【√と彼らの記憶遊戯】第一章_2話(1/4)「校長室と兄さん」
自販機のあった渡り廊下を抜けると、生徒の教室と別の校舎に繋がる。この一階、奥の部屋が校長室だ。
「兄さん、邪魔するよ」と言ったか言わないか、ほぼ同時にドアを開ける。
兄さんは入って正面、上質な革張りの椅子に腰掛けており、重厚な木製デスクの上に山のように積まれた、書類の束を見ていた。どうやら、中身を確認して印を押している最中のようだ。
「……あのね、暖野廉李くん。校長室に入る時はノック2回。名前を名乗って声が掛かってから入りなさいよ」とこちらに顔を向けると、呆れ顔の校長先生。
「ああ、忙しそうならやっぱ帰るわ…」と言って俺が踵を返そうとすると、
「待て待て!来てすぐ帰ろうとするな。さみしいだろ?」と兄さんが家のように砕けた口調で呼び止めてくる。
兄さんはそのまま椅子から立ち上がり、戸棚から茶葉を出して、ポットに湯を沸かす。
「もうすぐ仕事片付くから、茶でも飲んでけよ。帰りは車に乗せてってやるから。」
俺は、兄さんが急須に茶葉を入れて湯を注ぐのを見て、客人用のソファーに座ることにした。
俺の前の少し低いテーブルに、兄さんはお茶の入った湯飲みを一つ置くと、自分の分をデスクに置いた。そして、
「茶菓子、そこの戸棚の左下にあるから。」と俺に勧めると、また仕事に戻るのだった。
______そして、しばらくして一区切りついたのか、立ち上がると大きく伸びをする。
「…にしても、ちょうどいいとこに来たなぁお前。お願いしたいことがあったんだよ」
「…俺にお願いしたいこと?」と俺は黒糖の饅頭を口にほおばりながら、首を傾げる。
「ちょっと持ってくるから待ってろ」と、何かを取りに、奥の部屋に消えた。
*****
しばらくして、奥の部屋から戻って来た兄が手にしていたのは、校章が金で印字された重厚感のある鍵付きの本だった。
兄さんは身につけていたネックレスをワイシャツから引っ張り出すと、何やら小さな鍵の形をしたチャームを本の鍵穴に入れて回す。
(それ、本物の鍵だったんだ)
と俺が感嘆する最中、目当てのページを開いたかと思えば、
「企業秘密な」と、本をこちら側に見せてくる。
__それは、この学校の生徒の写真と能力の定期検査の記録まで事細かに記された台帳のようで、ある生徒の記録ページだった。
兄さんはページの左上に印字された写真を指差す。
「この生徒、お前はもう会ったか?」
その写真に写っていたのは制服を着た女子生徒だった。顔立ちに関しては目がパッチリしているのが印象的だが、それ以上に紫色のボブヘアが珍しく、目を引く。
能力者の髪色は、生まれつき__もしくは能力発現の段階で個性が出る。俺は赤色で、兄さんは襟足が灰色、そして八坂は黄色というように。
俺は能力が使えなくなってから、能力者かどうかは人一倍意識するようになった。派手な髪色をしている生徒はやけに目について……顔と名札を確かめずにいられない。入学式で八坂に話しかけられたのも、それで目が合ったのがきっかけだった。
_____つまり、見かけていたらとっくに顔と名前は把握しているということだ。
「知らない。ってことは新入生か?」と俺が尋ねると、
「ああ。でもこの生徒は2年からの飛び級だ。ちなみにお前と同い年な。」
「……へー、ありなんだ。」
「いや、特例だよ。この子は首席で入学してたから何とかごり押しした。それで、なるほど……お前まだちゃんと会ってないんだな。」
「この生徒の名前は神無楓。お前と同じ学年、そして立場も同じ。“厳重観察対象“の生徒だ。しかし、髪の色から性格まで、入学前の情報と全く変わっている。この写真は最近更新したものだ」
「能力検査の結果は?」__まず疑うべきは能力の発現だろう。
「陰性だ。この生徒は能力を使えない。」と兄さんが断言する。
「なら新学期だし……思い切ってキャラ変とか?」と俺が適当な理由を口に出すと、
「おいおい、それならわざわざ話題にしないからな?あと校則違反。」と正論が返ってくる。
この学校の一般生徒は、髪を染めることは禁止されていないが、黒から茶髪と校則で決められている。それは、能力持ちと一般生徒をすぐ見分けるためだそうだ。
そして、髪を勝手に染めようものならすぐに校則違反とばれる。
理由は二つある。
一つは、入学前から在校中の、能力に関わるものからそれ以外全ての検査データを学校側が受け取り、このように管理しているから。
もう一つは、国家から配布されるピアスを装着することが義務化されているからだ。 このピアスは能力の使用を検知し、異能警察によって不正利用でないかを確認される。
国家から認定を受けた特定の職業に活かす目的での使用は不正に当たらない。そして、この学園のように異能力者を受け入れる養成校は治外法権に当たる。_学校から一歩出れば使用は禁止されるが。
そして兄さんは、話を続ける。
「問題は、能力がないのにも関わらず髪色が変わったこと。それに加えて、神無楓は約一年間の昏睡状態から起きると、まるで別人のように記憶がさっぱりと抜け落ちたそうだ。」
…記憶がない。
俺は疑問に思っていた。これがそんなに、重要なことだろうか?
