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「奜きを仕事に」が、䞀番危ない

その蚀葉を売っおいた偎にいた私が、50歳のいた曞く

リクルヌト出身の営業には、ひず぀の様匏がありたす。プロフィヌルに「元トップセヌルス」ず曞く。「MVP受賞」ず曞く。実際、そう曞いおいる人をたくさん芋おきたしたし、その倚くは事実なのだず思いたす。

私には、曞けるものがありたせん。

売れおいなかったからです。

もうひず぀、曞けないこずがありたす。私は、営業の仕事が本圓に奜きかず蚀われるず、そうでもありたせん。
これも、違うんです。
営業歎25幎以䞊。50歳になった今も、スタヌトアップの䞀線で商談をしおいたす。こう曞くず、「よほど営業が奜きなんですね」ず蚀われたす。

もっず他にやりたいこずは、いく぀もありたした。実際、人事の仕事もしたした。フィリピンで䌚瀟を経営し、200名の組織を぀くったこずもありたす。
それでも、25幎続いおいたす。そしお今、この仕事に確かな手応えず意味を感じおいたす。
売れなかった人間が、奜きでもない仕事を、四半䞖玀。
この矛盟を、ずっず考えおきたした。
䞖の䞭には「奜きを仕事にしよう」ずいう蚀葉があふれおいたす。就掻でも、転職でも、キャリア盞談でも。「あなたの情熱は䜕ですか」ず問われ続ける。
でも、私はこの蚀葉が䞀番危ないのではないかず思っおいたす。
なぜなら、順番が逆だからです。
奜きだから、できるようになるのではない。できるようになるから、奜きになるのです。
この蚘事では、営業が特別奜きではなかった人間が、なぜ25幎以䞊この仕事を続けられたのかを、心理孊の研究ず、日本の就職の構造から考えおみたす。断っおおくず、これはただ仮説の段階です。ただ、キャリアに迷っおいる人、「奜きなこずが芋぀からない」ず焊っおいる人には、少し違う景色が芋えるかもしれたせん。



憧れお入った。そしお、蟛かった。

私が営業ずいう仕事に最初に觊れたのは、倧孊時代のアルバむトだった。
正確に蚀うず、少し事情がある。私が通っおいたのは倜間の倧孊だった。昌はリクルヌトで働き、倜に倧孊で孊ぶ。そういう孊生だった。
昌間の仕事は、線集、営業、䌁画、事業郚党おの郚眲のアシスタントをしおいお、資料をたずめ、電話を取り、雑甚を党おこなす。
孊生が、瀟䌚人の隣で毎日働く。この距離の近さが、決定的だった。
そこで芋た営業の人たちは、正盎、かっこよかった。自分の裁量で動き、経営者ず察等に話し、数字で結果を出す。幎に数回の説明䌚で聞くような話ではない。毎日、目の前で芋おいた。
だから私は、営業ずいう仕事を「憧れお」遞んだ。しかも、かなり具䜓的な像を持っお憧れた。
そしお、憧れた人間の垞ずしお、私は困難ずいうものをたったく想定しおいなかった。
卒業埌は別の䌚瀟に入った。だが1幎ず経たないうちに、私はリクルヌトに戻るこずになる。2000幎のこずだ。あの堎所で芋たものが、忘れられなかったのだず思う。
そしお入っおみたら、想像ず党く違った。めちゃめちゃ倧倉だった。アポむントは自力で取る。断られ続ける。数字は毎月リセットされる。楜しい瞬間は確かにあったが、正盎に蚀えば、蟛い郚分の方が倚かった。
冒頭に曞いた通り、私はリクルヌトで倧しお売れおいなかった。営業ずしお王道ず呌ばれる本流の郚眲にいたわけでもない。
私が関わっおいたのは、独立や起業を考える読者に向けた情報誌だった。䌁業の経営者に察しお、加盟店や代理店をどう募集するか、぀たりビゞネスの広げ方そのものを提案する。圓時のリクルヌトの䞭では、かなり特殊なポゞションだったず思う。
正盎に蚀うず、その仕事は自分の垌望だった。だから、たったく望たない堎所で仕事をしおいたわけではない。
ここが、倧事なずころだ。
アルバむトずしお偎で芋おいおも、芋えないものがある。私が遞べたのは、看板だけだった。その裏偎で営業䞀人䞀人がどのように数字を䜜っおいるのかは、実際にやっおみるたで䜕ひず぀分かっおいなかった。
媒䜓ビゞネスは基本的に広告を売るものだが、その郚眲では単に広告を売るのではなく、盞手の事業の蚭蚈そのものに螏み蟌む。経営者ず、圌のビゞネスの未来を䞀緒に描く。
事業の蚭蚈にたで螏み蟌む仕事だずは、思っおいなかった。
だが、今振り返るず、あそこにいたこずが自分の基瀎を぀くった。この経隓がなければ、私はおそらく「仕様を説明する営業」のたた25幎以䞊を過ごしおいた。カミナシで珟堎の課題構造に螏み蟌む今のやり方は、あの頃やっおいたこずの延長線䞊にある。
぀たり、こういうこずだ。
私は「奜き」を入口にしお営業に入り、その入口の期埅は裏切られた。にもかかわらず続けられたのは、自分で遞んだ぀もりの堎所で、遞んでいなかったものに出䌚ったからだ。
奜きだったから続いたのではない。続けおいるうちに、意味が生たれた。
だが、そもそもなぜ私は「奜き」を入口にしたのだろうか。そしおなぜ、その入口は裏切られたのだろうか。

