「ダメだ」と言われた日、私はまだ本気じゃなかった——社労士本試験を受けられなかった話
「ダメだ」
配属初日に、社労士試験のための有休を申し出た私に、上司は一言だけそう言いました。
理由も聞かれませんでした。
どれくらい勉強してきたのかも、確認されませんでした。
ただ、一言。
「ダメだ」
その瞬間、心の中では、はっきり「くそ課長」と思っていました。
今の感覚でいえば、その上司の対応はかなり乱暴だったと思います。
せめて話くらい聞けよ。
今でも、正直そう思います。
当時は平成ひと桁のころで、ちょうどルーズソックスが巷ではやり始めた時代でした。
職場ではまだ普通にタバコが吸われていて、昭和の香りも残っていました。
たぶん上司の本音は、
「新人のくせに何を言っているんだ」
だったのだと思います。
その瞬間、私は直感しました。
ああ、この会社にずっと長くいることはないんだろうな。
この人の下で、何年も働くイメージがまったく湧きませんでした。
正直、恨みもありました。
でも実は、そのときの私は、心の底から悔しがることができませんでした。
なぜなら、本気で合格をつかみ取ろうとしていなかったからです。
大学4年生のころ、私はいきなり社会保険労務士、いわゆる社労士の勉強を始めました。
社労士になりたいという強い思いがあったわけではありません。
労働や社会保険の専門家になりたい。
人事労務の世界で生きていきたい。
困っている人の役に立ちたい。
そんな立派な動機があったわけでもありません。
きっかけは、もっと平凡なものでした。
就職活動が、うまくいかなかったのです。
思うような結果が出ず、結局、事実上、親のコネをたどるような形で就職することになりました。
もちろん、ありがたい話ではあります。
でも、当時の自分の中には、やっぱり悔しさがありました。
自分の力で道を切り開いた感じがしない。
胸を張って「この会社に入りました」と言える感じもしない。
どこかで、自分に負けたような気持ちがありました。
だから、何かひとつ、自分の力で手に入れたかったのだと思います。
そのころの私は、社労士の勉強をしていれば、人事部で仕事ができるかもしれないと思っていました。
人事や労務の知識があれば、会社の中で少しは自分の居場所を作れるかもしれない。
そんな期待もあって、社労士の勉強を始めました。
ところが、実際に会社に入って配属されたのは、人事部ではありませんでした。
経理でした。
今となっては、経理に配属されたことが、その後の人生に大きくつながっていきます。
でも、当時の私にそんなことがわかるはずもありません。
「あれ、社労士の勉強をしているのに経理なのか」
そんな少し拍子抜けした気持ちで、社会人生活が始まりました。
そして迎えた、配属初日の7月1日。
大学4年生のころから、一応勉強してきた社労士試験。
当時の本試験は8月の平日に行われていました。
受けたい気持ちはありました。
だから私は、上司に有休を申し出ました。
そして返ってきたのが、冒頭の一言です。
「ダメだ」
普通なら、ここで燃えるはずです。
ふざけるな。
絶対に受かってやる。
この会社を見返してやる。
そう思ってもよさそうなものです。
実際、怒りはありました。
上司に対する不信感もありました。
でも実は、心の底から悔しかったかというと、そうではありませんでした。
なぜか。
受かるところまで、自分を追い込んでいなかったのです。
その時点で、合格レベルにはまったく届いていませんでした。
自分でも、たぶん受からないだろうと思っていました。
だから、有休を断られたことに対しても、どこかでこう思っていたのです。
まあ、どうせ受けても落ちるしな。
ああ、情けない……。
今振り返ると、ここが一番もったいない。
目の前に、悔しさの燃料が転がっていました。
「コノヤロウ」と思える、反骨心を育てるチャンスでした。
でも、私はそれを燃料にできませんでした。
悔しがるには、「本気」というホットスパイスが必要なのだと思います。
あのときの私には、それがありませんでした。
もし本当に合格ラインに乗るくらい勉強していたら、私はもっと必死に上司を説得していたと思います。
でも、行かなかった。
行けなかった。
本気ではなかったからです。
上司の対応は、今でもひどかったと思っています。
でも、「自分自身の中途半端さ」、これがもっと腹立たしい。
上司への怒りを行動に変えるだけの本気が、自分の中にはありませんでした。
悔しい場面に出会ったのに、悔しさを燃やすだけの本気がなかった。
若いころの私は、そういう人間でした。
ただ、一度放り投げた社労士試験が、数年後、もう一度、自分の前に戻ってくることになります。
そのとき私を動かしたのは、上司への怒りではありませんでした。
もっと個人的で、もっと心の深いところをえぐられるような出来事でした。
そのお話はこちらの記事 ↓ に綴りました。
