【友人の自死から②】


Rの死から1週間が経過した。

現実感が徐々に戻ってきて、少し自分の中に「Rのいない現実」がはまった。「Rが死んだ」は未だに認識しずらいが、「Rが失踪した」くらいの感覚で捉えている。

「Rは南米に長い旅行に行き、そこで現地の人と仲良くなり、結婚して一生帰ってこない」といったような仮想の物語を受け入れた感覚に近いように思う。


3日前までは想像上でのフラッシュバックが酷かった。気を抜くと彼が電車を最後に見た光景や線路を歩いた時の孤独感が頭に浮かんで来て、胸が苦しくなった。
何年も抱えてきた希死念慮と押し出すように面倒がりながら外に出た感情、大学を続けていたこと、視野狭窄で追い込まれ続けたこと、
全てに思いを馳せると胸がいたたまれなくて、端的に可哀想に思う。

自分は元々共感力が薄い人間である自覚はあるから、あまりの切り替えの速さに驚きはしなかったけれど、中々薄情だなとも思った。彼の訃報直後は「これ以上誰も自殺しないでくれ」という気持ちで満たされていたのにどこかへ行った。まあ人生は苦痛だし、仕方がない、とも思い始めた。


2日前に彼の家に友人達と訪れた。ご両親への挨拶と彼の生前の部屋を尋ねた。
こんな会話があった。

「これが全て仕立てられたprankで生きて隠れてるだけならそろそろ彼は登場していい頃だよな、まあ俺らに永遠に殴られる訳だけど。」
「この先10年くらいは私は彼を蹴り続けるね」
「俺もだよ」

彼の部屋は彼がいた時のそのままであった。ギターがあり、マジックカードがあり、壁中に彼女との写真を飾っていた。狭いデスクに無理やり置いてあるPCとその下で必死で作業した痕跡。使っているマーカー。集めていたモンスター。そのままだった。
彼の部屋に入った瞬間、筆舌に尽くし難い閉塞感が自分を襲った。窓はあるのだけど風通しが悪く見え、ベッドの配置が何とも安定していないように思い、彼の身体で移動できるスペースも狭く見え、何となく彼が追い詰められていた部屋、という感覚が腑に落ちた。

Rの部屋


私が病んで外に出れず、自傷行為と薬と酒しかやることがなかった頃の自室の空気と酷似していたから察知したのだと思う。
当時、私は父に「お前の部屋は閉塞感が凄い」と言われ、私も自室に居られず、廊下で寝たり父と部屋を3回ほど交代したからよく分かる。
(現在は日本帰国時外泊か、酔いつぶれてリビングで愛犬と寝る為、部屋の閉塞感というのは味わわなくて済んでいる。)
日本みたいにネットカフェやすぐに家出できる場所に恵まれていないイタリア(ヨーロッパ)特有の問題だとも思った。

部屋の空気に関して述べれば、精神を病んでいる人間は、断捨離を徹底して、物を減らし、「なんの味気もない部屋」を目指すべきだと思う。
私は、今年から始めたことだが、精神に1番大事だと言い聞かせ、部屋を綺麗に保つことを基本と置いている。
まあRにはそんな余裕があったようには思えないし、彼はAutisticだから、視野狭窄しやすいのも腑に落ちることではあるのだが。

彼の買っていたハムスターは普通に生きていた。可愛かった。Rはハムスターが亡くなっては買い、亡くなっては買うことを繰り返していた。

Rのハムスター:どこか顔がRと似ている


3日前サッカーW杯日本対オランダを見ていたのだが、とてもいい試合でいつもの私なら熱くなりガッツポーズするほどになるはずなのに、ここ1週間の疲れと離人感で、「全てが目というスクリーン上で起きている出来事」としか捉えられなくなっていた。
高校中退直後ですら、サッカーに対してだけは入れ込みが強かったから、これはかなり重症だと思い、カウンセリングを受けたのだが、とても効用があった。

