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秋葉原と僕・中編|Amazonが一番安かった日

秋葉原の店先で、HDDの値札をじーっと見てた。

NASを導入することにして、その中に入れるHDDを探しに来てたんだよね。導入したNAS自体の話は、こっちに書いてる。

このNAS、本体にHDDは付属してないタイプ。別で買わなきゃいけない。しかも今のNAS向けHDDって値上がりが続いててさ、金額もそれなりにいっちゃうんだよ。

だから慎重にいきたかった。何軒か回って、値札を指でなぞりながら、この店とさっきの店どっちが安かったっけ、と頭の中でそろばんを弾く。

この動き自体は、別に特別なことじゃない。十年以上も前から、ずっと同じことをしてきた。

その日は即決せず、一度持ち帰ることにした。

家に帰ってノートPCを開く。価格.com、Amazon、その他の通販サイト。タブを次々に開いていく。

そうしたら。

今回買おうとしてたHDD、Amazonが一番安かった。

「え」

いや、え?

前編では、10代で初めて秋葉原に来た日から、自作PC時代にかけての記憶を書いた。何軒も回ってパーツを揃えるうちに、「秋葉原が一番安い」っていう常識が、ぼくの中にできあがっていった、という話。

前編はこちら。

🏙️ 値段の見方だけ、昔のまんまだった

先に言っておくと、ぼくは秋葉原から離れてたわけじゃない。

東京に住むようになってからも普通に通ってたし、ガジェットも変わらず好きだった。だから今回の「え」は、久しぶりに来た街が変わっててびっくり、みたいな話とはちょっと違うんだよね。

変わったのは、街じゃなくてぼくの方だった。

メインで使うパソコンが、いつからかデスクトップの自作機からノートPCに移っていった。ノートって、パーツを自分で選んで組む機会がそもそもない。CPUもメモリもHDDも、最初から全部セット。

そりゃ、毎週パーツの値段をチェックする理由もなくなるよね。

それに加えて、PCパーツに関しては価格.comをあんまり見ない癖もあったんだよ。昔はさ、価格.comの情報より実際に秋葉原を歩いた方が正解、っていう体験がよくあったから。突然のセール。店頭にしか出てない特価。だから「パーツの値段は自分の足で確認するもの」っていう感覚が、いつの間にか染みついてた。

他のジャンルなら普通に価格.comを見るのに、なぜかPCパーツだけは別扱い。今思うとけっこう謎なんだけど、当時のぼくには当たり前だった。

正確に言うと、頭の中の比較式が

「秋葉原の最安値<価格.comの最安値」

で固定されてたんだと思う。秋葉原の方が安い、っていう前提そのものが式に組み込まれてる状態。

でも今は、そこに実店舗を持たない通販サービスが割り込んでくる。昔の比較式には、そもそもエントリーしてなかった選手なんだよね。

もちろん、これはあくまでぼくの肌感でしかない。かなり偏った感覚だったと思うし、時代がとっくに変わってたことに気づけなかったのは、街のせいでも誰のせいでもない。単純にぼくの問題です、はい。

🖥️ 数年前に組んだから、まだ大丈夫だと思ってた

数年前、一度だけグラフィックボードを積んだゲーミングPCを組んでる。秋葉原でパーツを一式揃えて、家に持ち帰って、勝手のわかった手つきでケースを開けた。

あのときの高揚感、今でもちょっと覚えてる。

だからぼくの中では、「秋葉原でPCパーツを買う」っていう文化が終わった感覚は正直なかったんだよ。だって数年前に普通にやれてたわけだし。

でも今思えば、あれは完全に一度きりのイベントだった。継続的に相場を追ってたわけじゃない。一回組んで満足して、また日常はノートPC中心に戻っていった。

地続きだと思い込んでたけど、実際は点と点がぽつんと離れて置かれてただけ。その間の空白で、街の方はどんどん先に進んでたんだよね。

📉 10年どころじゃなかった

最初は、「こうなったのはここ10年くらいなのかな」ってぼんやり思ってた。

でも調べてみたら、全然そんな話じゃなかった。

秋葉原のPCパーツショップは、90年代から店の栄枯盛衰を繰り返してきたらしい。ただ、閉店するペース以上に新規開店が続いてたから、「自作の街・アキバ」というカラーはずっと保たれてた。

そのバランスが崩れ始めたのが、2004〜2005年ごろ。

ちょうど駅前の再開発が動き出して、映画「電車男」が世間の注目を集めた時期と重なる。あの映画、観たことある人も多いんじゃないかな。あれがヒットしたことで、秋葉原のイメージそのものが「パソコンの街」から「オタク・サブカルの街」へ、ぐいっと引っ張られていったらしい。

象徴的だなあと思ったのが、ある建物の話。

もともとその場所には「LAOX AsoBitCity」があった。それが2004年に移転して、跡地が同じ年の8月にドン・キホーテ秋葉原店になる。移転したAsoBitCityの方も、翌年にはキャラクターグッズやアイドルグッズを扱う「アソビットキャラシティ」として再編されてる。

さらに翌2005年12月、そのドン・キホーテの8階にAKB48劇場がオープンする。「会いに行けるアイドル」がコンセプトの、あの劇場。

たった数年だよ。電気街のど真ん中に、ディスカウントストアとアイドル劇場が並んで生まれてる。パソコンの街から今の秋葉原へのスイッチが、このあたりで音を立てて切り替わってたんだと思う。

