【MPエンタテイメント1周年企画_第三弾】井上雅彦×綾里けいし×編集野口 ホラー談議【どうして怖いものに惹かれる?/ホラー小説とはなにか? /次はどんなホラーが来る?】
2026年2月にMPエンタテイメントでは
綾里けいし先生『夢食み探偵と眠れない小説家』を刊行し、
井上雅彦先生に絶賛いただきました。
掛け値なしに凄い本でした。綾里けいし『夢食み探偵と眠れない小説家』。夢尽くしの怪事件に挑むバディ連作の様式が、一変、凄艶で哀しくも美しい地平に昇華する。恐怖の描写は、80年代から「ホラー」に取り組んできた先達に比肩しうる。本物の才能。これこそ本物の幻想怪奇!https://t.co/QzeVgB0EvX pic.twitter.com/mGwiIuQow2
— 井上雅彦 (@phantasticnight) February 28, 2026
それぞれの分野でホラーに関わっていた井上雅彦先生、綾里けいし先生、
MPエンタテイメント担当編集野口がホラーとは何なのかを掘り下げます。
イントロダクション
野口:
改めまして、綾里先生、『夢食み探偵と眠れない小説家』という素敵な作品を扱わせていただきましてありがとうございました。
綾里先生:
こちらこそありがとうございます。
野口:
また綾里先生が井上先生の『異形コレクション』(光文社)がお好きとのことでご縁をいただき、今回のホラー談義をさせていただくことになりました。
井上先生:
光栄です。ありがとうございます。
野口:
私も「異形コレクション」は大好きですし、また恥ずかしながらホラーはまだまだ知らないことも多いので、今回このような機会をいただけてとても嬉しく思っています。
ホラー小説とは、恐怖を楽しませるためのもの
野口:
早速なのですが、そもそもホラー小説ってなんでしょう?
井上先生:
以前は、ホラーの恐怖とは超自然の恐怖なのだ――とかなんとか、マジメに長々と説明してましたけれども、最近は、だいじなことだけを、一言で答えています。
「ホラー小説とは、恐怖を楽しませるための小説」なのだと思っています。
野口:
怖がらせるではなく。
井上先生:
もちろん、怖がっていただくことも含めて、楽しませる。それが、一番、だいじなことだと思っています。読者がこんなふうに怖がってくれたら、きっと、楽しんでくれているんだろうな、などと想像しながら(笑)。
作者も、怖いこと、怖がらせることを、思いっきり遠慮なく、楽しみながら書くことがだいじだな、と。
野口:
確かに、ミステリでも問題を出す作者と解こうとする読者の関係性は語られる印象もあります。読者と作者の関係は面白いですね。
井上先生:
最近、ホラーを書きたがっている人たちに、ホラー専門ではない作家の方が、ホラーはこうやって書くのだよ、とレクチャーしているのをたまたま聞いてしまったのですが、その方は、自分が嫌だと思うものをリストアップするのだそうで。
なるほど、そういう方法もあるのかとも思いましたが、それって自分の方法とは全然違うな、と思ってしまったんです。
僕だったら、まず、自分が好きなものばかりをリストアップする。例えば、美味しいものが好きな方なら、料理の自分の大好きな食べ物、美味しい料理ばかりをリストアップして、なかでも好きな料理を理想的な状況で、美味しく食べているグルメ・レポートを書いてもらう。そのあとから、ほんの少しだけ手を加えるのです。
食べ物の部分だけを、人間の腐乱死体に修正してもらうなどすれば、結構読めるホラーのワンシーンになるかなと思っています(笑)。
もちろん邪道なんでしょうし、これを言うとみんな冗談だと思われるかもしれないですけど、むしろそうやって楽しみながら書く。楽しませながら書くほうがいいでしょう。
野口:
いいですね。すごく腑に落ちる感じがします。
80年代ホラーに比肩しうる本物の幻想怪奇とは
野口:
改めまして『夢食み探偵と眠れない小説家』のご感想もいただき、ありがとうございました。
掛け値なしに凄い本でした。綾里けいし『夢食み探偵と眠れない小説家』。夢尽くしの怪事件に挑むバディ連作の様式が、一変、凄艶で哀しくも美しい地平に昇華する。恐怖の描写は、80年代から「ホラー」に取り組んできた先達に比肩しうる。本物の才能。これこそ本物の幻想怪奇!https://t.co/QzeVgB0EvX pic.twitter.com/mGwiIuQow2
— 井上雅彦 (@phantasticnight) February 28, 2026
ポストに”恐怖の描写は、80年代から「ホラー」に取り組んできた先達に比肩しうる。本物の才能。これこそ本物の幻想怪奇!”といただきました。
すみません。私の勉強不足で、80年代のホラーのイメージがあまりなく、どのようなものだったのかをぜひ教えていただきたいです。
井上先生:
80年代って、ホラーにとっては、すごく斬新な時代でした。
海外の小説では、スティーブン・キングは有名になってましたけど、衝撃的だったのが、クライヴ・バーカーの『血の本』(集英社)。スプラッター映画をそのまま文章にしたようなもので、本当に血まみれ残虐をやっていました。しかも、幻想小説の要素がしっかりとあって、あれはかなり影響を与えたと思います
野口:
シリーズで、世界幻想文学大賞、英国幻想文学大賞も受賞されていらっしゃるのですね。