イタリア語圏に住んでいるからみんなが、そのシリアスな出来事についてイタリア語で話している。当たり前だ。少しは分かるのだけど、英語にわざわざ訳してくれる人もいない上に、私の下手な遅いイタリア語で雰囲気を壊すことができないから私は毎日数時間ただ突っ立っていた。
私にとっては全くストレス発散にならず、ずっと苦痛でしか無かった。こうなることは予測できていたから、本当は真っ先に日本に帰ってサッカーを見て忘れたかったのだけど、自分の彼氏が心配なのと葬儀には出席すべきだという判断で残った。
共通言語で自己内部の感情や悲しみや思いを発散する場がなく、ただ自分も近い友人だったということでそこに居る。非常に心身ともに削られた。

カウンセリングで日本語で抱える問題全てを吐き出せたのは良かった。
ネットの友人や恩師にも助けられた。少しずつ、「こういうことがあった」と母国語で話していくうちに、自己内部だけに存在した無意識の抑圧が意識下に降りてきて、現実感が湧いた。今はよく眠れている。


人はいずれ死ぬ。
これを忘れないと全て「死があるのに毎日を積み重ねることに意味があるのか」という問いで、何も出来なくなるから、私たちは忘れて生きている。
でも人は死ぬ。
「近い人を自死で亡くす」というのは病死とも事故とも違って、死がこちら側に寄ってきたような感覚だ。あれが誰でもおかしくなかった、自分でも、と堂々巡りの考えに陥る。



Rが死んだあとの衝撃で周りがぐしゃぐしゃになっていたから彼に対する怒りや哀れみ、複合的な感情があった。でも今は端的にどうでも良くなった。

人間の心というものは分からない。そして自死まで追い込まれたのはRの責任ではない。包括的な要素全てを踏まえて、脳が決めたことで、家族関係や学業、裁判沙汰、に追い込まれて決断せざるを得なかった。彼は被害者だ。
そしてもうこの被害者には何も出来ない。

彼の望み通り、苦痛からの解放はできたのだろうからそれで良いような気がしてきた。


生きることはつらい。達成感や充足感、満足感、どれだけ精神をカンストさせる努力をしても生きていること自体の苦痛に上回る喜びはないように思う。自分もずっと死にたいと思い続けている人間だから片鱗は理解できる。

彼の自己決定なら尊重することにした。と言えているということは1歩引いて状況を見ることが可能になったということなのだと思う。少し薄情な自分が嫌になったりもするのだが。



Rは全ての苦痛からの解放を最後望んでそれをずっと考えてたならそれでもいいような気がしてきた。生きたかったか死にたかったか痛かったのかわからないけどちゃんと死ねた訳だし。遺体が損壊しなかったことから最後はもしかして避けようとしたのかもしれないとも思い、苦しくなるが、最悪は後遺症を背負って、自死すら選べなくなるケースだ。
だからまあ、これでよかったかもしれない。

自分は合理的な性格だとずっと言われて育ったから本当にそうなのだろうけど、処理するにはこうやって生者の欺瞞で仮説を作るしかない訳だ。

父が心臓外科医で母が救急医だったから多分その合理性と決断の迅速さに血が流れているように、偶に、思う。

生者に色々考えられて仮説を立てられるのが嫌なら生きておくしかない。遺書くらい書いておくしかない。

最近生きていて嬉しいことがあった。
友人を少し助けることができた。自分がいることで何かしら役に立つタイミングがあるなら出来ることの限りは尽くしたいとは思っている。
他者の最後の決定や1番深い部分は自分のコントロール外なのだから切り離すしかない。

簡単だけど難しい。

「自殺は絶対ダメだ」とは思わなくなった。自殺に対しての自分の考えは一貫して当初のままだ。でも友人には死なないで欲しい。自分が誰かの恋人で、友人で、
何かしらの形で将来患者に貢献できる可能性があるならば、ラッキーなことに病識がある自分は、掛けられたお金と期待に答えて全うする瞬間を待ち、死なない責任がありそうだ。


カミュの『異邦人』の冒頭は「マンマが死んだ」から始まる。
次の日、彼は海でマリーと出会い、その流れで性交渉をする。

自分もその一連の事件の後、恋人とセックスしようとしたが、Rの顔が脳裏に途中で浮かんで上手くいかなかった。
でも翌日に自慰行為はできた。そしてこんなものを記述している。
だからムルソーの言いたいことはよくわかる。そして、そういうものなのかもしれない。残酷だが、そういうものだ。



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