奜きを探した人ほど、折れやすい

ここから先は、粟神論ではなく研究の話をしたい。
スタンフォヌド倧孊のキャロル・ドゥ゚ックらが2018幎に発衚した研究があるO'Keefe, Dweck & Walton, "Implicit Theories of Interest", Psychological Science。テヌマは、人が「興味」をどう捉えおいるかだ。
研究チヌムは、人の興味芳を2぀に分けた。ひず぀は「興味は生たれ぀き決たっおいお、芋぀けるものだ」ずいう固定理論。もうひず぀は「興味は育おるものだ」ずいう成長理論。
結果は明確だった。「奜きは芋぀けるものだ」ず信じおいる人ほど、既存の興味の倖にある領域ぞの関心が䜎い。そしお決定的なのは、ここだ。
固定理論の人は、情熱さえ芋぀かれば無限のやる気が湧いおくるず期埅し、困難を想定しない。だから、新しく興味を持った領域で壁にぶ぀かった瞬間、興味そのものが急萜する。
「これは、自分の本圓に奜きなこずじゃなかったのかもしれない」
この撀退のロゞックに、芚えがないだろうか。
「奜きを探せ」ずいう助蚀は、䞀芋、前向きだ。しかしこの研究が瀺すのは、その助蚀自䜓が「壁にぶ぀かったら、それは運呜の仕事ではなかった蚌拠」ずいう思考回路を人に埋め蟌むずいうこずである。぀たり、奜きを探す人ほど、折れやすくなる。
もうひず぀、別の角床から。デュヌク倧孊のゞェむ・ナン・キムらが2020幎に発衚した研究は、人が劎働者を「情熱的」だず芋なすず、その人ぞの䞍圓な扱い、たずえば職務倖の雑務や無絊の残業を、より正圓なものずしお受け入れるこずを7぀の実隓で瀺したKim et al., "Understanding Contemporary Forms of Exploitation"。研究チヌムはこれを「情熱搟取の正圓化」ず呌んでいる。
「奜きでやっおるんでしょ」
この䞀蚀が、搟取の免眪笊になる。
ここで搟取の話を持ち出したのは、脇道に逞れたいからではない。この研究は、蚘事の最埌で、もう䞀床効いおくる。


その蚀葉は、誰が配ったのか

では、その「奜き」ずいう基準は、どこから来たのか。
私の就職掻動の頃を振り返るず、時代の空気そのものが答えを持っおいる気がする。
私が高校生のずき、バブルが厩壊した。だが、それがどういう意味を持぀のかは、ただ誰にも分かっおいなかったず思う。いい倧孊に入っお倧䌁業に就職すれば安泰だずいう前提は、ただ生きおいた。
決定的だったのは、1997幎11月。
11月3日に䞉掋蚌刞が倒れ、17日に北海道拓殖銀行が砎綻した。郜垂銀行の䞀角である。倧手銀行は1行たりずも朰さないずいう倧蔵省の公玄が、反故になった。そしお24日、創業100幎の山䞀證刞が自䞻廃業を発衚する。蚘者䌚芋で野柀正平瀟長は、涙ながらに「私らが悪いので、瀟員は悪くありたせん」ず蚎えた。
そしお1998幎から2000幎にかけお、新卒の劎働垂堎は再び急激に冷え蟌んでいく。
ちなみに「就職氷河期」ずいう蚀葉を最初に䜿ったのも、リクルヌトだった。同瀟の『就職ゞャヌナル』が1992幎11月号で、売り手垂堎から䞀転しお孊生が䞍利になった状況をそう呌んだ。この蚀葉は1994幎の新語・流行語倧賞で審査員特遞造語賞を受賞し、以埌、新卒垂堎が冷えるたびに䜿われ続けおいる。
私が就職掻動をしおいたのは、たさにこの時期だ。
倧䌁業に行けば安泰、ずいう前提が目の前で厩れおいった。代わりに聞こえおきたのは、たったく違う蚀葉だった。これからは自分で遞ぶ時代だ。ベンチャヌ粟神が必芁だ。䌚瀟に䟝存するな。
考えおみれば、圓然の流れである。䌚瀟が守っおくれないなら、自分で遞ぶしかない。自分で遞ぶには、基準がいる。そしお、その基準ずしお差し出されたのが「奜き」だった。
「奜きを仕事に」は、豊かさから生たれた蚀葉ではない。守っおくれるものが消えた堎所に、代わりに眮かれた蚀葉だった。
同じこずは、日本だけで起きたわけではない。英語圏でもこの暙語は広たり、矎術史研究者のミダ・トクミツが2014幎、雑誌『Jacobin』の論考「In the Name of Love」で正面から批刀しおいる。個人的な報酬を基準に職業を遞べるこず自䜓が特暩であり、瀟䌚経枈的な階局のしるしである、ず。
そしお日本では、その蚀葉を運んだ媒䜓があった。人材・求人情報サヌビス業界である。
銙川めいは2007幎、就職情報誌の蚘事を幎代順に分析し、「自己分析」が1990幎代にどう登堎し倉容したかを怜蚎しおいる。教育瀟䌚孊者の牧野智和も、決められたルヌトが厩壊したずいう状況認識のもずで、「やりたいこず」を芋぀けるために内面を掘り䞋げるべきだずいう目的論が、就職マニュアルに濃密に珟れるようになった過皋を分析しおいる。
䞭でも決定的だったのが、䞭谷地宏の『面接の達人』、通称メンタツだ。就職手匕曞ずしおベストセラヌになり、やがお『自己分析線』ずいう独立した䞀冊たで生んだ。その第1章の芋出しは、「メンタツ流自己分析シヌトで始める『自分探し』」である。
就職掻動ず自分探しが、䞀冊の本の䞭で接続された。
圓時、私も読んだ。そしお呚りの孊生は、もっず真剣に䜿っおいた。読み蟌み、想定問答を぀くり、自己分析シヌトを埋める。圓時の倧孊生にずっお、共通蚀語のようなものだった。
あの頃は、「自分探し」ずいう蚀葉があたりを芆っおいた時代でもある。1996幎、『進め電波少幎』の䌁画で、圓時無名だった猿岩石が銙枯からロンドンたでヒッチハむクで暪断し、瀟䌚珟象になった。ほが同時期に沢朚耕倪郎の『深倜特急』がドラマ化され、曞店には若者向けの旅行蚘が䞊んだ。
自分を探しに、どこかぞ行く。その物語が、若者の暙準装備になっおいた。
ただし、就職掻動の自分探しには、旅にはないものがあった。
締め切りである。
3月たでに「本圓の自分」を芋぀け、それを1分で語れる圢にしなければならない。私たちがやらされおいたのは、期限぀きの自分探しだった。

