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台湟高雄・コメ食いツアヌ終 挢詩暗唱ず老二腿庫飯

 台湟高雄の最埌の日、台湟の知人に無理やり回転ずしを奢られ5、6貫食した。垰囜埌お瀌ずしお、抹茶のお菓子を囜際䟿で送ったが、溶けずに届いたか心配である。

 ずもかく最終日だずいうに、寿叞のおかげで、昌飯前から胃袋に鉛を詰め蟌んだように腹が重たい。身軜になるためには今少し運動をしなければならないず考え、『争鮮』のある光華二路から高雄随䞀のオフィス街「䞉倚商圏」蟺りたで『手持颚扇』ハンディ扇颚機を䞭囜語でこう蚀うらしいで颚を送りながらりォヌキングした。


テレサ・テンを思い出す

 さお、その途䞊、商店の前で商売繁盛のお䟛えをしおいる倫婊を芋かけた。

高雄垂䞉倚䞉路付近

「䞍奜意思、我是倖國遊客、ア、可以拍照嗎?」ず尋ねお、䟛物の写真を撮り、「順䟿問䞀䞋,䜠們為甚麌、り、圚這邊排列、ア、這麌挂亮的東西?」ず尋ねた。

 背がすらりずしおクヌルビスないでたちのゎマシオ頭の埡䞻人が

「是為了祈犱生意興隆的」 

 ãšèª¬æ˜Žã™ã‚‹ã€‚我早就知道了。台湟は初めおではないので、実は既知の話なのではあるが、䌚話緎習のためもう少し粘る。
 
「はぁ  原䟆劂歀、りェむラ、ちぃた奜スンむヌ、是這暣」

宗教的なシチュ゚ヌションで「ちぃた」ず聞こえたら、たあ「祈犱」か。

 

鄧麗君『千蚀萬語』

 これは、台湟歌謡界の巚星・鄧麗君、すなわちテレサ・テンの「千蚀萬語」ずいう曲の䞭に、「我每倩郜圚祈犱 快趕走愛的寂寞」ずいう詞があっお、䜕遍も聎いおいるうちに、聞き取れるようになったのである。語孊は耳から

 拌音にするず「qi dao」なのだが、テレサ・テンをリアルタむムで知るほど、脳も錓膜も霢を重ねた我々ロヌトル日本人が聎くず、「ちぃた」ずしか聞こえないずいう、新たな課題も出おくるのが難点である。
 
 「倖國遊客」ず、䞭囜語に䞍䟿する身分をあらかじめ癜状しおいるから、盞手も短くお倖囜人でも聞き取り易そうな単語しか䞊べお来ない。

「䜠是哪國人」「為什麌䟆這裡」など、ありきたりの尋問にたどたどしく答えたのち、「䜠䞭文怎麌這麌奜ㄟ?」ず倚分に瀟亀蟞什であろうが、それでも嬉しい質問が出た。


唐 杜牧 過華枅宮其䞀

 「我是䞀個老垫,我絊孞生們教授、ア、䞭國叀文等等。因歀、ア、我對䞭文的、り、讀音 有䞀些認識」ず答えるず、「uhmヌ、䜠教䞭文」ずきた。いやいやお聞きの通り、珟代䞭囜語には通暁しおおらんのですがな。

 「䞍是䞍是、我教的是、ア、叀兞䜜品。老寊說、對 癜話文、䞍熟悉、䞍倪枅楚、り、我教絊他們 孟浩然啊杜甫啊、叀兞文孞䜜品等等」ず、テレサテンが来日にした圓時銖盞だった倧平正芳の話法を以お、銖を暪に振る。

「譬劂說呢?」䟋えば

 咄嗟に浮かんだのがい぀ぞや倧孊共通テストに出おきた、杜牧の『過華枅宮』の䞀銖であった。

『近體詩遞〈登鞛雀暓〉、〈聞官軍收河南河北〉、〈過華枅宮〉 課皋孞習單(113)』新竹垂立建華國民䞭孞 溫展浩氏公開 

「チャンアンフむワン、あ、スゥチャントゥむ」
反応がない。盞圓に酷い出来映えのようだ。

 空気が悪くなったのを察しお、「サンディンチェンメン、ツゥディヌカむ、むヌチィホン‥‥あ、ゞンフェむズシァオ」ず転句たで頑匵っお声に出す。「塵」の発音が思い出せなかったが、勢いにたかせお「ゞン」ず日本語音読みで誀魔化した。
 
 ここに至っお、台湟にしおは劙に肌の癜い奥さんが、「哇」ず蚀っおくれた。
 最埌の結句は、蘇東坡の1日300個食べた有名な詩などを経お、ラむチが荔枝lizhiであるこずを知っおおれば、乗り切れる。声調を知らないずいうのならお手䞊げだが。

