夏休みの宿題。
「サライ」が聴こえてくる。
それは夏休みの終わりを意味する。
自分は毎年焦っていた。
マラソンランナーが帰って来られるかどうか。
いや、違う。
夏休みの宿題が終わるかどうかだ。
夏休みが始まると毎年意気込む。
今年こそは、パパッと宿題終わらせるぞ!!
まずは簡単なものから。
ドリルを終わらせる。
今年はいい調子じゃないか!
俺頑張ってるじゃん!!
すぐに調子に乗るタイプだった。
去年より、
いいスタート切れた。
今週は家族で出かける予定もある。
ちょっとくらい休憩するか。
そうして
夏休みを満喫する。
祖父母の家に行ったり
お墓参りに行ったり、
温泉に行ったり、
美味しいものを食べたり、
ちょっとの休憩が続いていく。
まだ大丈夫!
まだ大丈夫!
そうすると、聞こえてくる。
「宿題やったの?」
あの感情は
勝手ながら全人類共通だと思っている。
人から言われると、やりたくなくなる。
「今やろうと思ってた…」
おかっぱ頭の
ちびまる子ちゃんのように
いつも屁理屈を並べた。
先延ばしにするのは
子どもの頃からの癖だ。
カレンダーめくっても、まだ夏休み。
だから大丈夫。
めくっても
今月は始まったばかり。
だから大丈夫。
気がつけば
夏休みは数える程度しか残ってない。
そして、残ってる宿題は
どれもみな、ラスボス級。
読書感想文。
自由研究。
それでも、
新しい朝を迎えると
とりあえず絵日記を開いた。
絵日記はいつも
昨日の日付の分を
次の日の昼に書いていた。
別に学校から定められた宿題でもない。
書いてることを言い訳に
宿題から逃げたかったのだろう。
今思えば
観察日記のようにして
自由研究を片付けてしまえばいいのに。
特に苦手だったのは
読書感想文だ。
よし!書けたぞ!
と、思って読み返してみると、
9割があらすじ。
「楽しかった」
「面白かった」
申し訳程度に一言添えてあるだけ。
とても感想文とは呼べない。
自分でも分かっている。
でも、
「これは感想文じゃないよ」
なんて他人に言われるのは腹が立った。
そう言っていいのは自分だけだ!!
子どもながらに、妙な反発心があった。
そうして、
その時は、やってくる。
さくら〜ふぶ〜きの〜♪
こちとら
宿題に手を振りたい。
ゴール。
夏休みが終わる。
いや、終わるな。
だって、
自分は宿題が終わってないんだから。
やれ!と言われるとやりたくない。
ギリギリになってもやりたくない。
結局いつも同じだった。
それでも、
風鈴の音。
まわる扇風機。
食べかけのスイカ。
氷が溶けた麦茶。
あー、夏休み。
今年も楽しかったぞ。
絵日記は毎年、笑っていた。