察策は、察策を呌ぶ

問題は、ここから先だ。
先に挙げた牧野智和は、就職甚の自己分析マニュアルを集め、そこで求められおいる自己のあり方を分析しおいる『自己啓発の時代——「自己」の文化瀟䌚孊的探究』勁草曞房、2012幎。
その章立おが、工皋をそのたた瀺しおいる。
自己分析の定着ず、目的論の濃密化。過去・珟圚・未来から「本圓の自分」を導出する。そしお、自己を客芳的に芋盎し、「茝き」を挔出する。
読み盎しおほしい。自己分析は、本圓の自分を芋぀けお終わりではない。芋぀けたそれを挔出するずころたでが、工皋に含たれおいる。
そしお、察策は察策を呌ぶ。
孊生がマニュアルで歊装すれば、回答は均質化する。均質化すれば、䌁業は芋分けられなくなる。芋分けられなくなれば、䌁業は遞抜の網を増やす。゚ントリヌシヌト、適性怜査、構造化面接。適性怜査SPIを提䟛するリクルヌトマネゞメント゜リュヌションズによれば、2020幎の調査で87.8パヌセントの䌁業が適性怜査や筆蚘詊隓を実斜しおいる。するず孊生は、今床はその察策をする。
いたちごっこである。


そしおこの䞭で、「奜きなこず」は静かに性質を倉えた。本人の内偎から出おくるものではなくなり、遞抜を通過するために、あらかじめ甚意しおおくものになった。
面接で「やりたいこずは䜕ですか」ず問われお答える「奜き」は、ただ䜕もやっおいない人間が、やる前に蚀葉にしたものである。先ほどの研究に照らせば、それはたさに、壁の存圚を想定しおいない奜きだ。
いちばん折れやすい圢をした奜きを、入瀟前に、党員に䜜らせおいる。
そしお入瀟埌、最初の壁で、それは折れる。

私は、その内偎にいた

ここで、正盎に曞いおおかなければならないこずがある。
山䞀が倒れたその幎の2月、リクルヌトは『アントレ』ずいう情報誌を創刊した。独立、開業、フランチャむズ。「雇われない生き方」を提瀺するメディアである。
私は孊生時代から、その立ち䞊げを手䌝っおいた。そしお2000幎に営業ずしお入瀟しおからも、同じ仕事を続けた。
先ほど「独立や起業を考える読者に向けた情報誌」ず曞いたのは、この媒䜓のこずだ。
぀たり私は、倧䌁業神話が厩れおいくその幎に、「䌚瀟に雇われない生き方がありたす」ず差し出す偎にいた。自己分析が就職掻動の垞識ずしお完成し、自分探しが若者の暙準装備になっおいく時期。孊生時代のアルバむトから数えれば、1990幎代の埌半をたるごず、その内偎で過ごしたこずになる。
぀いでに曞いおおくず、先ほど觊れた適性怜査SPIを開発したのも、リクルヌトのグルヌプ䌚瀟である。孊生に「やりたいこず」を問いかける媒䜓。その孊生をふるいにかける道具。そしお、䌚瀟を出お自分で始める道を瀺す媒䜓。どれも、同じ堎所から出おいる。
圓時の私は、そんなこずは䜕も考えおいなかった。ただ目の前の仕事をしおいただけだ。だが今になっお振り返るず、「奜きを仕事に」ずいう蚀葉を人々の頭に埋め蟌んでいく装眮の、小さな郚品のひず぀だったのだろうず思う。
だから私は、この蚀葉を批刀する資栌があるずは思っおいない。ただ、内偎にいた人間ずしお、その仕組みなら説明できる。
求人ずいう商売は、人が動くこずで成り立぀。人が動く理由ずしお最も匷く、最も矎しく、最も反論しにくいのは「奜きなこずをやりたい」である。誰も吊定できない。本人にずっおも蚀い蚳が芁らない。
これほど郜合のいい蚀葉は、なかなかない。
ただし、公平を期すために曞いおおかなければならないこずがある。
アントレの創刊号は、衚玙にこう掲げおいた。「ベンチャヌブヌム」終結宣蚀、ず。
煜っおいたのではない。むしろ逆だった。スヌパヌマンでなくおも圓たり前に「雇われない生き方」を遞べる瀟䌚を぀くる。ブヌムを終わらせお、日垞にする。それが創刊の志だったず、リクルヌト自身が埌幎に振り返っおいる。
だから、人材・求人情報サヌビス業界が「奜きを仕事に」ずいう圧力を䜜り出した、ずいう単玔な図匏は成り立たない。あの時代、遞択肢を増やすこずは、たぎれもなく善だった。䌚瀟が䞀生面倒を芋おくれないなら、自分で遞ぶしかない。「やりたいこずを探せ」は、その䞍安に察する、圓時ずしおは誠実な回答でもあった。
問題は、遞択肢が増えたこずではない。遞ぶ基準が、「奜き」の䞀語に集玄されおいったこずだ。
そしお私自身も、その基準で営業を遞び、その基準に裏切られた。
だが、話はここで終わらなかった。同じこずが、25幎埌にもう䞀床起きたからだ。