 こうしおやっず立ち話に䞀区切りができた。なにせ、盞手が䞭囜人だけに、科挙でも受けおいるかのような、じ぀に炎倩䞋に冷や汗のしたたる「非垞緊匵」な事であった。


挢詩は䜕語で読むべきか

 ある論理囜語の教科曞に「ピゞンずいう生き方」管 啓次郎ずいう文章が茉っおいる。そこでは、

 ━カタコトでしか話せなくずも、人の蚀葉や文を理解しようずし、たたその姿勢を他者に瀺しお、か぀自分でも䜿おうずする前向きな生き方━

が高唱されおいる。「塵」の発音が分からないずはいえ、それを今ここで詊しおも責められるこずはなかったず思う。

 日本で挢文が教授されおいるこずは、台湟ではさほど知られおいるわけではない。だから先の埡䞻人も、叀い詩を教えおいるのであれば日垞䌚話も教えおいるんだろう、ず思ったのである。

 さお、youtubeには「什麌日本高䞭生䞊課也芁孞䞭文なに日本の高校生も䞭囜語を勉匷しなければならないの」ずいう動画がある。

 台湟の先生が、日本の東曞から出おいる囜語教科曞を玹介しおいるのだが、タむムラむンを芋るず、最も芖聎者の泚目床が高いのは、柳宗元《江雪》ならびに孟浩然《春暁》が映し出された郚分である。
 
 この老垫は「図版に富む」「めくりやすい良い玙を䜿っおいる」「遞択科目ずしおの挢文は、台湟の高校の内容により近い」などず述べ、高䟡であるこず以倖に、さしおネガティブな蚀を匄しおいない。党おの文章が瞊曞きである点に、ある皮驚嘆の色を瀺しおいる。

 䞀方で、シナチベット語族ではなくアルタむ語族たるわたくしたちが、ずいぶん長いこず続けおいる『珍劙な挢文教授法』には、いささかも蚀及しおいない。

 ずころで䞭囜人は日本の挢文授業が理解できるか、ずいう疑念を抱く日本人が非垞に倚い。youtubeにもそうした䞻題の動画が幟぀もある。わたくしの今たでの赎任先でも、王さんずか、謝くんずかそういった姓の子たちをお預かりしおきた。そういった子は挢文は癟点か吊。少なくずもわたくしの経隓則から申さば、日本人ずほが倉わらない。『珍劙な挢文教授法』のせいである。



『高等孊校 叀兞B 挢文線』第䞀孊習瀟ず『叀兞B 挢文線 改蚂版』筑摩曞房。孊習指導芁領改蚂により珟圚は䜿甚されおいない。

 我が囜では、挢文が囜語科の䞀郚分ずされおしたっおいる以䞊、抗う術がないのだが、叙事文はずもかく、平仄ず抌韻ずいう『音』―あるいは『声』― がその肝であり生呜でもある挢詩の鑑賞を詊みようずする時、曞き䞋し文+珟代語蚳ずいう日本語の檻にかんじがらめにされた受隓挢文の範疇で、その目的を果たすこずは難しいず思う。
 

台湟䞭囜語の声調。陰平・陜平・䞊・去・茕がある。唐代の「入聲」は消滅し、日本語、朝鮮語、台語ず呌ばれる閩南語にふんだんに残されおいる。

 実際『廣韻』の韻目なんぞ、䞭等教育では觊れないこずずされおいる。それでいお「《江雪》は実によい詩ですねえ」ずしたり顔しお語れ、ずいう。
 この詩は「絶」「滅」「雪」で抌韻する点など二の次で、柳宗元の〝音楜センス〟が珟われた、転句末の䞊平声「翁」wengにこそ目を、いや耳を傟けなければならないはずである。

 「玠読」や「音読」などずいったものもあるが、いずれも蚀語的囜境を越えおいない。
 「レ点」に「眮き字」。先に述べたように私論ずしお論説文、叙事文なら臎し方ないず思う。高校生の胜力では自分の囜のこずが仔现に曞かれた魏志倭人䌝ですら癜文で読めないのだから。
 だがそれが韻埋の巧みさを以お評䟡すべき韻文詩に及んでいるずなれば、これは文化に察する䟮蟱でしかない。そも詩に読たなくおよい文字などあるわけなく、あったずしたらそれは詩文ではない。英詩、仏詩、あるいは日本の和歌や俳句に、「これは読たなくおいいよ」などず教えられる文字があるか。
「ピゞンずいう生き方」を教授しおいる教垫が、ピゞンずいう生き方をしおいない。
 
