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なぜドイツ人サッカー監督は優秀なのか?歴史・戦術・育成制度から考察する。


ドイツ出身のサッカー監督たち

2025年現在、世界で最も優れた監督を輩出する国を聞かれたら、おそらくスペイン以外を答える人はいないだろう。ペップ・グアルディオラルイス・エンリケミケル・アルテタシャビ・アロンソウナイ・エメリ。世界的なクラブで活躍するスペイン人監督は枚挙に暇がない。では次点はどこか?間違いなく名前が挙がるのはドイツだ。

現在、FCバルセロナを指揮するハンジ・フリックや2024年までリヴァプールFCを率いたユルゲン・クロップは、チャンピオンズリーグ優勝を経験。他にもサッカードイツ代表監督のユリアン・ナーゲルスマンオーストリア代表監督のラルフ・ラングニックイングランド代表監督のトーマス・トゥヘルなどはその辣腕で知られる。

ブンデスリーガでも、セバスティアン・へーネスディノ・トップメラーオーレ・ヴェルナーサンドロ・ヴァーグナーなど、新進気鋭のドイツ人監督たちが育っている。名将クリスティアン・シュトライヒの後任となったユリアン・シュスターは、就任1年目でクラブをリーグ5位に導いた功績で大きな話題となった。




ドイツ人指導者の歴史

ではなぜ主要な代表チームでドイツ人監督が起用され、国内の名門クラブで新進気鋭の監督たちが起用されるなど、ドイツの指導者育成が優れているのか。もちろん、理由はいくつかある。1つは指導者育成の体系化が早かったこと。1954年にワールドカップで優勝したゼップ・ヘルベルガーを祖とするドイツ人監督の系譜は連綿と紡がれてきた。

ヘルベルガーの弟子であるへネス・バイスバイラーヘルムート・シェーンデッドマール・クラマー、シェーンとクラマーの弟子であるウド・ラテック、ラテックの弟子であるフランツ・ベッケンバウアーユップ・ハインケスという流れはドイツサッカーの歴史そのものだ。バイスバイラーに関しては、DFBの指導者育成機関にその名を刻んでいる。


「ドイツ式ゾーンプレス」の隆盛

2つ目は、2000年前後に訪れたサッカーの変革の潮流に適応したこと。1990年前後のアリゴ・サッキ監督率いるACミランの登場を境にマンマーク戦術が衰退したにも関わらず、ドイツサッカー界はその戦術に頼り続け、2000年のユーロで予選敗退という大失態を犯した。しかしその失敗以降、ドイツでゾーンマークの信奉者たちが隆盛を極める。

2002年、クラウス・トップメラー率いるバイエル・レバークーゼンがリーグで2位となったうえ、CL決勝に進出。2006年にはユルゲン・クリンスマンがドイツ代表を率いて、自国開催のW杯でベスト4となる復活劇をみせた。なかでも2004年のFSVマインツ05昇格と2008年のTSG1899ホッフェンハイム昇格は新時代の幕開けの象徴だった。


重要だった「新興クラブ」の存在

ドイツ人指導者の歴史とゾーンプレスの隆盛という要素は、間違いなくドイツ人指導者の「豊作」には欠かせない要素だった。しかし重要な要素は、それら2つだけでは到底ない。もっとも重要だったのは、優れた指導者の発掘を目指した「新興クラブ」の存在である。例えば2005年頃と比較すると、ブンデスリーガは様相を全く変じている。

SCフライブルクやホッフェンハイムがリーグの上位を争い、マインツが1部の常連クラブとなっている。FCハイデンハイムRBライプツィヒは2005年に存在してさえいなかった。上記の5クラブには、ある共通点がある。それはクラブの隆盛に際して、ドイツ人の指導者が重要な役割を果たしたことだ。その筆頭がSCフライブルクだ。


SCフライブルクを躍進させた「2人」

同クラブの隆盛を支えたのは、2人のドイツ人だ。フォルカー・フィンケクリスティアン・シュトライヒ。フィンケは、クロップの師匠である「マインツの奇才」ヴォルフガング・フランクやハインケスなどとともに、マンマークが主流だった1990年代のドイツでゾーンディフェンスを嗜好する「変わりもの」として知られた。

1991年、フィンケは当時2部でプレーしているとは思えないほど小規模な運営体制だったSCフライブルクの監督に就任すると、巧みな戦術で同クラブの1部昇格に貢献。フィンケの後継者となったシュトライヒは、その指導力を武器にクラブをEL出場やDFBポカール決勝に導くなど躍進させた。ロビン・コッホ堂安律の成長にも、シュトライヒの存在は欠かせなかった。


「天才」ラルフ・ラングニック

また新進気鋭の若手監督の起用を起用するクラブの代表ともいえる2クラブがホッフェンハイムとRBライプツィヒだ。この2クラブの隆盛を支えたのは、もちろんラングニックである。日本ではよくゲーゲンプレスを中心に語られる「ドイツ式ゾーンプレス」の祖であるラングニックは、とくにレッドブル・グループで自身の戦術論を体系化し、チームに共有した。

ディートマー・ホップの「ワンマンクラブ」としても知られたホッフェンハイムは、ラングニックを登用するなど野心的な監督起用で1部昇格を果たし、その後はへネス・バイスバイラー・アカデミーを卒業した優秀な若手指導者をユース部門に数多く採用して彼らの成長に寄与した。ナーゲルスマンという最大の成功例がその象徴だ。


ドイツ人に優秀なサッカー監督が多い理由

ドイツ人指導者の歴史とゾーンプレスの隆盛、そして若手の指導者を起用する野心的な新興クラブ、こういった要素がドイツで優秀な指導者を育んだ。ただ、こういった要素に加えてドイツで戦術が育まれた理由と捉えられるのが「言語」だ。例えば、「ゲーゲンプレス(gegen press)」という用語は、「ゲーゲン(対する)」と「プレス」を合わせた造語。相手のカウンターに対するプレッシングという意味だ。

また5レーン理論の理解に必要な「ハーフスペース」という概念も、ドイツ語の「Halbraum」という語を英訳したのが起源とされる。「抽象的概念を具体的な運用性をもって表わせる言語」という点において、ドイツ語はた言語に対して優位性をもっているのでは?と考えられてならない。それをより裏付けるのは、スペイン語の存在だ。

現在ポジショナルプレーとして知られる「フエゴ・デ・ポジション」やMFがディフェンスラインに降りる「サリーダ・ラボルピアーナ」はメキシコなどで発展したスペイン語独自の概念。つまり、「言語の特性」は「サッカーの指導における優位性」に通じるのだ。その点において、ドイツ語はサッカーの発展に寄与している可能性がある。


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