そういえば、もう少し後の話だけど、2010年にできた「ガンダムカフェ」も秋葉原らしい店だったなあ。名物の「ガンプラ焼き」に、なぜか「きつねうどん味」っていう変わり種があってさ。何回か食べた記憶がある。あのカフェも、もう閉店しちゃったんだけどね。

自作PCそのもののメリットが薄れていったのも、この流れと重なってる。市販の完成品パソコンの値段がどんどん下がって、パーツを一つずつ選んで組む価格的な優位性が、じわじわ削られていった。

2026年の今から見ると、変化は20年以上前から始まってたことになる。

秋葉原にはずっと来てたのに、ぼくの中の「PCパーツを買う秋葉原」だけが、20年近く更新されないまま残ってた。化石かよ。

🎪 息抜きに寄ってた店が、先に消えた

パーツの値段を一通りチェックした後には、実はちょっとした習慣があった。

真剣な値段調べに疲れたら、気分転換に変わり種の店を覗きに行く。その代表格が、サンコーレアモノショップ上海問屋だった。

変な家電。アイデア商品。誰向けか分からないけど妙に気になる何か。買う予定なんてなくても、覗くだけで楽しかったんだよね。

でも、サンコーレアモノショップの秋葉原総本店は、2026年4月12日に閉店してる。

理由を調べたら、店舗運営から「新商品の開発」と「デジタル体験の拡充」の方に経営資源を集中する、っていう戦略転換だったらしい。

上海問屋の方も、今はドスパラの公式サイトで「上海問屋は閉店いたしました」と案内されてる。

パーツの値段を見て回る「本業」じゃなくて、息抜きで寄ってた方が先に消えてた。なんかこれ、ちょっと切ないよね。

🔍 見えてたけど、繋げてなかった

秋葉原を歩いてて、「この店もなくなったな」「ここも昔はパーツ屋だったよな」って思うこと自体は、これまでも普通にあった。専門店が減ったことを知らなかったわけじゃないんだよ。

具体的な名前で言うと、高速電脳は2008年に、PC-Successは2007年に閉店してる。当時「あそこも閉まったのか」と思った記憶はあるのに、それを「PCパーツを買う街としての秋葉原の変化」まで繋げて考えたことは一度もなかった。

点は見えてたのに、線にしてなかったんだよね。

一方でさ、今も秋葉原らしいなと思うのがパーツの中古文化。TSUKUMOにもソフマップにも、中古パーツ専門のフロアやサイトがちゃんとある。ただ、この中古には二層あるんだよね。

きちんと整備・検品された中古を扱う店と、外れも多いガチャみたいなジャンク屋。ジャンク屋の方は、パーツ取り目的で漁ってる人も多いらしい。ああいう棚を眺めてると、自分よりずっとガチな人たちがこの街にはいるんだなあと感じる。面白いんだけど、手は出しにくい。

こういう層の厚さは、たぶんECには真似できないところだと思う。

ただ、それでも。「PCパーツを安く買う場所としての秋葉原の役割そのものが変わった」ってところまで、ぼくは結びつけてこなかった。

今回のHDD探しが、それをようやくはっきりさせてくれたわけです。

で、もう少し調べてみると、話はそこまで単純でもないみたい。今の秋葉原の店頭とAmazonの実売価格を容量帯ごとに比べたレポートによると、4TBはAmazonが安く、8TBは秋葉原の店頭の方が安いという逆転が起きてたりする。

「Amazonが一番安い」って単純な話でもなくて、買う容量によって勝つ場所が変わるらしい。しかも今のHDD高騰自体、AIデータセンター向けの大容量需要にメーカーの生産枠が持っていかれてるのが背景にあるみたいで、そのしわ寄せが家庭向けの在庫に来てるっていう。

仕組みがわかると、「秋葉原が負けた」って話でもないんだよな、っていうのが見えてくる。

🌏 あのパーツ、どこで作ってたんだろう

もう一つ、調べてて手が止まった話がある。

秋葉原で見かけるPCパーツって、ASUS、MSI、GIGABYTE、ASRockみたいな台湾ブランドが多いよね。世界四大マザーボードメーカーと呼ばれてる面々。

で、その工場がどこにあるかというと。

MSIは中国の深圳と崑山に自社工場を持ってる。深圳工場の敷地面積は20万平方メートル、サッカーコート45個分。ここだけでマザーボードを月140万枚、グラフィックボードを月100万枚。

いや、月140万枚て。

GIGABYTEも台湾と中国の両方に生産拠点があって、ゲーミングPCを含むPC製造の中心は中国側。ASUSに至ってはそもそも自社工場を持たないファブレスで、生産は台湾や中国の工場に委託してる。

ブランドは台湾でも、作ってる場所はとっくに中国だったわけだ。ぼくが「これは台湾製だな」と思って手に取ってたパーツ、生まれた場所は違ったかもしれない。

しかもこの流れ、今も進行中みたい。2026年7月には、メモリとSSDの高騰を受けて、LenovoやASUS、MSIといったブランドが中国系メモリ・ストレージ製品の認証や採用を広げてる、っていう報道もあった。

秋葉原の店頭で「どっちが数百円安いか」を必死に比べてたとき、ぼくが見てたのは値札だけだった。

でもその値札の裏っかわでは、どこで作るか、どこから運ぶか、っていう地図そのものが静かに書き換わってた。街の変化も、たぶんその地図の一部でしかなかったんだよね。

じゃあ、もう秋葉原へ行く意味はないんだろうか。

(後編に続く)


Miccell - 気づかないうちに、常識は静かに古くなっていく。

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