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なぜ「慈悲の観想」を行うの?

釈尊が息子であるラーフラ尊者に対して慈悲(メッター)を深めるよう説かれた際、その効果についてこのようにおっしゃいました。

​「ラーフラよ、慈(メッター)の瞑想を深めなさい。そうすればどんな怒りも消えてしまう。
悲(カルナー)の瞑想を深めなさい。そうすればどんな残虐性も消えてしまう…」

(全文)
​「ラーフラよ、慈(メッター)の瞑想を修習しなさい。慈の瞑想を修習すれば、どんな瞋恚(しんに:怒りや憎しみ)も捨断されるであろう。

​ラーフラよ、悲(カルナー)の瞑想を修習しなさい。悲の瞑想を修習すれば、どんな害意(残虐性)も捨断されるであろう。

​ラーフラよ、喜(ムディター)の瞑想を修習しなさい。喜の瞑想を修習すれば、どんな不満(嫉妬)も捨断されるであろう。

​ラーフラよ、捨(ウペッカー)の瞑想を修習しなさい。捨の瞑想を修習すれば、どんな怒り(慢心による反発)も捨断されるであろう。」

​※¹大ラーフラ教誡経(中部62経): 呼吸や四大の観察を通じて心を整え、あわせて慈悲・悲・喜・捨の修行を深めるよう指導された経典

なぜ慈悲の瞑想を行うの?

①まず、生命はネットワークであるためです。
生命の本質は、波長・波動です。心は見えなくても繋がっています。自分が与えたものが自分に返ってくるものです。

自分を大切に思うのならば、幸福になりたいと思うのならば、智慧を開発したいと思うならば、どんな時も慈悲の心を保っていて下さい。

また、慈悲の瞑想は第三禅定まではいることが可能な瞑想です。また、自分自分、人、生命を対象にするのでいつでも行う事ができ、
「瞑想や集中が苦手」「練習する時間がない」人でも、いつでもどこでも、仕事をしているときでさえ、できる大変汎用性の高い瞑想であり、真剣に実践を続けるのであれば真理の智慧に於いても、人生に於いても素晴らしい結果をもたらします。

②怒りの解毒剤
怒り(瞋恚)と慈しみはけして共存できません。
慈悲の心が、怒りや苛立ちの炎を鎮める慈雨となります。

③執着の滅尽
 自分と他者、親しい人々、嫌いな人々を隔てる「自己中心的な境界線」を少しずつ溶かすことで、自我から現れる「私」「私のもの」というありえない妄想、執着からくる苦しみを減らします。
このエゴの境界線が溶けていくことを「境界打破」、「境界の融解」といいます。

④安眠とこころの絶対的安定
心から怒りの汚れが少なくなる、軽減されることで、不安や恐怖が軽減されます。繰り返し修練することでどんなことにも動じない慈悲の精神が現れてきます。
その心の安定が、ブッダの伝えた全ての瞑想、32の不浄随観、墓場の観察、呼吸瞑想、ヴィパッサナー瞑想の強固な地盤、土台となります。そして、
瞑想で大切なのは、順番、段階を飛ばさないことです。
vippasana-瞑想、不浄随観などががうまくいかなくなった時は、ファーストステップの慈悲の瞑想に戻ってみてください。

​1. 慈悲の観想の基本的なステップ

​一般的に、慈悲の観想は以下の順序で、対象を広げながら行います。対象は人・生命です。
無理に感情を湧き上がらせるのではなく、言葉を心の中で唱え、その「慈しみの感覚」を心に馴染ませていくことが大切です。

​慈(メッター): 自分自身と生きとし生けるものの幸福を願う心。
怒りを静める。

​悲(カルナー): 苦しむものに寄り添い、救いたいと願う心。
残虐性や害意を静める。

​喜(ムディター): 他者の成功や喜びを共に喜ぶ心。
嫉妬や不満を静める。

​捨(ウペッカー): 執着や偏りのない、平静な心。
慢心や怒りを静める。

慈しみを育てる5つのコツ
①慈しみの対象を「自分自身」から始めましょう
②シンプル簡単な「短文」を繰り返します。
③結果を求めないこと。
④目的も作らないこと。
⑤無理をしないこと。
※これらは心と脳がリラックスして喜ぶ効果があります。

  1. 自分自身への慈しみ: 

(慈・メッター)
私が幸せでありますように
(悲・カルナー)
私の悩み苦しみがありませんように。
(喜・ムディター)
私の願い事がかなえられますように。
(捨・ウペッカー)
私に、真理の智慧の光が現れますように。

  1. と唱えます。ここが出発点であり、いつも立ち返る所です。

  2. 親愛なる人へ: 両親、恩師、友人など、尊敬し、大切に思う人に対して慈しみを向けます。

  3. 中立的な人へ: 特段の感情を抱かない、顔を合わせる店員さんや通行人などに対して慈しみを向けます。

  4. 嫌いな人(あるいは苦手な人)へ: ここが最も難しいステップですが、相手の不幸を願うのではなく、その相手の怒りや苦しみが解けるようにと願います。

  5. すべての生きとし生けるものへ: 最後に、方角(東・西・南・北・上下)や、この世界のあらゆる命に対して慈しみを広げていきます。


目的を作らないこと。
「いい人間になろう」「悟りを開こう」「瞑想で病気を治そう」などの目的を作ると、それはいつか果てのない妄想に変わり、やがてなんの結果も生み出さない、ただのストレスに変わります。
「何かになろう」としないで下さい。
今ここの言葉の感覚を感じること、慈しみの感覚を心で感じることに集中します。

結果を求めないこと。
「今日は温かい気持ちになれなかった」 
「気持ちがあまり変化しなかった」
「また怒ってしまった」
と落ち込む必要はまったくありません。
慈しみの心を「意図して向けた」という行為そのものが、心の筋肉を鍛えるトレーニングになります。
繰り返し何度も何度も行う事がとても重要なのです。


※病気や療養中の方へ
体調が悪いときは、無理に長時間座る必要はありません。横になったまま、自分自身に、
「身体は辛いかもしれないけれど、身体というのは壊れるものだ。心は穏やかでありますように、安らぎがありますように。」
と優しく声をかけてあげるだけでも、素晴らしいメッタ・バーヴァナーになります。
そして、慈悲の瞑想に年齢は関係ありません。
全ての人が、今ここから始めることのできるブッダの教えです。





生きとし生けるものが幸せでありますように。


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