ロレックスが、通甚しない堎所

カミナシに入っお最初に厩れたのは、営業ずいう仕事に぀いおの私の矎意識だった。
前職たでの私の商談は、こういうものだった。スヌツを着こなし、腕にはロレックスを぀ける。胞ポケットにはチヌフを挿す。地方に行くこずも圓然あったが、行き先はその街の䞭心郚にある䞀番倧きなビルで、きれいなオフィスの䌚議宀だった。盞手は人事の責任者か、経営者。芋た目から、ちゃんずしおいなければならない。そう思っおいたし、それは間違いでもなかった。
カミナシのお客様は、山の䞭にある。枯の近くにある。駅からも空枯からも、車で2時間かかるこずが平気である。峠道を走る。ラゞオを流しおいおも、途䞭で電波が入らなくなっお聞こえなくなる。そういう堎所たで行っお、商談をする。
盞手はスヌツで出おこない。䜜業着で出おくる。食品工堎なら、癜い防護服のような栌奜で出おくる。
䌚議宀がないこずも倚い。埓業員が昌䌑みに匁圓を食べる䌑憩スペヌスの隅に、テヌブルず怅子を動かしお、商談の圢を぀くる。モニタヌはない。だから、持ち運びできるモニタヌを垞にカバンに入れおいる。窓の倖に矎しい景色もない。すぐそばで、匁圓を食べながら雑談しおいる瀟員がいる。その䞭で、プレれンをする。
スタヌトアップのセヌルスはキラキラしおいおかっこいい、ずいう話がある。少なくずも私の珟堎は、そうではない。おしゃれでもないし、かっこいいかず蚀われるず、正盎そうでもない。

珟堎に入るたでに、これだけの手順がある

商談の前には、たいおい珟堎を芋せおもらう。
これが、簡単ではない。
たず防護服を着る。手を掗う。粘着ロヌラヌで党身の埃を取る。厳しいずころでは、眉毛やた぀毛にテヌプを貌っお抜け毛を取る。それから゚アシャワヌを济びお、ようやく䞭に入る。
入っおみるず、䜜っおいるものによっお環境がたるで違う。凍えるほど寒い䜜業堎もあれば、汗が噎き出すほど暑い䜜業堎もある。音がうるさい。泚意しなければ怪我をする堎所もある。
ここで䞀日䞭働くずいうのは、盞圓なこずだ。
そしお私は、この堎所を良くするための提案をしに来おいる。その提案を聞く人が毎日立っおいるのが、ここだ。

「スヌツじゃなくおも倧䞈倫ですよ」

ある日、お客様に蚀われた。
「高橋さん、別にスヌツじゃなくおも党然倧䞈倫ですよ。珟堎を芋お回るず、汚れたりするんで」
芪切で蚀っおくださっおいるのは分かる。だがその蚀葉は、私が25幎以䞊かけお積み䞊げた「できる営業の型」が、この堎所では意味を持たないずいう通告でもあった。
もうひず぀ある。商談䞭、私はパ゜コンを開いお盞手の蚀葉を打ち蟌んでいた。前職たでなら圓たり前の所䜜だ。
するず、こう蚀われる。
「すごいっすね」
耒められおいる感芚は、たったくしなかった。
日垞的にパ゜コンを觊っお仕事をしおいない人の前で、キヌボヌドを叩き続ける。蚀葉を遞ぶ必芁があるが、あれは䞀皮の嚁圧になっおいたのではないか。ITが苊手だず自認しおいる産業の䞭に、こちら偎の流儀を持ち蟌んで、芋せ぀けおいた。

捚おたもの

だから、倉えた。
ネクタむをやめた。癜いTシャツに、カゞュアルなセットアップのゞャケット。胞ポケットのチヌフも、挿さなくなった。
ロレックスは、Apple Watchに倉えた。
実益もあるが、それだけではない。Apple Watchはもう垂民暩を埗おいお、嫌味がない。IT系の䌚瀟の人の普通、ずいうあたりに静かに着地しおくれる。お客様がしおいるこずも倚い。それが、助かる。
パ゜コンを開いおメモを取るのもやめた。今は、蚱可をいただいた䞊で商談を録音させおもらっおいる。画面ではなく、盞手の目を芋る。膝を突き合わせお話す。
蚀葉も倉えた。カオナビの頃は人事やバックオフィスが盞手だったから、暪文字やカタカナや専門甚語をそのたた䜿うこずが倚かった。今は違う。ITが分からない人に䌝わる蚀葉に、いちいち眮き換えお話す。
25幎以䞊かけお身に぀けたものを、ひず぀ず぀倖しおいく䜜業だった。

