【√と彼らの記憶遊戯】第一章_1話(4/5)「担任の篠崎先生」
職員室のドアを開けると、昨年度から移動したであろう篠崎先生のデスクを探し、左手奥に先生を見つけて歩いて行く。
そしてデスクの前についたと同時に、
「すみませんでした!」と俺は、潔くお辞儀をしつつ謝罪した。
「…何に謝ってんのよ。」とイライラした様子は変わらず突っ込まれるが、俺は正直、呼ばれた理由に心当たりがありすぎてわからないのだった。
俺は中学まで優等生だった反動か、それとも能力が使えない八つ当たりか。一年では学校の遅刻だけでなく、授業の抜け出しやサボりも目立った。
色んな教科担当の先生から担任の方に話が行っていたようで、篠崎先生はその度に担任として、職員室で指導するのだが、ついには呆れてお咎めもなく、形だけの呼び出しになっていったのだった。
この一年は、自分でも良くない素行だったと思う。
だから反省し、2年からまた優等生になってやろうと、過去の清算のつもりで謝ったのだったが。
「………。」
あいにく、今日の先生はやけにイライラしている。
デスクに足を組んで座っている先生は、頬づえをついて視線だけこちらに向けるのだったが、首筋に置いた指がトントンとといらだちを示している。
(何だよ。今学期はまだ何もやらかしてないよな。)
「もしかして、ですけど…今年も俺の担任になったことにいら立ってますか?」
「違う。」と短い即答が返って来る。
良かった…と俺は内心、安堵する。
(なら、疲れてるとか?こういう時は甘い物でも……。)
そう思い、おもむろにカバンを探ると、あった。
「これ。良かったらどうぞ」と、ピンクの花柄のビニールで包装されたクッキーを手渡す。
「ちょっとそれ、明らかに女子からのもらい物じゃない。」とつかの間驚く先生は、先ほどまでの苛立ちを一瞬忘れたようだった。
「ちゃんと除菌アルコールもありますよ?」と俺は除菌ウェットシートを差し出すが、
「いや、食べないわよ!」と先生は受け取らずに突き返してきた。
「暖野のその無駄な気遣いは何なの……?教師の機嫌を取ろうったって無駄よ。というかこのクッキー、まさかバレンタインの……」彼女はどんどん訝しげな表情をする。
「失礼な、これは今朝貰ったんです」流石に手作りの物を放置はしないと俺は反論する。
「あんた、バレンタインでもないのに良くそんなのもらえるわね」
「前に甘いもの好きってクラスの女子に言ったら広まって、それから頻繫にもらうようになって。1人じゃさすがに食べきれなくて。」
「手作りは自分で食べなさいよ。」と改めて突き返され、俺は鞄にしまう最中
――既製品ならまぁ、もらってもいいわよ…
とぼそぼそと独り言のように喋るのが聞こえた気がする。
(これからは、既製品のチョコはなるべく残しておこう。)
「にしてもあんた、素行は悪い癖にやたらモテるわよね。それも…」と先生が言おうとしていることを俺は遮りたかった。
「先生からはないんですか?」と軽口をたたく。すると、
「あるわけないでしょう?」と、即答で返ってきて俺はほんの少しがっかりしたのだった。
先生は赤ペンでチェックし終わったA4のプリントをトントンとそろえる。その動作を見て、確か前にもこんなことがあったなと思いだす。
*****
それは一年の終わり頃。例によって放課後、職員室に呼び出されると俺は、先生がプリントをチェックする片手間に問い詰められたのだった。
「なにアンタ、三年の女生徒の通知書を燃やしたの??バカねえ。そりゃ、恨まれるわよ。」
「……そこは、なんでそんな事したのよ?とかちゃんと理由を聞くべきじゃないですか。」
「どうせ長いからいい……あ、……キミを信じるわ。」
(それはもう手遅れだよ。ひどい教師だ。)
通知書は今どき紙だけじゃなく電子でも発行されるから結果を知るには問題ない。
俺はそれよりも、見られたくない様子の本人の気持ちを無視して勝手に封を開けようとする女友達と思われる人の行いが気に食わなかったのだ。
「ていうか、なんでカバンにライターが入ってるのよ。まさかタバコ…」と訝しげな顔をする先生に対して、
「いやいや。ロウソクをセットで持ち歩いてるので健全ですよ!」と弁解する。
