読書日記・実はゴミだった
*今回は長くなりました。あといつもと文体が違いますけど、いつもと同じ、ちょっとおかしな人が書いてます(ちょっと?)。
4月21日(火)
信田さよ子さんの『なぜ人は自分を責めてしまうのか』を読んでいたら、「あなたのために」という言葉がありました。
親が「あなたのためにやってるんだから」と言えば、子どもは否定も反論もしづらくなる。なぜなら、親の「あなたのために」を否定するのは、親の愛を否定することになるから。「あなたのために」は、子どもが強制的に親の言うことを聞かなければならない状態になるので、使うのをやめたほうがいいと書いてありました。そうだったのか、知らなかった。
私は「あなたのために」を子どもの頃に言われた側でもあるし、親になって「あなたのために」を言ってしまう側でもあります。親が子どもを支配する呪いの言葉だと知ったので、今後は使わないようにしようと思いました。言われた過去はどうにもならないので、ここはちょっと無視しますね。

おいしいですよね
信田さんは「あなたのために」ではなく、「私の勝手でやっています」と思うほうがいいとおっしゃってました。たしかに「私の勝手でやっています」だと、勝手にされて嫌なことは「嫌です」と言いやすいですな。否定も反論もしやすくなる。コミュニケーションも取りやすい気がしますね。気がするだけですけど。
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「あなたのために」ってのは、親子以外でもありますよね。親が子に対してだけでなく、子が親に思うこともあるし、友達、恋人や夫婦、職場でも「あなたのために」と思うことはあるんじゃないかと思いました。「あなたのために」を言葉にするかは別ですけども。
そして同時に思ったんですけど、「あなたのために」って上から目線じゃないですか?
私は子どもだけでなく、夫にも友人にも「あなたのために」と思うことがあるので、彼らに対して知らぬ間に上から目線になってたかもしれない!と気づいてブルーになりました。このままだと明日はグリーンになってるかもしれない(なぜ)。

「明日の私」
ということで(どういうことで?)、実際に「私の勝手でやっています」と思って行動してみたんです。これが何だかとてもよかったんですね。「あなたのために」が上から目線だとすると、「私の勝手でやっています」は相手と同じ目線になれるからラク。何で同じ目線がラクなのかと言うと、上の立場でいなくてもいいと知ったからじゃないかと思うんです。
どういうこと?と思いますよね。私もです(お前もかい)。上から目線で人に指図するのは気持ちがいい反面、「なんでこの人にこんなこと言われなきゃいけないの?」と思われたら、もう上の立場は終了なんですよ。こちらの言うことを聞いてもらえなくなる。そうならないように、無理に自分をすごい人間であるかのようにアピールしていたんだな、と気づいたんです。

いろんな意味で触るな危険人物
でも今回、自分を無理にすごい人間に見せる必要がなくなったからなのか、体も心も身軽になった感がありました。今までは、やらなくてもいいこと、やったらダメなことを一生懸命にやって、一生懸命にやってるのに報われないから腹を立てて「あなたのために」とか言ってたんだろうなと気づきました。めっちゃ迷惑。
大きな荷物を運んでいるのに感謝されないので「あなたのためにやってあげてるのに」と怒る。でもその大きな荷物を運んでとお願いされたわけでもないし、私が勝手に運んでるだけだってことに気づかなかったんですね。
荷物の中身は大量のゴミなのに、一生懸命にゴミを運んでひとりで怒って、中身がゴミだと気づいて何をがんばってたんだろう・・と落胆したものの、ゴミはゴミ箱に捨てて、荷物を背負うのはやめよう!と思った話でした。最後のたとえは伝わらない気がしますね。でも記念に残しておきます。
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なんか長々と書いてしまいました。読まされる方はたまったもんじゃないですね(そうですね)。ということで日記でした。次回からは普通に戻ります、きっと、たぶん、おそらく。