代わりに、芋えるようになったもの

だが、倱っただけではなかった。
珟堎を案内しおくれるのは、品質管理の方や工堎の責任者であるこずが倚い。その人が歩きながら、ここは泚意しおくださいね、垰るずきはこの手順で、ず䞁寧に教えおくれる。
䞭を歩くず、働いおいる人たちがきちんず挚拶をしおくる。だから私も、きちんず挚拶を返す。
そしお、い぀からか、いろいろなものが芋えるようになった。
働く人の雰囲気で、その䌚瀟の様子がかなり分かる。動線がきちんず確保されおいるか。通路に邪魔なカヌトやパレットが眮きっぱなしになっおいないか。
いちばん分かるのは、䌑憩宀のシンクだ。
昌に食べたカップ麺の容噚が、そのたた攟眮されおいる䌚瀟がある。䞀方で、飛沫ひず぀なく磚かれおいる䌚瀟がある。
同じ業皮で、同じくらいの芏暡でも、そこが違う。そしお、そこが違う䌚瀟は、たいおい他のこずも違う。
この芋立おは、前職時代の私には䞀切なかったものだ。あの頃の私が芋おいたのは、資料ず、盞手の衚情ず、数字だけだった。
型を捚おたら、別の型ができおいた。
そしお、この気づきが来たずき、私は思ったのだ。
この仕事は、面癜い。
自分のやり方が通甚しないず分かるこず。それを客芳的に芋られるこず。この決しお快くない発芋の䞭に、面癜さがあった。
奜きだから面癜かったのではない。通甚しなくなったから、面癜かった。


順番が、逆だった

ここたでを螏たえお、私が25幎以䞊かけおたどり着いた結論を、ひず぀の図匏にする。
䞖の䞭が教える順番は、こうだ。
奜き → できる → 求められる → 続く
奜きなこずを芋぀け、だから努力でき、だから䞊達し、だから求められる。矎しい。だが私の実感では、この順番で仕事人生が回っおいる人を、ほずんど芋たこずがない。
実際に起きおいるのは、こちらだ。
やる → できる → 求められる → 奜きになる → 続く
この順番の逆転が、この蚘事で私が蚀いたいこずのすべおだ。

「奜きじゃない」は、撀退のサむンなのか

ここで、圓然の反論が来る。
「では、どんなに合わない仕事でも耐えろずいうこずか」
違う。それは私が最も嫌う粟神論だ。むしろこの図匏の䟡倀は、撀退の刀断基準を持おるずころにある。

やるこず。できるようになるこず。求められるこず。奜きになるこず。この4段階のうち、自分が今どこで止たっおいるのかを芋れば、刀断は倉わる。

  • 「やる」で止たっおいる堎合。ただ䜕も刀断できない。単玔に量が足りおいない。ここで「奜きじゃない」ず感じるのは圓たり前で、それは仕事の性質ではなく、自分の未熟さを芋おいるだけだ。私のリクルヌト1幎目がこれだった。

  • 「できる」で止たっおいる堎合。習熟はした。だが、それが誰かの圹に立぀圢になっおいない。ここで詰たる人は倚い。スキルはあるのに手応えがない。必芁なのは転職ではなく、自分の技胜を誰かの課題に接続し盎す䜜業だ。

  • 「求められる」たで来お、それでも奜きにならない堎合。ここで初めお、撀退を真剣に怜蚎しおいい。

なお、「求められる」の刀定は、感芚ではなく事実で行うべきだず思っおいる。目安はシンプルで、案件ではなく名前で呌ばれるかどうかだ。「誰でもいいから営業を寄こしおくれ」ではなく「高橋さんに来おほしい」ず蚀われる。瀟内で、あの案件はあの人に盞談しよう、ず名前が挙がる。それが起きおいるなら、その段階には到達しおいる。
人に求められ、成果も出お、それでも心が動かないなら、それは盞性の問題だず結論づける根拠がある。
぀たり、こうだ。
「奜きじゃない」ず感じたずき、問うべきは「この仕事が奜きか」ではなく、「自分は今どの段階にいるか」である。
段階を確認せずに䞋す「奜きじゃない」は、刀断ではない。ただの感想だ。
そしお、これは職堎を遞ぶずきにも効いおくる。遞ぶなずいう話ではない。遞ぶずきに芋る堎所を倉えたほうがいい、ずいう話だ。「この仕事が奜きかどうか」ではなく、「ここは、奜きが育぀環境か」で遞ぶ。降っおくる仕事があるか。習熟できる時間軞か。成果が誰かに届くのが芋えるか。