井上先生:
国内だと、当時はごくわずかでしたけれど、ホラーを書きたいと表明される方々がいて。
お名前を挙げますと、菊地秀行さん(『吸血鬼ハンターD』シリーズ(朝日新聞出版)著者)や朝松健さん(「逆宇宙シリーズ」(株式会社朝日ソノラマ(当時))著者)、竹河聖さん(「風の大陸シリーズ」(KADOKAWA)著者)。
竹河聖さんはどちらかと言えば富士見書房のファンタジーのイメージが強いですが、当時ホラークイーンって呼ばれていましたね。
野口:
名だたる方々ですね。
井上先生:
あとは夢枕獏さん(「キマイラ」シリーズ(KADOKAWA)著者)。ご自身では、ホラーとは仰っていなかったと思うけど、ホラーでしたね。
先に名前をあげた方々がそうでしたけれど、ジュブナイルのレーベルだったソノラマ文庫(株式会社朝日ソノラマ(当時))に書かれていた方が、80年代のホラーを支えていたと思います。あそこは『獅子王』という文芸誌もあって、ホラー特集号を出してくれたり。僕も書かせてもらいましたが、同年代だと、飯野文彦さん(『邪教伝説』(徳間書店)著者)とか。あと、少し年齢は上ですけれども、別のところで書かれていた友成純一さん(「宇宙船ヴァニスの歌」シリーズ(双葉社)著者)。僕と同じ年の倉阪鬼一郎さん(『鳩が来る家』光文社著者)も、怪奇にこだわったものを書いておられた。
そして、長老格は、当時まだ四十代の田中文雄さん(「緋の墓標」シリーズ(株式会社朝日ソノラマ(当時))著者)。
こうした方々が、まさに80年代にホラーの分野で活躍されていましたね。
みなさん、「異形コレクション」に書いてもらいましたけれど。
野口:
『鳩が来る家』、とても好きです。
井上先生:
あとは海外モダンホラーブームが起きていたかな。早川書房が〈モダンホラー・セレクション〉という文庫のレーベルを出したのが、この頃。そのレーベルの前に同じ早川書房が『闇の展覧会』を出すのです。米国の書き下ろしのホラー小説を集めたアンソロジーです。
そこに僕も大好きなエドワード・ブライアントの話も収録されていて、綾里さんのデビュー作『“B.A.D.”Beyond Another Darkness』(KADOKAWA)にも出てくるような、魔の世界に詳しい異能の女性の話を書かれていました。
野口:
『闇の展覧会』ですとスティーブン・キングさんの「霧」が収録されたものがありましたね。
井上先生:
まさにそれです。82年に全二巻で出たのですが、「モダンホラー書下し傑作集」という副題がついていました。これが「モダンホラーだ!」という宣言ですよね。
それよりも前だと、怪奇小説傑作選のように、「猿の手」などの古典がたくさん翻訳されていました。このころに「怪奇」「幻想」と訳されてきたものが、少しづつ化け変わっていって、80年代になって日本でも「ホラー」と言われ出したと思います。
野口:
そうなのですね。
あとはクトゥルーの全集もこの時期に出ていたのかなという印象はあります。
井上先生:
翻訳はそれこそ60年代、70年代には出ていました。最初のやつはもっと古いですけど。
野口:
90年代になると鈴木光司先生の『リング』(KADOKAWA)でホラー小説が流行ったというところにもつながっていくのですね。
井上先生:
海外でも日本でも、80年代は肉体破損や生理的な恐怖、ゾンビ映画のようなシーンを文章でやってくれた小説がたくさん出ていました。
今回の綾里先生の『夢食み探偵と眠れない小説家』がそのころの本に負けてないどころか、恐怖の書き方がみずみずしく映えていて、しかも、幻想性が素晴らしくて、美しいのですよね。本当に驚きました。
綾里先生:
ありがとうございます。
井上先生:
『夢食み探偵と眠れない小説家』をきっかけに綾里さんの作品を片っ端から読みまくりまして、すごい方がいらっしゃったんだ、と感心しました。
それこそ手垢のついた「鬼畜」などというような言葉では言い表せないような凄いもののも、普通に描かれていて。
綾里先生:
ありがとうございます。デビューからもう息をするように、ナチュラルにホラーを書いていたので、そう言っていただけて嬉しいです。
井上先生:
あのころはみな、恐る恐るホラーを書いていたところもあるかもしれないけれど、綾里さんはとことんやっていて、もう爽快というか、とても嬉しかった。
僕は、特に『ヴィランズテイル 有坂有哉と食べられたがりの白咲初姫』(KADOKAWA)がとても好きです。
綾里先生:
ありがとうございます。本当に嬉しいです。
野口:
実は私も『ヴィランズテイル』が綾里先生にお願いをするきっかけの作品でした。本作の元になっている短編「ネオンテトラのジレンマ」(アンソロジー『ショートストーリーズ 3分間のボーイ・ミーツ・ガール』収録(KADOKAWA)) も大好きで、ホラー要素で繋がるふたりとその関係をぜひとご相談させていただきました。
“綾里先生らしさ”の原体験は悪夢
野口:
『夢食み探偵と眠れない小説家』は、小説家と眠りの専門家としての探偵が文学作品を思わせる悪夢を巡る幻想小説、ホラー小説なっています。
本作の最初の打ち合わせの際、綾里先生らしさを前面に出してほしいとお話させていただきましたが、それを受けて、どう思われましたか?