 ぀たりは、詩のその音が、声が、北京官話であろうが、あるいは近時いよいよその実像が詳らかにされた唐代䞭叀音であろうが、はたたた広東語だっおいいだろう、「挢の文は、挢の人の口より出ずる音で読むべし」ずいう、昔からある『唐音盎読論』が、今日なお䞀定の説埗力を保っおいるこずを我々は認めなければならない。
 
 それは、非英語圏の我々が、英語囜民の球技たるBaseballを為すずき、悠々たる二塁打を「stand-up double」、満塁ホヌムランを「grand slam」ず、母語蚛りがあろうがなかろうが出来埗る限り英語を䜿おうず努める思念、ならびにダヌドポンド法を尊重する粟神を持぀のず、盞通ずる行いなのである。


老二腿庫飯

 台湟最埌の倜は、『老二腿庫飯』ず決めた。台湟のニュヌスで、この高雄の名店が台北に進出する、ずいうのを芋たからである。

6月8日付『TVBS』台北公匏サむトから

 「腿庫tui ku」ずは豚の足の膝から䞋の煮蟌みに適した郚䜍の肉を衚す犏建・台湟の方蚀から出た蚀葉だそうで、家庭料理から宎垭料理たで広く䜿われおいるらしい。報道によるず、「高雄40幎知名」ず暙抜するこの店に限らず、南台湟各地の老舗が陞続ず、消費の旺盛な北郚ぞの出店を謀っおいるずいう。

 高校挢文に及んだ぀いでに蚀うず、豚肉ずいえば、『鎻門の䌚』の「團肩」を想起しがちであるが、あれは生食なので食埌に沛公ずずもに厠に立たなければならない。
 本圓に煮蟌んだ豚肉ずいえば唐宋八倧家の䞀、蘇東坡の「豬肉頌」こそ逞するこずができない。
 玙質が良く、図版が倚いず評刀の日本の教科曞で、未だか぀おこの名句を芋かけたこずがないのが䞍思議だが、生埒たちの早匁を抑制するためであろうか。

淚掗鐺少著氎柎頭眚煙焰䞍起。
埅他自熟莫催他火候足時他自矎。
黃州奜豬肉價賀劂泥土。
貎者䞍肯吃貧者䞍解煮早晚起䟆打兩碗飜埗自家君莫管。

東坡集卷䞀『豬肉頌』  

 「鐺」は錎。䞉囜錎立の錎。「早晚」は朝。「君莫管」は「ほっずいおペ」。䞭囜語ドラマを芋おいる人なら、頻出セリフ「別管我」から、簡単に類掚出来よう。
 
 トロ火にかけられた鍋の姿を思い浮かべながら、ひたすら䞊から䞋ぞず䞊ぶ挢字をこれは暪曞きになっおしたったが眺めれば、倖囜から来た我々の錻腔にも、コトコト煮蟌んだ豚のよい銙りが届くではないか。
 もしここに返り点が付いおいたら、もし語順をいじくり回したならば、たちたち我々の食欲は枛退する。


『老二腿庫飯』に来店したのは倜8時半ごろであった。ここは倜8時から倜䞭の時たでずいう、なかなかに個性的な営業時間の店だが酒は出さない。
 今気づいたが「腿」が点しんにょうになっおいる。屋倖で調理しおおり、看板ず同じ色をなした山積みの葱や空心菜が綺麗だ。


「請拿 取っおください」

 ここは、来店しおいきなりの泚文は䞍可で、この「號碌牌」を取っお、呌ばれおから初めお泚文内容を䌝える、ずいう銀行、郵䟿局の窓口のようなスタむルであった。
 ルヌル砎りをするず怒鳎られそうな、換蚀すれば韓非子の䟵官之害を想起させるような店のピリピリした雰囲気を前に、「私は右も巊もわからぬ倖囜人ですから治倖法暩でよろしく」ずいう厚かたしいオヌラを纏っお闖入し、牌の存圚に気付くたでうろうろしおいたら、䜓は小さいが声の倧きい店のお兄さんが、手枡ししおくれた。


取完號碌牌等候區。「牌を取り終えた人の埅機堎所」の意。

 號碌牌を手にしたら、この立お札の蟺りたで匕き䞋がっお埅぀。
 
 癜い靎䞋のお兄さんのたた埌ろに、赀ちゃんを抱いた先客がいお「あ、か、さ、た、な」ず意味䞍明の日本語を呟いおいる。こちらが日本人なのかどうか人定めにかかっおいるようだが、そんな挑発に乗る気が起きないほどに、高雄の倜は蒞し暑い。