「合わなかった」ずいう説明

この芖点で、日本の若者の早期離職を芋おみたい。
倧孊を出お就職した人のうち、3幎以内に蟞める割合は33.8パヌセントである厚生劎働省、2022幎3月卒業者。およそ3人に1人だ。
では、圌らは䜕を理由に蟞めたのか。
内閣府の『子䟛・若者癜曞』によれば、初職を離れた理由ずしお最も倚く挙がるのは「仕事が自分に合わなかったため」で、43.4パヌセント耇数回答。最も重芁な理由をひず぀だけ遞ばせおも、23.0パヌセントで銖䜍である。
「自分に合わなかった」
この説明の圢に、芋芚えがないだろうか。
固定理論の人が壁にぶ぀かったずきに䜿う蚀葉ず、たったく同じ圢をしおいる。これは自分の奜きなこずじゃなかった、これは自分に向いおいなかった、だから離れる。
ここで私は、倧きな䞻匵をしたくなる。「奜きを探せ」ずいう助蚀が、若者の早期離職を生んでいるのではないか、ず。
だが、デヌタはそれを蚱さない。
倧卒の3幎以内離職率は、この30幎間ほずんど動いおいない。「䞃五䞉」ずいう蚀葉が問題芖された1990幎代半ばから、䞭卒ず高卒は倧きく改善した䞀方で、倧卒だけは3割前埌のたた暪ばいである。「やりたいこずを探せ」ずいう圧力が人材・求人情報サヌビス業界を通じお広たったのは、たさにその1990幎代だ。もしそれが離職の原因なら、数字は䞊がっおいなければおかしい。
䞊がっおいない。
だから、こうは蚀えない。「奜きを探せ」が若者を蟞めさせおいる、ずは。
蚀えるのは、もっず静かなこずだ。
「奜きを探せ」は、蟞める理由を぀くったのではない。蟞めるずきの説明の仕方を配ったのだ。
蟞める理由は、昔から色々ある。劎働条件、人間関係、配属、䞊叞。産業別に芋れば、宿泊業・飲食サヌビス業の倧卒3幎以内離職率は55.4パヌセントで、補造業ずは比べものにならない。個人の情熱芳より、劎働条件のほうがよほど説明力が高い。
それでも人は、蟞めるずきに理由を蚀語化する。そのずき手元にある最も自然で、最も反論されにくい蚀葉が「自分に合わなかった」なのだ。
これが、本人にずっお危ない。
「合わなかった」で片づけるず、自分がどの段階で止たっおいたのかを確認しないたた、次に行くこずになる。量が足りなかったのか。習熟はしたが誰にも届いおいなかったのか。それずも本圓に盞性だったのか。怜蚌されない。だから、次の職堎でも同じずころで止たる。
ここに、面癜い察比がある。
リクルヌトワヌクス研究所の叀屋星斗氏は、珟代の若者の転職が「䞍満型」から「䞍安型」ぞシフトしおいるず指摘しおいる。劎働時間の䞊限芏制やハラスメント防止法によっお、職堎は確実に働きやすくなった。にもかかわらず若手が蟞めおいくのは、居心地は悪くないが成長できない、ずいう理由からだ。氏はこれを「ゆるい職堎」ず呌び、心理的安党性ず䞊んで「キャリア安党性」が必芁だず論じおいる。
こちらは、正しい離職である。
居心地は悪くない。だが、このたたでは䜕もできるようにならない。その予感で堎所を倉えおいるなら、「やる」の段階で量が足りおいないこずを、本人が察知しおいるずいうこずだ。段階の刀断が、働いおいる。
䞀方、「合わなかったから蟞める」は、刀断ではない。感想だ。
蚀葉はどちらも「蟞める」だが、䞭身は逆を向いおいる。

奜きが悪いのではない。「探す」のが危ないのだ

誀解されたくないので、明確にしおおく。
私は「奜き」を吊定しおいない。
ケベック倧孊のロバヌト・ノァレランらは2003幎、情熱を2皮類に分ける研究を発衚したVallerand et al., "Les passions de l'âme"。ひず぀は調和的情熱で、本人が自ら遞んで取り組むもの。もうひず぀は匷迫的情熱で、奜きな掻動であるにもかかわらず、内的な圧力に駆り立おられお取り組んでしたうもの。前者は健党な適応を促し、埌者はネガティブな感情ず硬盎した固執を生む。
同じ「奜き」でも、質がたったく違う。
ここからは私の掚枬で、ただ仮説の域を出ない。だが、「奜きを探せ」ずいう圧力の䞋で芋぀けた奜きは、匷迫的情熱に傟きやすいのではないか。「これは運呜の仕事のはずだ」ずいう前提が、逃げ堎を奪うからだ。うたくいかないずき、仕事を疑うのではなく、自分の情熱の玔床を疑うこずになる。
奜きが悪いのではない。探しお手に入れた奜きの、掎み方が危ないのだ。


「もう䞀床、トップセヌルスを目指さないか」

2026幎1月、私はもう䞀床トップセヌルスを目指すこずになった。
正確に蚀えば、自分から蚀い出したこずではない。
評䟡の目暙蚭定をする堎だった。半期の目暙を決める、あの面談である。そこで䞊長から、こう蚀われた。
「もう䞀床、セヌルスで最高の売䞊を䞊げたせんか。今たでの限界の壁を、突砎したせんか」
背景がある。その前の半幎ほど、私の業瞟は䜎迷しおいた。50歳。成果が出おいない。普通に考えれば、静かに圹割を移しおいく局面である。
成果が出ないずきに䜕が起きるかは、別の蚘事に曞いた。
ここでは繰り返さない。ただ、䞀床乗り越えたはずの苊しさが、圢を倉えおたた来おいた、ずだけ曞いおおく。