「いきなり誰かの誕生日と言われてもこれなら…」と、俺はカバンから色とりどりのロウソクを取り出して見せた。
「そう!ハッピーセットね!」とニコニコする先生だったが、
「―――といって許すとでも思った?流石にライターは没収だから。」と、手の中のライターはあっという間に奪われた。
「そんな、明日が誰かの誕生日かもしれないのに…」としゅんとする俺を無視して、篠崎先生は話を切り出した。
「あんた、今朝も遅刻したわね…」と先生は詰め寄る。
「だいたい家からここまで1時間もかかんないわよね?」
「電車やバスだって今朝は遅延してなかった。」先生は事実を並べるようにして追い詰める。
「で、来たのが10時過ぎ。約2時間の遅刻……どこで何をしてたのかしら?」
そこまで知っているのなら、詳細までとはいかなくとも事情くらいは察していそうなものではないかと俺は思ったのだが。
(さすがに2時間の遅刻は反省すべきだ。)
――しかし実のところ、学校に遅れたのは通学途中に寄ったコンビニのATMで、詐欺に遭いかけているおばあさんを見つけ、説得するのにかなり時間がかかってしまったからだった。
と、正直に口に出せばいいものを、俺は言い出せずにいた。
それはこの一年、おせっかいなしに自分優先で過ごしてきたつもりだったからこそ、今朝の遅刻までして人助けをしたことが不本意だったからだ。
交番に連絡するとか、手段は他にもあったはずなのに、目の当たりにすると、ついその場で説得しようと夢中になってしまった。
口ごもる俺を見て先生はあきれたようにまたため息をつく。確認し終えたプリントの塊をデスクの脇にやると、頬杖をついて俺を眺め、それ以上は何も言って来なかった。
家からの距離、電車やバスの時間。そこまで調べていて、燃やした通知書の件も知っている。その上で何も言ってこないのなら…。
――先生は冷徹な仕事人に見えて、実は慎重に言葉や態度を選ぶのではないか、そう思ったのだった。
あの日はちょうどバレンタインだったから、もらったチョコをおすそ分けして許してもらったっけ。
*****
「で、本題!」そう切り出した先生の言葉で、俺の思考は現在に戻ってくる。
「はい、これ何かしら」先生は紙をひらひらさせる。
「……1年の学期末に出した進路希望。」俺は見たままに答える。
「そう、進路希望よね?」先生は苛立ちを何とか抑えてるようだったが、プルプルと震える手が雄弁に物語っている。
「あんたのは違う」と、ぴしゃりと顔の前にプリントを突き返された。
〈内容 →いい大人になりたい〉
「なにこれ?小学生??」とほお杖をついてイライラした様子で下から俺を見上げる先生。
「あはは……」と俺は苦笑いするしかなかった。
先生は引き出しを開けると、
「ほら、新しい紙あげるから。火曜までには出しなさいね」と言う。
「……えぇ、明日じゃないすか」とおもわず不満が漏れる俺に対して、
「そうよ?適当に書くからこうなるの」と、当然のように言い切る先生。
「……………。」
ほっとけない事があると衝動的に動いてしまう俺だ。でも、お節介で中途半端なことをして、能力を失ってからというもの、自らの癖を良いことと思えなくなって困っている。
(能力も使えなくて、自分がどうしたいのか、分からないのに、進路のことなんて……。)
俺が口籠もっていると、何を思ったのか先生は丸椅子を持ってきた。
「あー、分かった。もうここで書いていきなさい。」と、座るよう促し、ペンを渡してきた。
「君は今日から、これから2年生でしょ。別にちゃんと決まってなくてもいいのよ。__ただ、仮に思いついた進路でも書いてくれれば、それでオッケー出すからさ。」と言って、俺を椅子に座らせる。
年齢や性別は関係ない。カッコいい教師とはきっとこの人の事をいうのだろうと俺は思う。それで何となく、
「あの、先生って………………モテますよね?」と聞いてみる。
すると、予想外の質問に驚いたのか、先生はプリントの塊をバンッと机に置きなおし、
「暖野くん、相談いらないなら帰ってね?」と、次の瞬間には血の通ってない微笑みを向けてくる。
俺は危うく、帰らされるとこだった。
_つづく
◀ 前の記事
▶ 次の記事
📚作品用マガジンはこちら