綾里先生:
『夢食み探偵と眠れない小説家』は今まで長く書いていた中で、改めて自分が意識して書いていたもの、自分の作品らしさを思い返しました。
具体的には「グロテスクなものは美しい」というところです。
今回、ホラーでというお話をいただいたので、底が抜けたような夢の怖さだったり、グロテスクの醜さと、それによって醸し出される美しさだったりを自由に表現できたらなと。
あとは小説家というテーマも選んだので、自身が小説家として生きてきて、今まで感じたものを詰め込みました。
井上先生:
作家の現実というところがリアルで、生々しくて、いいですよね。そう、そう、そうなんだ――と、うなづくところも多かったです。
綾里先生:
ありがとうございます。
自分の作家としての腸というか、内臓をさらすつもりで書いたので、これ以上ないお言葉です。
野口:
個人的にも小説を巡る小説が大好きで。
私が担当する作品は作中作や作家の話をお願いすることは多いですが、綾里先生とお話している時も自然とその方向になったので、それに応えていただいた作品になったのはとても嬉しいですね。
(水鏡月聖・著『遺失の結末と彷徨える幽霊たち』、久青玩具堂・著『奇想怪談×天外推理』など)
綾里先生:
私も小説を巡る話は好きなので、ご依頼いただけて嬉しかったです。
あとは、今まで自分が好きで書いてきた、男女間の恋愛に収まらないような二人の絆というものも盛り込んだ形です。
野口:
本作の一本通ったところに、ふたりの物語がありますよね。
綾里先生:
今まで自分が好きだった文学をモチーフに入れることで軸のようなものも見えまして、悪夢の美しさであったり、ふたりの関係だったりをしっかりと表現しながら書くことができたかなと思っています。
野口:
ありがとうございます。まさに今回、読まれた方にはデビュー作の『“B.A.D.”Beyond Another Darkness』を想起される方も多かったようです。
今おっしゃっていただいたように、グロテスクの美しさというものはずっと興味をお持ちなのでしょうか?
綾里先生:
そうですね。醜いものは美しい、グロテスクだからこそきれいみたいな、表裏一体になったものはずっと興味があります。書いても書いても底がないと思っていて、何度も何度もチャレンジしています。
でも同時に、そういうものが怖い方もいらっしゃるので、作品によってはライトにし幅広くいろんな方に喜んでもらえるような形にすることもあります。
ですが、今回は思いっきりやらせていただきました。
野口:
そうですね。第一章で人間に小さい穴が無数に空く描写というのがありますが、私が集合体恐怖症で、原稿チェックの度に鳥肌が立っていました。
綾里先生:
すごく楽しく書かせていただきました。
野口:
上記は一例ですが、ホラーの描写がとてもおぞましいですし、だからこそ幻想的なものも心情と重なっていて、とても美しいものを書いていただいたと思っております。
綾里先生:
ありがとうございます。
野口:
ちなみに「きたないはきれい」のようなものはシェイクスピアの『マクベス』の印象もありますが、綾里先生がそこに思い至った原体験のようなものはありますか?
綾里先生:
小さい頃から悪夢や不思議な夢が多くて、その中でも水族館の夢を繰り返し見てました。
最初は普通の綺麗な魚たちが飾られているのですけど、奥に行けばいくほど魚たちが腐敗していく。そして全てが腐って、最後に巨大で腐敗したクジラが泳いでいる水槽の前にたどり着き、深い安堵を覚えるという夢です。
野口:
安堵ですか?
綾里先生:
そうなのです。そんな夢を何度も見ているので、原体験はそういうものにはなるかなと思います。
あと、昔はホラー映画が苦手だったのですが、姉と一緒に見ようとなりまして。 その時に、人が生きたまま食べられる映像に異常な恐怖を感じながら、同時に惹かれるものがありました。
そのふたつが組み合わさって、作品にしていかなければならないという謎の確信を覚えました。
野口:
創作活動をする、まさに核ですね。
綾里先生の作品は身体的な取り込み。例えば食べるだったり、孕むだったり、癒着だったり。そういったものが多く作品に盛り込まれているように感じます。
綾里先生:
そうですね。食べるとか腐るとかは自分の中に組み込まれています。
野口:
ありがとうございます。『夢食み探偵と眠れない小説家』では 根源的なところをがっつり書いていただけて、とても嬉しいです。
どうして”ホラー”に惹かれるのか
野口:
井上先生はもう長くホラーに関わられていて、作品を出されたり、編まれたりされていると思うのですが、ホラーに傾倒されたきっかけなどはありますでしょうか?
井上先生:
僕もなぜ怖いものを書くようになったかを考えると、怖いものって惹かれるのですよね。強い魅力があるんです。
私が生まれたのは1960年代。幼少期はテレビが全盛期で、怪獣ものや妖怪ものがお茶の間で流れているという状況がずっとあって、そういうのは怖いけれども、本当に好きで好きで、思いっきり惹かれているぞというのがありましたね。
他にもただ普通に人が怖がるものじゃなくて、動物番組に出てくる野生動物が、どうしたわけなのか、すごく怖かったですね。怖いながらも、惹きつけられてしまうのだけれども。これが、自分自身、不思議でしかたなかった。
それから、これは誰が見ても怖いだろうけれど、当時、少年雑誌の見開きグラビアのカラー写真で日本のお寺に安置されたミイラなどがずらりと特集されたりしていて、視覚的な怖いものに触れることが多かったです。
野口:
時代性もあったのですね。
井上先生:
綾里さんの夢の話で気付きましたけど、僕は明晰夢が多くて、夢だとわかっていながらけど解像度がすごく高いものを鑑賞することがありまして。それから、目が覚めて、起き上がってからも、夢で見ていたものが、目の前に見えてしまうようなこともあったのですよ。
最近は脳の視覚野の働きとして説明がつくように、自分でも解釈するようになりましたけれど、やっぱりそういう体験から怖いものに惹かれてしまうというのはありますね。
野口:
お二人とも、夢が創作の根源になっているというのは面白いですね。
井上先生:
あと僕も巨大な海洋生物の夢はよく見ます。
あまりにも巨大な、ゾウアザラシとかクジラとか恐竜の合いの子みたいなやつ。昔の通学路の途中に、本当はあるはずがないのだけれど海があって、巨大な海獣が、波をかきわけて、すぐそばまで近寄ってくるという夢。
野口:
実は私もホラーもよく読むようになったころ、なぜか海の悪夢は見るようになりました。巨大生物ではなくて、白い人間の行列が淡々と砂浜から海の中に歩き続けるという夢ですが。
もしかしたらホラーと海って親和性があるのかもしれません。
夢と記憶、怖いと感じるもの
野口:
『夢食み探偵と眠れない小説家』は眠れない小説家が悪夢を巡りまた眠れるようになろうとする話ですが、この眠れない体験は綾里先生の体験も反映されているのですか?
