
振り返ったあの目にドキッ。誰もが時間を忘れて。
……見とれていた、と思ったら。

あたし
あれ?
見ていたのは、どっち?
おしまい

Attribué à Samuel van Hoogstraten
Les Pantoufles vers 1655-1662 musée du louvre
サミュエル・ファン・ホーホストラーテン帰属
スリッパ ルーブル美術館
この名高い絵に描かれた箒や鍵といった細部から、この作品は家の手入れや家事をきちんと行うことについての教訓を表したものと解釈されてきた。しかしルーヴルは、こうした物に、必ず隠された意味を求める必要があるのか、とも問いかけている。むしろこの絵の大きな魅力は、人物のいない静かな室内を、見る者の目が次々と奥へ進んでいく不思議な感覚にある。ルーヴルは、この作品をホーホストラーテンの遠近法とだまし絵の研究成果がもっとも鮮やかに表れた作品のひとつと位置づけている。扉の向こうにまた扉を置き、床のタイルや光、箒、鍵、スリッパなどを巧みに配置することで、見る者の目は手前から奥へと導かれていく。
題名も興味深い。もともとは「室内の眺め」と呼ばれており、スリッパという名は後世につけられたものである。また、この作品は長く作者をめぐって混乱があり、19世紀には当時人気の高かったピーテル・デ・ホーホのモノグラムと「1658」という年記まで加えられていた。現在はサミュエル・ファン・ホーホストラーテンの作品とされている。
ホーホストラーテンは画家であると同時に、見ることそのものに強い関心をもった人物だった。この絵でも、主役は必ずしも人物ではない。誰もいない部屋をこちらから覗き込み、奥へ進んでいく「私たちの目」そのものが、絵の仕掛けに参加しているのである。ルーヴルが2008~09年にこの一点を中心とした展示を行った際にも、テーマはまさに「見る者の参加」と「視線」であった。

Pieter Janssens Elinga
La Balayeuse vers 1670
ピーテル・ヤンセンス・エリンガ
掃除をする女 パリ市立プチパレ美術館
エリンガは、窓や扉、床、カーテンなどの垂直線と水平線を組み合わせ、わずかな変化を加えながら同じような室内を繰り返し描いた。プティ・パレは、その厳密な幾何学的構成が、17世紀オランダで流行した「透視箱」を思わせると説明している。実際、デン・ハーグのブレディウス美術館にはエリンガに帰属する透視箱が残されており、彼が奥行きや「見る位置」に強い関心をもっていたことがうかがえる。
一方で、エリンガが追究したのは幾何学だけではない。メトロポリタン美術館刊行のエルミタージュ・コレクション研究では、彼がとりわけ、室内に差し込む日光と、光や空気に満たされた空間を描くことに関心をもっていたと指摘されている。この箒を持つ女でも、かっちりと組み立てられた床や窓の線に対して、窓から入る光と柔らかな影が部屋に静かな空気をつくっている。
エリンガはピーテル・デ・ホーホの影響を強く受け、その作品は長い間デ・ホーホ作と考えられていた。この絵とほぼ同じ構図の作品がサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館にもあり、そちらもかつてデ・ホーホ作とされていたが、1912年にエリンガへの帰属が提案された。
さらにプティ・パレの絵では、こちらに背を向けて掃除をする女性の顔が、壁に掛けられた小さな鏡の中にだけ見える。整然とした室内を眺めているうちに、窓、椅子、女性の背中、鏡、そして隣室へ開く扉へと、見る者の目が次々に別の場所へ向かう作品である。

Johannes VERMEER
La Dentellière Vers 1669-1670
ヨハネス・フェルメール
レースを編む女 ルーブル美術館
レースを編む女はわずか約24×21センチという、フェルメール作品の中でも非常に小さな絵である。描かれているのは職業としてレースを編む職人というより、裕福な家庭の女性と考えられている。17世紀オランダでは、レース編みに励む女性は家庭的な徳を示す伝統的な主題でもあった。右側に置かれた小さな本は、聖書あるいは祈祷書である可能性がある。
ところがフェルメールは、この慎ましい主題を単なる日常生活の記録として描いてはいない。画面左の裁縫用クッションからこぼれる赤や白の糸は、形が溶けるようにぼんやりと描かれている。それに対して、その少し奥にいる女性と仕事の手元には視線が集中する。ルーヴルも、この近景のほとんどぼやけた見え方が、その後ろの部分の精密さをいっそう際立たせていると説明している。なお、フェルメールとしては珍しく、この作品では光が右側から差している。
ワシントン・ナショナル・ギャラリーのフェルメール研究は、さらに面白い点を指摘している。女性自身がレース編みに全神経を集中させているのと同じように、見る者もまた彼女の仕事を凝視することになるのである。小さな画面、身近な主題、近接した構図によって、私たちはまるで彼女のすぐそばまで近づいて、その指先を覗き込んでいるような位置に置かれる。赤と白の糸の抽象的な見え方も、フェルメール作品の中で際立って大胆な表現である。

Meisje met de parel ca. 1665
Mauritshuis Den Haag
真珠の耳飾りの少女 マウリッツハイス美術館
……興味深いのは、作品名の由来となった「真珠」が、実際には天然真珠ではない可能性が高いことである。美術館は、その大きさから本物の真珠とは考えにくく、ガラスなどで作られた模造真珠、あるいはフェルメールが想像によって誇張したものだった可能性を示している。拡大調査では、フェルメールが鉛白などをわずかな筆触で重ね、光を受ける部分と襟が映り込む部分を表現していたことも確認されている。
さらに科学調査によって、現在ほとんど黒一色に見える背景も、もともとは単純な暗闇ではなかったことが分かった。フェルメールは少女の背後に緑色のカーテンを描いており、長い年月における絵具の物理的・化学的変化によって、その色彩や細部が見えにくくなったと考えられている。こうした研究は、フェルメールが人物、光、色彩をどのように組み立てたのかを理解する重要な手がかりとなっている。
真珠の耳飾り
https://www.mauritshuis.nl/en/our-collection/artworks/670-girl-with-a-pearl-earring
お読みいただきありがとうございました。
今回は、いま日本で話題のフェルメールを、同時代のオランダ絵画と並べてご覧いただきました。
「見る目から、見られる目へ」。今回の小さな裏テーマでした🤭
真珠の耳飾りの少女を見るために、いま日本ではたくさんの人が美術館を訪れているそうですね。パリでも、ふだんは比較的ゆっくり見られる作品が、企画展となれば大勢の人に囲まれることがあります。
2017年、フェルメールと風俗画の巨匠たちと題して、ルーブルでは12点のフェルメールを展示、2023年国立アムステルダム美術館では28点が集まり話題になりました。
美術館での絵の楽しみ方は、きっと人それぞれ。一枚の前でゆっくり過ごすのも、話題の作品を目指して出かけるのも、展覧会ならではの可愛いグッズを楽しむのも。
それでもオランダの小さな室内画の前では、少しだけ静かに立ち止まりたくなります。扉の奥をのぞいたり、窓から入る光を追ったり。
そんな時間を探して、また今日も美術館に向います。
参考
