握りしめていたものに気づいた日
今日はハローワークで心理カウンセリングを受けた。
前半は妹のこと。
病院から「受診していません」と連絡があり、また薬が切れていることも分かった。
以前も同じことがあった。
「またか。」
そんな気持ちが湧いてきた。
何度言っても同じことを繰り返す。
説明しても伝わらない。
怒りもあったし、正直、疲れた。
でも話しているうちに、怒りの奥には「自分ではどうにもできない」という無力感があることにも気づいた。
結局、人は自分の力だけでは変えられない。
最後は自然と、
「南無阿弥陀仏。」
そんな言葉が出てきた。
諦めではなく、自分の力の限界を認めるような感覚だった。
⸻
カウンセリングの後はサイゼリヤへ。
ペンネとワインを楽しみながら、絵本の構成を考えた。
気づけば、構成はほぼ完成。
あとは表紙だけ。
カウンセラーからは、
「noteも絵本もやってみれば。」
そんな言葉ももらった。
以前の私は、「どちらかを選ばなきゃ」と考えていた。
でも今日は、「やってみながら分かることもあるのかもしれない」と思えた。
⸻
禅の言葉で「無縄自縛」と「放下着」という言葉を思い出した。
縄なんてないのに、自分で自分を縛っている。
そして、握っていることに気づいたら、少しだけ手を緩める。
最近よく思う。
「気づいて、観察する。」
これだけでも、少し景色が変わることがある。
⸻
夕方には、「やけ食いしたいな」と思った。
でも、お腹は空いていなかった。
「あ、食べたいんじゃなくて、疲れているんだ。」
そう気づいた。
少し休んだら落ち着いた。
問題が解決したわけではない。
妹のことも、これからどうなるか分からない。
それでも今日は、苦しさを急いで消そうとはしなかった。
握っていることに気づき、少しだけ手を緩める。
そんな一日だった。
⸻
みなさんは最近、
「気づいただけで少し楽になったこと」
ってありますか?