綾里先生:
そうですね。眠れないのが苦しいというのは自分がすごくわかるところです。
井上先生もおっしゃっていましたが、眠りが浅い時に、すごくリアルな明晰夢を見ます。眠れないで苦しんでいたら、いきなり扉が開いて見知らぬ男たちに斧で体を切断されて目が覚めるというもので。現実と現実ではない狭間が本当に曖昧なのです。
他には変な夢を見て目が覚めたら、父親に「大丈夫か」と声をかけてもらったと思ったら父親がドロドロに崩れて、あ、これはまだ夢なのだと気づいたりするという経験があります。
なんというか、しっかり眠ることができなくて、眠りとまどろみの間をさまようことはとても怖いっていう認識があります。
だから、そこの苦しみとか結局眠りに入ることができなくてまどろんだ人はどこに行くのだろうみたいなものが本作には反映されているかもですね。
野口:
私も眠りが不得意なのですごく共感しながら読んでいました。
本作はそこに作家が作品を完成できないことや胎児が生まれられないという話はリンクしていますし、綾里先生のデビュー作からも胎児というのがキーになっているところで、そういうモチーフやテーマはお持ちなのでしょうか?
綾里先生:
胎児とか、赤子とか、そういったものはすごく好きなのです。
タイトルは思い出せないのですが、ある映画のワンシーンで、赤ん坊がきれいな背中を見せながらただ座っている映像がありまして。近づくとその赤ん坊が肉塊を持ってぐちゃっとしている。
ホラー映画ですが、そのシーンが恐ろしいほどに怖かったのです。
野口:
強烈ですね。
綾里先生:
赤ん坊って無邪気で、本来はかわいくて、無条件に愛されるようなものと思うのですが、ホラーだと、なにか異様に恐ろしく、怖いものに見えるという異質さがすごく好きです。
あとは生まれないものの悲哀というところで、本作でも引用した“胎児よ胎児よ何故躍る”とか、”母親の心がわかっておそろしいのか”とか(夢野久作(著)『ドグラ・マグラ』より)、あの文章を読んだときに衝撃を受けました。
なぜ自分でもそんなに衝撃を受けているのかがわからないぐらいの衝撃だったのですが、その生まれなくて母の心がわかって躍るって、それしかできないけれど、すでに生命があるものの悲哀と言いますか、人間ながら人間でないものの狭間といった怖さや美しさを感じているところはあると思います。
井上先生:
『ドグラ・マグラ』の”胎児の夢”、あの博士の理論って、最初に読んだ時は、夢野久作さんの創作上のものではなくて、本当の医学上の定説なんだろうと思っていましたね。
人間って、生物の発生の過程、進化の過程のすべての記憶みたいなものを持っているのだろうなと、普通にそう思っていました。
綾里先生:
確かに。そういう話もあると思います。
井上先生:
そんな読み方もしていた小説だったので、あの胎児の夢が、あのような形で出てくるので、びっくりしながら、うれしかった。
野口:
SFでも進化の過程の記憶は書かれているものはある気がしますね。
現代でこそ、『ドグラ・マグラ』は奇書と呼ばれてはいますが。
井上先生:
綾里さんへの質問なのですが、子供のころの記憶ってどのくらいからありますか?
綾里先生:
たぶん五歳ぐらい、もしかしたら三歳ぐらいなのですが、親に何歳ですかって聞かれて、手を出して答えるシーンがすごく残っています。
それ以外にも鮮明なものはありますが、一番古いのはこの記憶ですね。
井上先生は結構昔からの記憶はお持ちですか? 羊水の中のものだったり。
井上先生:
いやいや、そこまでではないですが。乳児のころの記憶はいろいろ覚えているのです。
たとえば、なんだか地下みたいな場所で、真っ黒い色の、ぬるくてあたたかいお湯に入っている記憶とか。皮膚での感覚や水音まで覚えているのですけれど、これは、どうやら、自分の生まれた西新宿の温泉で、よく連れて行ってもらったというのですが、実は、僕が一歳になる前に西新宿からは引っ越していたので、それ以前のことのはずなのです。
医学的にはそのころの記憶がある筈がないとか、あとで脳が捏造したとかいろいろ言われるのですが、やっぱり、あれは一歳児未満の記憶だろうと思います。
それ以外にも、まあ、いろいろありまして。
怖い記憶というのなら、遠いものや抽象的なものが怖かったというのはあったかな。
もしかしたら前世かもしれないけど、自分の個体としての境界じゃない、以前のものの記憶を引き継いでいるのかな、などとも考えたりします。
綾里先生:
それはありそうですね。
野口:
山とか建物とかが遠くにあると怖いといった記憶でしょうか?
井上先生:
そうですね。1960年代に、文京区に住んでいた時に、二階の窓を開けると他の家の屋根瓦がずらっと並んでいて、向きによっては、池袋や護国寺や新宿のほうまで見えてしまうぐらいのところに住んでいたのです。
まあ、そのころから遠視ぎみで、遠くのところが見えてしまうというのはあったのですけれども、その「遠いところ」という距離感が、ものすごく怖かった。
たぶん、高所恐怖症になるほどの高い距離の怖さに近いのかもしれないのですが、落ちる心配もない、平地の距離なんですけれどね。
その前から、海なのか空なのかがわからないのだけど、ものすごく遠いものが怖いと思う夢を見ていたような気がして、それがリンクしていたのかもしれないですね。
野口:
個人的に、何が怖いかって話はとても好きな話題なので、深堀りしちゃいました。
ありがとうございます。
「幻想と怪奇」なムードのあるダークファンタジー
井上先生:
綾里先生の作品はいろいろなものを詰め込んでいらっしゃる印象があります。
それこそ今回の作品もそうですし、『異世界拷問姫』(KADOKAWA)の名前にしても“エリザベート・レ・ファニュ“とか、本当にお好きなものばかりコレクトしてるな、と。
綾里先生:
ありがとうございます。
井上先生:
ダークファンタジーと言われ出したのは『異世界拷問姫』からなんですか?