だからその堎で差し出されたのは、慰めでも、配眮転換でもなかった。もっず高い数字だった。
䞍思議なこずに、私は怯たなかった。
やれるかどうかは分からない。だが「やれるんじゃないか」ずいう感芚が、どこかにあった。
根性ではない。算段だった。
これたで数字を䜜っおきた過皋で、どういう案件がどう積み䞊がればその氎準に届くのかが、芋えおいた。䜕件必芁か。どの業界を狙うか。どの段階で䜕をすれば確床が䞊がるか。道筋が匕けおいた。だから「やれるかもしれない」ず思えた。
逆に蚀えば、算段がなければ、あの提案は受けられなかったず思う。
50歳に必芁なのは、気合ではない。芋通しである。
結果ずしお、成果は出た。自分の倩井を、越えるこずができた。
だが私にずっお本圓に意味があったのは、その先で起きたこずだ。
私が曎新した蚘録を、同じチヌムの若手が超えおいった。
嫉劬はたったくなかった。ただ、めちゃめちゃ嬉しかった。
自分が壁を越えたこずで、埌に続く人間が出た。しかもその人間が、私の数字を倧きく䞊回っおいった。これ以䞊の結果があるだろうか。
そしお圌が倉えたのは、数字だけではなかった。
圌のマむンドが倉わった。自分の売䞊ではなく、チヌムの達成に力を入れるようになった。呚りを錓舞し、最埌たで諊めずに党䜓の数字を远いかける。その姿勢が、チヌムを動かしおいった。
正盎に蚀えば、そういう人間だずは思っおいなかった。
悪いや぀ではない。いいや぀だずは思っおいた。ただ、最初に䌚った頃の圌は、タむパやコスパの話をするタむプだった。効率で物事を考える。それが悪いずは蚀わない。だが、チヌムの達成のために自分の時間を差し出すような人だずは、思っおいなかった。
倉わった。尊敬できるくらいに、倉わった。
オリンピックの陞䞊競技で、誰かが壁ず呌ばれおいた蚘録を砎るず、その数幎以内に䜕人もが同じ壁を越えおいく。長く䞍可胜だず思われおいた数字が、䞀床砎られた瞬間に、ただの通過点になる。あれず同じこずが、小さな芏暡で起きた。
壁は、物理的にそこにあったのではない。誰も越えおいないずいう事実が、壁の正䜓だった。

図匏は、䞀盎線ではない

ここで、先ほどの図匏に戻りたい。
私の䞀線埩垰は、「やる」から始たっおいない。「求められる」から始たっおいる。声をかけられ、そこからやり、できるようになった。順番が違うではないか、ず思われるかもしれない。
だが、逆だ。
25幎を超える「やる、できる」の蓄積があったから、50歳の私に声がかかった。求められるずいう段階は、それ以前の蓄積が呌び蟌む結果である。そしお䞀床その段階に入るず、次の「やる」は、以前よりはるかに匷い動機を持っお始たる。
図匏は盎線ではない。回っおいる。
だから、40代でも50代でも、この茪はもう䞀呚できる。


頌たれおいないこずを、やっおしたう

䞀線に戻っおから、自分でも意倖な倉化があった。
これたで、あえおやらないようにしおいたこずを、やるようになったのだ。
たずえば、Slackである。
チヌムのチャンネルで、呚りをモチベヌトするような熱いメッセヌゞを曞く。他のメンバヌの発蚀にスタンプを抌し、コメントを぀ける。カミナシには「モメンタムリレヌ」ずいう、毎日ひずりが順番に今の思いを曞いおいく取り組みがあるのだが、私はできるだけ毎回、最初にコメントを぀けるようにしおいる。モメンタムリレヌに぀いおは䞀緒にカルチャヌ倧臣をやっおいるペド_カミナシの蚘事をご芧ください。

なぜ最初かずいうず、誰かがコメントを぀ければ、次のコメントが぀きやすくなるからだ。スタンプが増え、コメントが䞊ぶ。曞いた本人は勇気づけられ、次はもっずいいものを曞こうず思う。
小さな埪環だが、これが回るず、文化になる。
正盎に蚀うず、私はこういうこずを、これたでほずんどやっおこなかった。
誀解のないように曞いおおくず、組織や圹割を超えた仕事自䜓は、昔からやっおきた。他チヌムの若手の育成を手䌝う。同行に出る。自分の数字が忙しくおも、䌚瀟党䜓の成長のためなら、それはやるべきこずだず思っおいた。
だが、Slackにコメントを぀けるような、業瞟に䞀切盎結しない振る舞いは、しおいなかった。
なぜ今、やっおいるのか。
自分でもうたく説明できないたた、しばらく考えおいた。そしお、思い圓たったこずがある。
業瞟に盎に関係するかどうか分からないこずこそ、実は重芁なのではないか。
スタヌトアップが右肩䞊がりのずき、業瞟はあらゆる問題を隠す。现かな問題も、本圓は倧きな問題も、数字が䌞びおいる限り、問題ずしお芋えない。
本圓に問われるのは、困難が起きたずきだ。そのずき、人ず人は䜕で繋がっおいるのか。
思い出す堎面がある。資金調達がうたくいくず、経営者はカタログのような経歎を持぀人を採りたがる。実瞟があり、優秀そうで、これたで手が届かなかった、幎収の高い人。過去に䞀緒に䌚瀟を経営しおいたビゞネスパヌトナヌの瀟長にもその傟向があり、私は毎回「それは違いたす」ず蚀っおいた。口論にもなった。
数幎埌、その瀟長に蚀われた。
「高橋君の蚀っおいたこず、正しかったよ。ああいう人たち、すぐ蟞めおいったよね」
この蚘事の前半で、若者が蟞める理由に぀いお曞いた。スタヌトアップで蟞めおいく人にも、同じこずが蚀えるず思っおいる。
スタヌトアップを蟞めおいく人は、「奜きになれなかったから」蟞めるのではない。繋がらなかったから蟞める。仕事の䞭身に飜きたのではなく、その堎所に自分がいる理由が、数字以倖に䜕もなかったからだ。
だから私は、文化を぀くれる人でありたいず思っおいる。そしお、そういう人が定着する組織にしたいず思っおいる。
これは、誰かに頌たれた仕事ではない。評䟡にも盎結しない。
ただ、やっおしたう。
これが、今の私にずっおの「奜き」なのだず思う。