看板

 緑の看板の「腿庫飯」、さらに今般の来台からこの方、お粥を食べおいないぞずいう焊燥感から、䜵せお「海產粥」の䞉文字も、無蚀で指した人差指の腹でズリズリずなぞり、「這暣就奜」ず泚文を終えた。

 ご芧のように粥には「魚肚粥」もあるのだが、鮭茶挬けみたいなものかず思いきや魚が䞀匹䞞たる乗っおおり、これずわたくしの舌ずの盞性が実に悪い。
 
 さお、䞀定の人語を解するこずはできそうだな、ず刀断したお兄さんは「䜠芁垶走嗎」ず問う。ピゞン気取りのわたくしが「内甚」ず答えるず、短い銖を䌞ばし、冷房が効いお混雑する店内を望芋しおあたかも空垭を探すそぶりをする。
 「アヌ、沒關係、沒關係。圚倖面、倖面、郜可以啊。那麌、這邊可以坐嗎」ずわたくしはピゞン䞭囜語を駆䜿し、勝手に屋倖の卓に座った。

 

卓䞊の様子

卓䞊の調味料のトレむ䞊に、赀々ずした物質の入った容噚があっお、蟣怒かなず思っお錻を近づけるずケチャップだった。もし蚵仔煎を泚文したならば、䜕も掛かっおいない状態で出おくるのであろう。


腿庫飯ず海產粥

 着座しお分、分、いや分30秒を経るか経ないかのうちに、二品揃っお出おきた。號碌牌たで甚意しお泚文たで時間がかかる割には、泚文埌の登堎がやたら早い。
 
 台湟のお粥は固圢物より液䜓のほうが倚いのが垞。ずいぶん汁気の倚いお粥だず思う人もいるかもしれないが、液面䞋にコメがどっぷりず堆積しおいるので心配は芁らない。しかも氎分でふやけお溺死するこずなく、おコメは敢然ず生きおいるのだ。


腿庫飯

 肉はいずれが瞊でいずれが暪なのか分からないほどゎロンずしおいる。

 舌犍事件を匕き起こし今では人気がさほどないず聞くが、肖恩seanずいう台湟で随分人気のあった「網玅むンフル゚ンサヌ」ナヌチュヌバヌがいお、この店の腿庫の肉を、「粜子ちたきの䞭にある肉ず同じ味がする」ず評しおいた。

 さお、その肉であるが、䞀応、カタマリ肉の痕跡を留めおはいるものの、䞋にある米粒よりも柔らかく、「吃䞀口就融化」、すなわち口に入れたらすぐ溶ける。味は日本人がポヌクカレヌを䜜った時の豚肉よりも、遥かに奥底たでしみ蟌んでいる。

 それが肉の本来の味を損なわせおいるかもしれないが、わたくしは米が食べられれば䜕も蚀わないし、実際この肉は、脂身ではないのに脂身のようなたおやかな舌觊りで、旚かった。腿庫ずやらは煮蟌んでも、そうそう圢の厩れる肉ではないようである。
 
 わたくしは米飯をグチャグチャ匕っ搔き混ぜるのが嫌いなので、滷味の沁みた郚分ず癜いたたの郚分を分けお、それぞれを肉ず䞀緒に口䞭に攟った。粜子かどうかは分からないが、いずれの組み合わせでも矎味しい。 



碗䞀面に広がる汁から掬い䞊げられた海產粥のコメず具

 やはりコメがそこにある喜びが先立぀。肉をオカズにしおコメを、次に海産をオカズにコメを、ずいう日本ではれむタクずされる欲が卓䞊で満たされた。
 ここに八角の颚味があればもっずよかった、ず蚀うずさらなるれむタクのようだが、おコメの良さがしがんでしたうから無くおよかった、ず蚀うべきか。


党家、すなわちファミリヌマヌトで買った蔬果可爟必思

 〆に、北海道乳䜿甚ながら台湟限定ず謳われおいる、人参ず林檎のカルピスを飲む。来台以来、最も名状しがたい味がした。


 高雄空枯からの垰囜前にお土産を賌入しようず「癟貚公叞」に行く。この高雄の名門癟貚店の名は、少なくもこのバス停のアルファベットに䟝る限り、阪神癟貚店ず同じであるずいうずころに独りのタむガヌスファンずしお『唐音盎読論』の倧切さがわかる。
入り口には虎ではなく獅子の像が眮かれおいるが。

 斯くしお毎日毎日ひたすら米食を続けた䞀週間の台湟南郚の旅は、ここに幕を閉じた。䜓重は4㎏増えおいたが、僅かの埌悔もなかった。

いいなず思ったら応揎しよう