綾里先生:
どうでしょう。ダークファンタジーと認知されるようになったのはあのくらいかなと思います。その前の『アリストクライシ』(KADOKAWA)あたりからはダークファンタジーを書く意識はうっすらとありました。
井上先生:
僕はダークファンタジーっていう言葉はすごく好きで自分でも使っていました。
「ダークな異世界ファンタジー」という意味の方と「幻想と怪奇という意味の英訳的な意味」とで考え方の異なる方もいるので、使う場所をわきまえているつもりなのですけれど。
野口:
ライトノベルのファンタジーが指すものと同じ揺れがありそうですね。
井上先生:
僕は渡米した時、「ホラー&ダークファンタジー」って肩書を名刺に手書きで書いてコンペンションで配ってました。向こうでは80年代のチャールズ・L・グラントって作家が自分の作品をそう名乗っていて、幻想と怪奇的なムードのあるものを「怖くはないかもしれないけれど」という謙遜の意味か、あるいは「派手な怖さを求めている意味ではない」という意思を込めて「ホラー」と呼ばずに、ダークファンタジーと言っていたように思いますが、異世界ファンタジーの意味ではなかったのです。
日本ではいろいろな使われ方しますが、綾里先生は異世界ファンタジーでなくても、ダークなファンタジーの書き手ですよね。ホラーである以上に、幻想の色彩が強いですよね。
野口:
そうですね。美しさを感じます。特に『夢食み探偵と眠れない小説家』は夢の造形ひとつひとつはホラーも強いですが、それらが織りなす幻想小説という印象です。
井上先生:
そうなんですよ。まさに幻想小説。幻想の美しさなんです。
綾里先生:
『異世界拷問姫』には神の軍勢みたいな存在が出てきますが、自分的にはコズミック・ホラーの「名状しがたいもの」のイメージでは書いています。
井上先生:
本当にお好きなものを取り込んでいるのですね。
綾里先生:
はい。どんどん取り込んで、面白いものを作りたいって思っています。
野口:
綾里先生は、クトゥルーもお好きですか?
綾里先生:
好きですね。あの大きくて旧い神々よりも、こじんまりした何か事件が起きて、それがコズミックな要因で起きたり、旧い歴史と絡んで、結局何もわからないまま終わるような短編の話が好みですね。
『夢食み探偵と眠れない小説家』と小説の祈り
野口:
私が担当させていただいた方には偏愛小説10選というコラムをお願いております。読者さんも好きな本が同じ著者の本は読みたくなるのではと思っているのと、なにより私自身が知りたいという理由なのですが、綾里先生にもご参加いただきました。
『夢食み探偵と眠れない小説家』で扱っている文学作品もありますが、
個人的に飛浩隆先生の『グラン・ヴァカンス』『ラギッド・ガール』(早川書房)が入っていて嬉しかったです。
SFの作品でジャンルは異なるのですが、すごく納得感がありました。
本シリーズも綾里先生の作品も、ストーリーを書きながら文章で深いところに接続する印象がありまして、なにかそういった意識みたいなものはありますでしょうか?
綾里先生:
自分は読んで好きな本と書きたい本は違いますが、共通するのは美しさや残虐性の中に殴りつけられるような理論とか理屈や問いかけがあるところですね。
野口:
まさに”刺さる” 部分かもしれないですね。
綾里先生:
小説って世の中にたくさんありますよね。
ある種自分の小説がその中で一際特別でなくてもいいという思いはあるのですよ。
でも同時に自分にしか書けないものがあるとは思っているので、それを手に取った読者の方の、誰か一人でも、心を救うことができればいいという思いはありまして。
井上先生:
その思い。素敵です!
綾里先生:
そんな大層なものでなくてもいいのですけど、一つのきっかけで心が救われることってあると思っています。
私自身も本当につらい時に創作物たちに何度も何度も心を救われてきた人間なので、自分の小説も手に取った人が、次のページを読むためだけに明日も起きてくれたり、読んだ時間をよかったものと思ってくれたりするようなものを書き続けたいというのは自分の中ですごく強くあります。
あとは根本的に、人間の醜さとか人間のどうしようもなさを書くのも好きなのですけど、同時に人間讃歌みたいなところもありまして、自分なりの方法で書いていますね。
野口:
ありがとうございます。10選でも暴力や蹂躙が描きつつ祈りのお話も多い印象がありますね。
綾里先生:
そうなのです。結局は祈りが好きですね。
野口:
『夢食み探偵と眠れない小説家』の初稿をいただいたときは、正直、ボロボロ泣いてしまいました。祈りはまさにという気がします。
井上先生:
クライマックスからラストに至る章の並べ方が、本当にすごいですね。まさに神業と思いました。大きなサプライズのある第五章。エピローグのような終章。そのあとに、本作は主人公の小説家、真宵が書いた「第五巻最終章の抜粋」が来る。この並べ方の順序。エモーションを動かす手続きというべきか、この配列が本当に素晴らしいです。これは泣きますよ。本当に。
そして、主人公が小説家であることの意味って、本当に重要だと思いました。「人はなぜ小説を書くのか」を、ここでもしっかりと伝えてくれているのです。
綾里先生:
ありがとうございます。最初はあとがきを入れるという話をいただいたのですけど、そこそこページ数があったので、抜粋を入れました。
野口:
真宵とうつつの物語と、抜粋はそれぞれの境界を意識してもらいたかったので、綾里先生に今の位置でご相談いたしました。
井上先生:
小説を書くこと、読者に届けることが、祈りなのだという宣言にも読めるのです。この順序だからこそ、強く訴えてくるものが響きます。
野口:
ありがとうございます。本当に綾里先生から素敵な原稿をいただいたからにはしっかり綾里先生が書いてくださったことが伝わる形にしたかったので、そう言っていただけるのはとても嬉しいです。
綾里先生:
作品のことを大事に考えてくださってありがとうございます。
野口:
綾里先生は10選でも夏目漱石の『夢十夜』も挙げていらっしゃいますし、「異形コレクション」がお好きということで、やはり怖いものを語るものはお好きなのですか?
