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【創作大賞】この恋が叶いませんように〈10.残念ながら、それが恋〉

第10話「残念ながら、それが恋」


 今日の野中ちゃんがいちばんきれい。
 駅ビルの7階のカフェは照明がびかびかニュアンスを吹き飛ばして、わたしの年齢肌は抗いようがない。
 野中ちゃんはあれから少しずつ自分を取り戻していった。
 翌日はコンタクトレンズと眉、ファンデーションが復活し、翌々日はマスカラとアイシャドウ、それから次のシフトではチークとふわっと巻き髪が復活。だけど以前のミリ単位に手の込んだハイライトやシャドウまでする気力はないらしく、それが逆にもともとの美しさを引き立てている。
「野中ちゃん、今ぐらいのお化粧がいちばんきれいだと思います」
「自分ではクオリティ5割って感じですけど」
 野中ちゃんはアイスティーの氷をストローでカラカラ回して、ふてくされている。
「なんか最近元気ないですよね。どうしたの?」
「そんなことないですよ」
 グルグル、グルグルかきまぜる。
「藤吉さんのことでしょ」
 グルグルが止まる。グラスから顔を上げ、わたしを睨む。
「藤吉さんのこと、好きなんでしょう」
「ちがいます」否定が早い。
「なんであんなおじさん。あの人若ぶってますけど肌とかよく見てください。しみもたるみも結構ありますから。夕方、鼻の脂浮いてるし。もみあげに変に飛び出てる巻き毛の白髪あるし。顔のつくりだって言うほどイケメンじゃないですよ。背高いからごまかされてるだけで」
 そう言って、さっきこんな脂のかたまり入れる人信じらんない、と言っていたコーヒーフレッシュをつかんで開けて、一気にグラスに流し込む。あっというまにアイスティーが白濁していく。
「X見たよ。上司に言い寄られて困惑してるって。あれ、藤吉さんのことでしょ」
「あれは……」
「もし、なにかハラスメント的なことがあるなら言ってほしい。わたし、元社員でしょ。総務にも知り合いいるし、野中ちゃんの名前出さないで藤吉さん側に注意することもできる」
 賭けに出る。
「絶対に、野中ちゃんを守るから」
「やめてください。あれはすぐ消しましたし、ちょっとわたしも盛っちゃったとこあったし」
 野中ちゃんはうろたえる。
「本当に? グルーミングって知ってる? 加害者が言葉巧みに被害者を信用させて、それにつけ込んでこれは自分が望んだ関係なんだって思い込ませていくってやつ」
 ゆっくりとアイスティーを侵略するコーヒーフレッシュはとうとうグラスの底に到達した。
「藤吉さんはおじさんかもしれないけど、悪魔的に言葉巧みだよ」
「ですね」野中ちゃんは少し笑う。それから眉が悲しい角度になって
「……何にもしてくれませんでした。あの人」
 ストローを回す。
「あの人の勧めてくれた本読んで、よくわかんないけどわかりたくて、褒められたくて、ネットのレビュー読みあさって、バイト中もなんて感想送るか考えて。会える時はパックして美顔器して、EMSが効きすぎて顔腫れて皮膚科に駆け込んだこともありました。このわたしがここまでみっともなくなってるのに、あの人は通常営業でした。返事したい時に返事して、その返事のなかに言われたかった言葉が絶対入ってて、それで期待して返信をかぶせても、次は返ってこないんです。本を返したいからとか、感想を伝えたいからって、二人で会おうと誘っても、絶対会ってくれない。しかも、必ずちゃんと理由を言うんです。何日は研修会があって、何日は大学時代の後輩の出産祝いしに行ってって。だからいつまでも期待してしまって。わたしだけ、みっともないんです。あの人だけ、きれいなままなんです」
 今度はコーヒーシロップを掴む。小さなふたをジェルネイルの指で開け、また流し込む。
「それが恋だよ」
 野中ちゃんは怒った顔のまま、わたしの分のコーヒーシロップも開けようとする。なかなか開かなくて、ふたを爪でがりがりとする。
「恋なんてイヤなんです。40過ぎたおじさんなんかに騙されたくない。わたしそんなにバカじゃない。喪われた父性を求めて、とか、承認欲求をこじらせて、とか、インナーチャイルドが、とか、きっとそういう別の何かなんです。恋なんて、そんなバカみたいなこと」
 やっと開いたフタからシロップが零れる。野中ちゃんの指を濡らす。
「残念ながら、それが恋だ」
 野中ちゃんにおしぼりを渡す。野中ちゃんは素直に受け取って指を拭う。
「イヤだなあぁぁぁ」子どもみたいにつぶやく。
「でも、今の野中ちゃんがいちばんきれいだよ」
「……あざっす」野中ちゃんはストローでずずっとアイスティーを吸う。
「甘ッ!」
 二人でくつくつと笑い合う。
 甘いと痛い、と野中ちゃんが頬を押さえる。
「永原さんはどうなんですか?」
 野中ちゃんが笑ったまま言う。けれど目はごく真剣に。
 わたしは……。


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