「この学校なら、それが能力の影響だ___。で適当に片付けとけば済むことじゃないの?」と俺が問うと、
「確かに学校として多少目を瞑ることはできる……だが」何やら頭を悩ませる兄だった。
俺にはさっきから彼女を話題に上げる兄さんの意図が分からなかった。
「なあ、この話を聞いてお前は少しばかり興味を持ったんじゃないか?」次にそう言われてやっと腑に落ちた。だから俺は、キッパリと答えた。
「興味ないよ。」
それに__。
「兄さんの事だから、もうとっくに調べでもしてるんでしょ?その台帳に経緯まで書いててもおかしくな……」と、俺はかがんで細かい文字を読もうとする。
しかし、兄さんは俺が読む前にパタッと本を閉じてしまった。
「__そうかもな。でも、教えちゃったら意味がない。」と、兄さんは、イタズラっぽい笑みを見せ、台帳に鍵をかけてしまった。
「もー、めんどくさいから帰る」と俺は立ち上がろうとするが、
「逃がさないぞ」と、屈強な手で両肩をつかまれ、またソファーに座らされる。
「なんだよ?」と俺は不満げな顔を見せた。
「__いいか、お前は能力を使って彼女の正体を探る。ついでに校内で困っている生徒がいたら助けるんだ。」
「入学して1年。卒業まであと2年。お前ももう、自分の能力と向き合っていい頃だろ」と、兄さんは言った。
(なんだ、そんなことかよ。)
「……兄さん、俺はもう能力を使わないって言ったよな」
(______もう視たくない……)
「本当に、それでいいのか?」と兄さんは俺の目を見て問いかけてくる。
「俺は……普通の学園生活が送りたいんだよ。」と俺は目をそらした。
「そう言いながら、能力が無くても人助けはやめられず、遅刻までしたこともあったな。やっぱりお前は人一倍おせっかいな奴だ。」
(あぁ、兄さんだもんな、全部お見通しか…)
「そうだよ。」と俺はこの際、開き直る。
「でも能力が無くたって人助けはできただろ?」そう、これが俺の無能力で過ごした1年間の答えだ。
兄さんは、客間のソファーの向かいに腰掛ける。
「______なあ、レンリ。今動き出さないなら一体それはいつになる?今さえ良ければ、お前は現状維持を望むのか?」と、真剣な顔で言った。
「要は異能力を取り戻せってことだろ。でも兄さんは器用だからわからないんだよ。」
(困り事を知ってしまったら俺の性格上、見て見ぬふりができなくなる。でも、あの日俺は間違えてしまった__。もうあんな思いはしたくない。知らなければ、俺の学校生活は、身の回りはいつの間にか変わったとしても俺自身は平和でいられたのに。)
と、兄さんは身に付けていた腕時計を外して、俺の方に見えるように畳むと、
「__見ろ。時計の針が右に回って、その左側はもう過去だ。今はすぐ過去に変わる。後悔しても過去に戻る能力は存在しない。だったら未来を変えていくしかないんだ。」
と兄さんは、俺に対する普段の接し方とは違う、厳しい眼差しを向けてくる。
(やっぱり兄さんは行動的で自分の意思を貫けてかっこいいよ。でも、やっぱり俺の気持ちは理解できない。)
俺は何も返せず、兄さんは俺を見たまま、しばらく沈黙が続いた。
「ま、過去に向き合うのが辛ければそれは後でもいい。__ただ今、何も行動せずに後からお前に後悔してほしくないだけだ。」と、兄さんはふっと顔を緩めるとテーブルの上の茶菓子を一つ取って、一口に食べた。
__こういう時、最後まで兄さんは便利な自分の異能力を使わずに、長々と訴え掛けてくるのだから本当にズルいと思う。
*****
______不意に、コンコンと校長室のドアがノックされた。
_つづく
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