見出し画像

無駄な闘魂

 どこかで「書く」ことを練習したことがありますか、とお尋ねを受けた。
 え、それって上手いってこと?と興奮しています、今。生まれてから半世紀、褒められ慣れていないもんで、つい舞い上がる。素直に嬉しい。・・・が、行間を読みすぎただけかもしれない。自重。

 そういえば、医学部では「書く」練習はなかった。カルテやオペレコ(手術記録)も見様見真似で、手解きを受けた記憶がない。

 医者になったばかりの頃は途方に暮れることが多かったが、特に困ったのは「診療情報提供書」である。何かの動画で日本の手紙は「よろしくお願いします」が頻発するよね、やめたほうがいい、などと揶揄されていたのを見かけたが、あれを封じられると2〜3行書くことが減ってしまうことをお伝えし、今すぐ批判するのをやめるよう勧告したい。余白が多い手紙に身の置き所がなくなるじゃないか。どうしてくれる。

 とりあえず、本能でなんとか余白を埋める努力をしています。でかいフォントで書く、というのも一つの手段なんだが、あまりにもみっともない。

 私が好きなのは最後の締めの挨拶「貴重な症例をご紹介いただき誠にありがとうございました」で、以前後輩からそんな美しい一文が入った診療情報提供書をいただき、なんて素敵!と感激して以来、多用している。単純。その後輩に久しぶりに再会した時その話をしたら、当人はもう使ってないらしい。悲しい後日談である。

 不幸なことに、英文で紹介状を書いてくださいと言われてしまうこともあるのだが、英語では「よろしくお願いします」の気持ちにぴったり合う決まり文句がなくてほんとに困る。異国からこんなぶっきらぼうなお手紙が来たら驚かれるのではないか、と気が気ではないのだが、自分の書いた文章がぶっきらぼうかそうでないのか、もはやその判断すらできないので、そのまま送ってしまっている。大丈夫なんでしょうか、国際交流。私の手紙が揉め事のタネにならないよう、ひたすら祈ってる。

 お尋ねされて思い出したのだが、高校時代、古典の先生に朝日新聞「天声人語」の20字要約チャレンジの指導を受けていた。1面に冠された名コラムの内容を、限られた文字数でまとめるという修行である。卒業まで2年くらい続けただろうか。

 修行が開始された当初は10人くらい、同級生が集って放課後に課題を提出し、指摘を頂戴していた。しかし高校生、熱するのも早いが飽きるのも早い。一人抜け、二人抜けし、とうとう最後は私一人になった。別にバトルロワイヤルでもなんでもないので、最後の一人になったところで何もご褒美はないのだが、ラストワン、止めるにやめられなくなった。止めると言ったら古典の先生が悲しむかもしれなかったからだ。
 彼から寂しそうに、最後の一人になっちゃったな、いつでもやめていいからなと言われたら、変なところで優等生気質の私。それは、絶対に引き下がれない戦であった。

 古典の先生が、定年直前の老教師だったら何も事件は起こらなかったのだが、若く大学を卒業したてのイケメン教師だったことからトラブルは発生した。高校生あるあるで、彼にのぼせ上がっている女子生徒が数名いたのだ。団体で指導を受けている状態ならともかく、職員室の前で先生を一人待つ私のことを、どうも恋のライバルと目したようだ。

 同級生女子から、なんとも古典的に体育館の裏に呼び出された。
 「先生は、親切心で面倒を見てくれてるだけで、あんたなんかこれっぽっちも恋愛対象じゃないからね!」
 彼女に強く肩を掴んで揺さぶられたが、それはその通りで寸分も間違っていない。私は純粋に天声人語の要約を添削してもらっているだけだ。なんとか誤解を解き納めてもらおうと「て、添削・・」と必死に訴えるが、相手は完全に何かが振り切れた恋する乙女である。聞く耳など持ちやしないし、そのずっと前から目がすわっている。

 そうこうしているうちに見かけた誰かが教師を呼びに行ったようで、わらわらと数人の教師がその場にやってきた。不思議なもので、力強く私の肩を掴んでいたはずの同級生女子は、教師数人の姿を見た途端、ヘナヘナとその場に崩れ落ち、そのまま過呼吸を発症した。興奮と羞恥で息ができなくなったようだ。彼女を皆で介抱しているどさくさに紛れて、私はその場をそっと去った。失神も過呼吸にもならない健康な体質のため、加害者と疑われるのを避けようと思ったのだ。とんだ災難だ。

 その騒ぎを聞きつけた古典教師は一計を案じた。中身は純粋に国語の指導なだけであるが、職員室の廊下で特定の女子生徒を待たせるのは、多感な高校生には刺激が強すぎたのだ。添削のやり取りは交換日記になった。

 なんでやねん、とアラフィフ女子は自分に突っ込む。そこでやめてしまえば、彼女たちの沸々と煮えたぎる嫉妬の炎に焼かれることもなかったのに。その後の意地悪は一つもなかったに違いないのに。

 よせばいいのに変なところで天邪鬼の私。途中で諦め、挫けることが大嫌いだった。そして、もっと嫌いなのは、恋しい男性教師の前ではいとも簡単によよと倒れて見せることができるのに、ギャラリーが女子だけになると、別人のような強さを見せる「女性性」そのものだった。私は、不屈の精神を余計に発揮し、不遇な立場に耐え忍ぶことを選んだ。

 記憶にある限り、めんどくさがり屋の私が無駄な闘魂を見せた、最初の事例だ。

 古典教師は見た目の軟派さにはそぐわない、熱心な指導をそれから2年ほど続けてくれた。文系ではなく理系での受験で、しかも小論文など一文字も要求されない医学部を選択したため、嫉妬深い同級生女子たちは、私が古典教師に岡惚れしていたが、卒業時に派手に振られたなどと不名誉なことを言いふらした。彼女たちは知らなかったのだーー私が異常なまでに言葉に敏感で、日本語にとことん萌える特異体質だったことを。

 ちなみに古典教師は離婚経験者で、個人的にはリユースが苦手なので、負け惜しみでもなんでもなく恋愛対象として見ていなかった。
 彼の方こそ、ただひたすら「いい教師」だっただけなのだが、なまじイケメンであったが故に、その業績は不当に評価された。容姿で仕事の出来が決まるのは、とても不幸なことだ。

 もし私の文章が誰かの目に留まるほどいいものであるなら、それは多分に彼のおかげだ。あの時作成した添削ノートは残念ながら手元にない。
 だが、「文章を書く」ことは散逸しないし、誰からも奪われない。
 貴重でかけがえのないものを授けてもらった、と彼にはとても感謝している。私が褒められるなら、恩師である彼も同等に、その栄誉に値すると思うのだ。

















いいなと思ったら応援しよう!

まるぽこ。 いただいた応援で、塩豆大福を買います!