綾里先生:
好きですね。私が小さかった頃、ホラーブームがありました。瀬名秀明先生の『パラサイト・イヴ』(KADOKAWA)や鈴木光司先生の『仄暗い水の底から』(KADOKAWA)が人気で、あとは貴志祐介先生の『黒い家』(KADOKAWA)も大好きです。
あの頃の骨太ホラーっていうのを飲むように食べるように読んでいたところはあります。
野口:
90年代のホラーを読まれていたんですね。
綾里先生:
あのブームにドカンと当たった感じですね。
あとは子どものころの雑誌で、表紙はコミカルですけど、中はホラー漫画の有名な人が書いていたりして、人がすごい勢いで死ぬ漫画があったりしました。血を絞り尽くされて、ミイラになっているみたいなものを怖がりながら読んでいたっていうのがありましたね。
あの頃は本当にいろいろなところにホラーがあふれていた印象がありますね。
井上先生:
それは90年代後半ぐらいですか?
綾里先生:
確か最初の『リング』『らせん』の映画のころだったので、その頃だと思います。
ライトノベルでもミステリーとホラーみたいなものがありましたね。背が黒いシリーズの。
野口:
スニーカー文庫で「スニーカー・ミステリ倶楽部」がありました。
綾里先生:
そちらかもしれません。そのシリーズがホラーも取り込んでいる印象もあって、すごく入りやすかったです。
特に稲生平太郎先生の『アクアリウムの夜』(KADOKAWA)が褒め言葉として気持ち悪くて。後半はカオスなのですけど、しっかり回収されながらコズミック・ホラーが書かれていて感動しました。
井上先生:
稲生平太郎さんは翻訳もされていますね。横山茂雄という別名義で、つい最近も『五本指のけだもの: W・F・ハーヴィー怪奇小説集』を。
綾里先生:
そうなんですね!
井上先生:
綾里さんはSFも読まれるのですね?
綾里先生:
そうですね。多いわけではないのですけど、結構読んでいます。
井上先生:
読書リストに飛浩隆さんの本が出てきて、思わず叫んでしまったのです(笑)。読む本の情報はどちらから得られておりますか
綾里先生:
その時の新刊一覧を見て、そこから好みのものを選んでいます。そうすると結構SFが入ってきますね。
井上先生:
他にどんなものを読まれていますか?
綾里先生:
最近だと、作品自体は最近ではないですが、小川一水先生の『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』(早川書房)や藤野可織先生の『ピエタとトランジ』(講談社)あたりは好きでした。
野口:
どちらもいわゆる百合といいますか、パワーを感じるタイプの強烈なシスターフッドですね。
綾里先生:
そうですね。その二作は当時、自分の中でシスターフッドブームを巻き起こしました。
ホラーをめぐるジャンル
野口:
井上先生は日本SF作家クラブ会長をされていらっしゃいます。
最近ですと、『恐怖とSF』(早川書房)も手がけておられましたが、ホラーとSFは近いところにあるのでしょうか?
井上先生:
はい。実はとても近い関係にあると私は考えています。
それ以前に、僕がジャンル関係なしに読んでいたものがSFで評価されていたということはありました。
例えばレイ・ブラッドベリ。僕は個人的にホラーだと思って読んでいましたね。
SF大賞を受賞した伊藤典夫さんが訳された『黒いカーニバル』(早川書房)が大好きで、結構グロテスクな話も入っていて、好きでした。
綾里先生:
私もブラッドベリはミステリだと思って読んでいました。
井上先生:
SFだからとかホラーだからとか関係なしに、すごいイメージで魅了してくれる作品を求めていました。そういう作品は、SFでも評価されているようです。
特に外国の60年代のSFには、かなりホラーの要素が入っていたような気がします。
70年代のジョージ・ロメロの「ゾンビ」など、あの頃、怪奇映画と呼ばれずに、SF映画と呼ばれていたように思います。
野口:
ジャンルは出版社のマーケティング用語な側面も強いとは思いますし、ホラーがホラーと呼ばれ始めたのが最近だと聞いたことはあります。
それまではその時人気のジャンル、例えばミステリだったり、ファンタジー、SFのジャンルの中で恐怖が書かれてきましたし、表現方法が育まれてきた印象です。
井上先生:
映画監督のアルフレッド・ヒッチコックは「スリラーの巨匠」と言われるけど、植草甚一さんのインタビューで、有名な「サイコ」を撮るときに、「今度撮るのはスリラーではなくホラー」という宣言をしていたとのことで、僕はそれを読んで「スリラー」と「ホラー」の違いをはじめて知ったと思います。ちなみに「鳥」もホラーとのことでした。
でも、この頃は、誰もホラー映画なんて言葉を使っていませんでした。もともとは怪奇映画とか恐怖映画などと言われていましたが、日本でホラー映画と言われるようになったのは僕の体感だと85年ぐらいからの印象があります。
僕は結構、「幻想と怪奇」という言葉が未だに好きでよく使っていますけど。
野口:
個人的な印象ですけど、井上先生が編まれている「異形コレクション」はもちろんホラーなのですが、幻想怪奇的作品も多い印象があります。
私は恐怖! よりも幻想怪奇が好きで嬉しかったのですが井上先生のお好みもあったのですね。
「ホラーの実験場」異形コレクション
綾里先生:
異形コレクションは見せる楽しさにあふれていて美しくて綺麗で怖いなと思っていたので、” ホラー小説とは、恐怖を楽しませるためのもの ”の「ホラーを見せる楽しさ」というお話はとても腑に落ちました。
井上先生:
そうですね。異形コレクションはある意味で実験場のようなつもりで、いろいろなことが出来る方を集めているような気がします。
僕自身もホラーでないものにホラー要素を見出して楽しんでいるところがあります。
それでお願いする作家さんにも、特にホラーを書いているわけではないけど、ものすごく美しいものを書いていて僕にはそれが怖く見えるという人にお願いしています。
あとは、僕は映画監督のフェデリコ・フェリーニが映像の中で見世物をするシーンがすごく好きで、そういった怖いものを楽しませるというのはやりたいなと思っています。
野口:
異形コレクションもそうですし、井上先生の『異形博覧会 怪奇幻想短編集』(KADOKAWA)もグロテスクでありながら、美しいものにたどり着くような感覚がありますし、それを見せていこうとするところはある気がします。
綾里先生:
異形コレクションは各作品の最初に井上先生の紹介が入っていますよね。的確で興味を引き込んでいく外連味のある文章が見世物小屋の支配人の向上のようなながして。あれはそういった意識をされていらっしゃるのですか?