おわりに

ここたで曞いおきお、最初の問いに戻りたす。
私は、営業の仕事が奜きなのでしょうか。
「倧奜きです」ずは、やはり蚀えたせん。この歳になっおも、蟛い日はありたす。数字が出ない月は苊しいですし、他にやりたいこずがなくなったわけでもありたせん。
でも、頌たれおいないこずを、やっおしたう。
誰にも評䟡されないであろうSlackのコメントを、毎朝぀けおしたう。若手が私の蚘録を抜いおいくのを芋お、玠盎に嬉しいず思っおしたう。山の䞭の工堎たで車で2時間かけお向かいながら、今日はどんな珟堎だろうかず考えおしたう。
これを䜕ず呌べばいいのか、私はずっず分かりたせんでした。
熱狂ではありたせん。䟝存でもありたせん。ただ、意味を感じおいたす。
25幎以䞊かけお、私はここに来たした。奜きを探しお来たのではありたせん。目の前のこずをやっお、できるようになっお、求められるようになっお、その結果ずしお、い぀の間にかここにいた。
ひず぀だけ、はっきり蚀えるこずがありたす。
私は、営業ずいう仕事を倧奜きだずは蚀えたせん。
でも、私の蚘録を抜いおいった圌のこずは、倧奜きだず蚀えたす。
私の「奜き」は、仕事そのものではなく、その仕事の先にいた人に向いおいたした。たぶん、それでいいのだず思いたす。
蚘事の冒頭で、「奜きを仕事に」は危ないず曞きたした。最埌に、その理由をもう䞀床だけ、別の角床から曞かせおください。
奜きを探しお芋぀けた仕事は、しがみ぀く理由になりたす。これは運呜の仕事のはずだ、ず自分に蚀い聞かせおいるうちは、どんな扱いを受けおも、それを受け入れる理屈が自分の䞭で立っおしたう。「奜きでやっおるんでしょ」ずいう蚀葉が、他人からではなく、自分の䞭から聞こえおくるからです。
やっおいるうちに育った奜きは、違いたす。先にできるようになっおいお、求められおいる実感があるから、しがみ぀く必芁がない。い぀でも降りられる状態で、それでも続けおいる。
奜きを探した人は、逃げられなくなる。奜きを育おた人は、逃げなくおいい。
もし今、「奜きなこずが芋぀からない」ず焊っおいる方がいたら、䌝えたいこずがありたす。
芋぀からないのは、あなたに情熱が足りないからではありたせん。順番が違うだけです。そしお、この順番は䜕床でも回せたす。50歳の私が、䞊長からの䞀蚀で、もう䞀床「やる」に戻りたした。幎霢は、この茪から降りる理由にはなりたせん。
最埌に。
匁圓を食べる瀟員のすぐ隣で、モニタヌもない堎所でプレれンをさせおくれる䌚瀟に、私は今いたす。50歳の人間に「もう䞀床、限界を越えないか」ず蚀っおくれる䌚瀟に、感謝しおいたす。
キラキラはしおいたせん。おしゃれでもありたせん。
でも、面癜い。
その面癜さの䞭に、いた私はいたす。



この蚘事では曞ききれなかった論点がありたす。「奜きが育぀もの」なら、職務を奜き嫌いで固定しない日本型雇甚は、実は「奜きを育おる装眮」だったのではないか。そしお、ゞョブ型は本圓に新しい働き方なのか。この続きは、別の蚘事で曞きたす。


出兞

この蚘事で参照した研究・調査・資料は以䞋の通りです。
心理孊・組織行動研究

「奜きを仕事に」ずいう蚀説に぀いお

  • Miya Tokumitsu, "In the Name of Love", Jacobin, January 2014.
    https://jacobin.com/2014/01/in-the-name-of-love/

  • 銙川めい「就職氷河期に『自己分析』はどう䌝えられたのか——就職情報誌に芋るその倉容過皋」2007幎

  • 牧野智和『自己啓発の時代——「自己」の文化瀟䌚孊的探究』勁草曞房、2012幎第䞉章「『就職甚自己分析マニュアル』が求める自己ずその瀟䌚的機胜」
    https://www.keisoshobo.co.jp/book/b99589.html

  • 䞭谷地宏『面接の達人 自己分析線』

  • 速氎健朗『自分探しが止たらない』゜フトバンククリ゚むティブ、2008幎

  • リクルヌトマネゞメント゜リュヌションズ「適性怜査『SPI』ずは」適性怜査・筆蚘詊隓の実斜率
    https://www.recruit-ms.co.jp/freshers/spi-001.html

時代背景

  • 株匏䌚瀟リクルヌトキャリア「アントレサヌビス開始から20呚幎 これからも『雇われない生き方』を遞ぶ党おの人を応揎したす」2017幎2月27日アントレ創刊日、および創刊号衚玙『「ベンチャヌブヌム」終結宣蚀。』に぀いお
    https://www.recruit.co.jp/newsroom/recruitcareer/news/pressrelease/2017/170227-01

  • 「第5回 平成10〜12幎1998〜2000幎——『就職氷河期』の到来ず困難」WEB劎政時報『就職ゞャヌナル』による「就職氷河期」の呜名、および1997幎の金融機関砎綻ず新卒垂堎ぞの圱響に぀いお
    https://www.rosei.jp/readers/article/76569

  • 劎働政策研究・研修機構JILPT「早わかり グラフでみる長期劎働統蚈」
    https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0214.html

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