【√と彼らの記憶遊戯】第一章_1話(5/5)「ある清掃員」
職員室を出ると、廊下の窓から外が土砂降りの雨なことに気づく。
(通り雨か?)
俺は、準備がやたら良い方なので、傘は持ってきているし、ついでにタオルもある。
それでもこの土砂降りでは、学校から家へ帰る気がしない。雨が少しでも弱まってから帰りたいと思い、俺は時間つぶしに、兄がいる校長室へと向かう事にした。
校長室に向かう途中、渡り廊下にある自販機でジュースを買い、飲みながら俺は考える。
「進路。取りあえず書いたけど、本心かもわからない。第一、能力がない俺じゃ進めるわけもなくて。」コツコツとローファーのかかとを蹴る。
「かと言って、能力を取り戻したい気にもならないんだよな。」ぽつりぽつりと独り言が漏れる。
「この一年、能力のない学校生活は案外シンプルで、周囲の目線だとか気にせず自分優先にしてきた毎日は、まぁそれなりに楽しかった。」
(そう、俺はいま困っていなくて______。)
「能力がなくても今朝みたいに、身の丈に合った助け方があって。これが普通、なんだとしたら」
この生活も案外悪くない、と渡り廊下の屋根を仰いでジュースを飲み干した矢先だった____。
*****
「そちら回収しましょうか?」と前方から、若い男の声がする。
俺は急に声を掛けられて内心驚きつつも、中身をゴクリと飲み切ってから視線を前にやる。
すると、清掃員の男が手を差し出していた。
男は黒い帽子を目深に被り、水色の半袖シャツの上から紫色のエプロンとゴム手袋をしていた。
この学校は清掃員も派手だな、なんて俺は思いながら、
「ありがとうございます」と缶を渡すと、それをワゴン車に放るその男とすれ違った。
(たった1分にも満たない。これだけの出来事だった。)
まさか、このただの清掃員によって俺の日常が崩れることになるとは、この時の俺は思いもしないのだった______。
第一章_1話:完
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