井上先生:
紹介を付けるようになったのは外国の翻訳物のアンソロジーの影響ですね。
あと、外連味といいますか、ストーリーテラーっぽく書いているのは60年代のテレビ番組の影響も大きいです。
平成の時代だとわかりやすいのは「世にも奇妙な物語」のタモリさんの役回りなのですが、その形式はもっと前だと昭和の海外ドラマで、「トワイライトゾーン」で脚本家のロッド・サーリングが毎回、視聴者に呼びかけたり。ミステリーでは「ヒッチコック劇場」がアルフレッド・ヒチコック本人のブラックユーモアまじりの前紹介から始まっているんですね。そんなイメージで「異形コレクション」はやっています。
野口:
まさに現代作家さんの実験場という枠でされているのですね。
井上先生:
最初はホラーじゃないものも入っているとはよく言われたのですけど。確かに、怖くはないファンタジーだけれども、宵闇色に似合う作品だから入れてみたい、とかね。
野口:
ほの暗くて美しい作品群というイメージはあります。
綾里先生:
そのコレクションぶりが本当に魅力的です。
井上先生:
廣済堂時代はコンビニとかでも売っていたので、気軽に楽しめるアンソロジーという側面もあります。
当時は皆川博子さんの作品がコンビニにおいてありました。
綾里先生:
うらやましい。
井上先生:
廣済堂文庫の最初のやつは表紙もPP加工されていなかったので、大昔のこと。ずっとやっているので、それこそ吸血鬼みたいに年齢も歳月を忘れて作り続けてきたので、令和になって依頼した作家さんが子どものころから読んでいるって言われると、驚いてしまうことも多いです。
綾里先生:
そうなんですね。それこそ、ホラーの土壌を耕してくださったシリーズだと思うので、憧れを抱いている方は多いと思います。
昨今のホラーブームとこれからのホラー
野口:
昨今もホラーブームがあって、その中心にはモキュメンタリーがあるのかなと思っていますが、今後、こういったホラーが来そうみたいなイメージはありますか?
井上先生:
あらゆる多様なホラーの楽しみ方が、これまで以上に、理解されてくると思います。クラシックなものだったり、今風じゃないなどと思われている昔のやりかたも、再認識されたり、再構築されたりしてくるようにも思っています。
そもそもモキュメンタリーって大昔からやっていますよね。『吸血鬼ドラキュラ』(ブラム・ストーカー)もモキュメンタリーですし、当時の。
野口:
そうですよね。『吸血鬼ドラキュラ』も手紙や日記、新聞記事といった記述を集めたもので、井上先生も「抜粋された学級文集への注解」(『宵闇色の水瓶』(新紀元社)収録)なども出されていらっしゃいます。
語りや見せ方の面白さなのかなと思うのですが、何かあったらなと思っています。
井上先生:
まさに、いろんな実験の成果が活かされてくると思います。ホラー以外のジャンルで起きている変化にしても。
あと、これまで翻訳されてこなかった思いがけないような海外の国のいろんな空想の流儀をとりいれていくかもしれない。
野口:
今まで様々なジャンルと接続しながら育まれてきた語り方、表現がいろいろな切り口と媒体でまた出てきている感じだとは思っていたので、いろいろな流儀はとても気になりますね。
あとは実話怪談もずっと人気ですし、語り方の一つとして怪談とかはまた来るのではないかと個人的に思っています。
綾里先生:
怪談イベントは最近多いですし怪談師の方にハマっている知り合いもいて、怪談が広い層に受け入れられるようになったなという印象はあります。
新しい趣味にしている人もいるのだなと思いました。
井上先生:
僕もそこまで詳しくないですが、最近は怪談を語る方のなかでも、怖ろしい怪異の起きてもいないような、ちょっと奇妙な話ばかりを、怪談師のようにして語る方というのもいらっしゃるとのことで。おもしろいことになるかもしれない。
野口:
あとは、今までミステリやファンタジーに取り込まれていたものもホラーとして再発掘されるのはありそうですし、個人的には楽しみです。
綾里先生:
ホラーは多角的な写し方に耐えうるジャンルなので、面白い作品が出てくるのはとても楽しみですよね。
井上先生:
僕の初期のショートショートでは、文章で書いた「騙し絵」みたいなものを目指して、いろいろと実験していました。ホラーという落としどころがあると、安心して、いろんな実験ができるんです。
実験的といえば、ちょっと気になったのが、新しい作品ですと、ケイトリン・R・キアナンの『溺れる少女』(河出書房新社)という長編小説がありまして、それが〈信頼できない語り手〉の手法で書いているのですよ。
野口:
文字通りですが、語り手の認識が信頼できないので、そのフィルターを通して書かれた文章も本当かどうかで揺れる作品ですね。
井上先生:
巧妙な流儀で、ずいぶん前に、シャーリイ・ジャクスンもやっていました。綾里さんのリストにもあった『ずっとお城で暮らしてる』(東京創元社)とか。
綾里先生:
大好きです。
野口:
大好きです。
井上先生:
そういった叙述や語り方の揺らぎのようなものは、今までももちろんだし、今後のホラーでも重要な要素になるかもしれない、とも思います。
綾里先生の『夢食み探偵と眠れない小説家』はいろいろな境界を突き破ってくれる話ですけど、一人称と三人称の境界でも書いているのかなと思います。
綾里先生:
そうですね。少し意識したところはあります。
井上先生:
愛するものと愛されるものや、夢を見ているものと見られているもの、叙述や視点の境界も、かつて書かれた古典の小説と物語られているものの境界も。探偵と助手の境界もそうですよね。さまざまな境界線が、少しづつ侵蝕されていて、気付いたときにはすでに破られているような感覚がありますよね。それから、あの美しい結末に導かれていく。
こういう書き方の幻想と怪奇の小説って、やっぱり稀な存在だと思います。
だから今後のホラーを語る上では『夢食み探偵と眠れない小説家』はかなり重要な作品として挙げるべきだと思います。
綾里先生:
ありがとうございます。大変光栄です。
野口:
最近の文学や文学賞は人称も含めた語りという軸がより見られている印象ありまして、ホラーでもその意識が強くなるのはありそうでし、面白そうです。
今日はお二人にホラーの現在地に関するお話を聞けて大変光栄でした。ありがとうございました。
井上雅彦
1983年「よけいなものが」の星新一ショートショートコンテスト優秀作受賞をきっかけにデビュー。
監修するオリジナル・アンソロジー《異形コレクション》で1998年に第19回・日本SF大賞特別賞を受賞。
2024年、日本SF作家クラブ会長に就任。
『異形博覧会』『夢魔の幻獣辞典』(KADOKAWA)『燦めく闇』『珈琲城のキネマと事件』(光文社)『夜会 吸血鬼作品集』(河出書房)『ファーブル君の妖精図鑑』(講談社)『宵闇色の水瓶 怪奇幻想短編集』(新紀元社)『竹馬男の犯罪 新装版』(星海社)など著作多数。
綾里けいし
2009 年『B.A.D - 繭墨あざかと小田桐勤の怪奇事件簿-』で第11回エンターブレインえんため大賞小説部門優秀賞を受賞。同作を『B.A.D.1 繭墨は今日もチョコレートを食べる』へと改稿・改題し、翌年の2010 年にファミ通文庫よりデビュー。
『異世界拷問姫』シリーズ『魔獣調教師ツカイ・J・マクラウドの事件録 獣の王はかく語りき』(KADOKAWA)、『魔女の愛し仔』(星海社)、『偏愛執事の悪魔ルポ』『人喰い鬼の花嫁』(講談社)、『夜獣使い──黒き鏡』(早川書房)、『悪役令嬢について』(小学館)など、著書多数。
不条理で凄惨な悪夢。地獄の先で小説家と探偵が出会うものとは!?
絶賛の声続々!
終わらない仕事、眠れない夜、開いた物語に夢中になれることは一種の奇跡です。
めくるめく、酩酊、あるいは陶酔。おもわず指でなぞりながら読みました。
こんな甘い悪夢なら、いつまでだって、見ていたい!
―作家・紅玉いづき(『ミミズクと夜の王』(KADOKAWA)『現代詩人探偵』(東京創元社)著)
万華鏡のように艶やかな悪夢の残酷劇!
どこまでが夢で、いつからが現か。曖昧になる境にこそ真実が滲みだす。人は眠らずには生きられないもの。睡眠を侵す恐怖ほど怖いものはありません。…それでも地獄めぐりの終わりは泣きました。
―作家・夢見里龍(『後宮食医の薬膳帖』(KADOKAWA)『後宮見鬼の嫁入り』(TOブックス)著)
〝奇書〟という言葉が思い浮かびました。
幻想的で肉感的な悪夢に魅せられている内に、現実との境界線は曖昧になっていく。引用される名作の数々に、繰り返される煌びやかに倒錯したモチーフ。
その地獄巡りの果てには――ああ、これは探偵(ホームズ)と助手(ワトソン)の物語(ロマンス)なのだと再確認させられました。
―作家・椎葉伊作(『怪異―百モノ語―』(マイナビ出版)『オウマガの蠱惑』(KADOKAWA)著)
専業小説家・浅岸真宵。彼女は極度の不眠に悩まされていた。
彼女は『眠りの専門家』として夢食み探偵・壊夜うつつについて聞き、彼のもとを訪ねる。
現実離れした美貌をもつ、不思議な探偵は、彼女にある提案をする。
安らかな眠りを取り戻したいのならば、地獄を巡るしかない。そのために自分の助手となること。
不信感を頂きつつも、真宵は彼の手を取り——地獄巡りが開始された。
様々な文学作品をなぞるがごとき、悪夢の数々。
不条理で歪な地獄の底にて、真宵の見つける真実とは——。
『異世界拷問姫』シリーズ(KADOKAWA)の綾里けいしが贈る、夢とうつつが入り交ざる耽美ホラー譚。
担当編集のおすすめポイント
美しくもグロテスクな世界観を得意とする綾里けいし先生のホラー作品。
いくつかの夢を巡る物語ですが、夢の造詣がとにかく不条理でおぞましい。
どこまでも深みにはまっていくような展開と、少しずつ明かされていく探偵と助手の物語。
おぞましくも美しい、強烈な綾里ワールドをぜひお楽しみください。
MPエンタテイメント1周年記念施策はまだまだ続きます。
順次、note、公式Xで発表してまいりますので、お楽しみに。
また1周年記念施策は下記マガジンにまとめております。
