神祭(しんさい・かみまつり)について①
師の後を継がせていただき、現在では自分より始まるグループで密かに行うお祭り。自分達はこれを「神祭(しんさい)」と呼んでいます。
なかなか聞きなれない言葉ですよね?
普段、「お祭り」と言えば、福岡ではお櫛田さん(櫛田神社)の「山笠(やまかさ)」や筥崎宮の「放生会(ほうじょうえ)」が有名ですが、今でも各地に残る「お祭り」と呼ばれるもの。
神社の大小・規模に関わらず、その神社に長年受け継がれたお祭り(例祭と呼ばれることが多いです)も日本には多く残っています。
自分なんか「お祭り」と聞けば、太鼓がドンドコドンドコ打ち鳴らされ、たこ焼きやお面が並んだ屋台。綿菓子やリンゴ飴。群がる人の波をぬって恋人同士、または幼い頃の記憶で迷子にならないように父や母と手をつなぎブラブラ歩いた記憶が思い出されます(´ー`)
今でものタレの焦げた匂いに誘われ、イカ焼きと焼きトウモロコシはマストのラインナップです!
本義で言えば、「お祭り」とは、その神社に祀られている神々様に対して神職が祝詞を挙げ、祝詞には神様に対しての感謝と願意(人からの要望)が読み上げられ、集われた神社の総代さんや氏子さん、崇敬者の方々と一緒に神様を喜ばせ、時に慰め、時に願いを分かち合う。同じ時間を一緒に過ごさせて頂く。これが神社神道でいうところの「お祭り」と呼ばれるもの。
今、自分達の人間としての魂を持って「見えない存在」「 かくりみ」の「神(かみ)」と呼ばれる存在と繋がり、気持ちを伝える太古からの方法の一つが「祭り」であると言えば分かりやすいと思います。
古来から「祈り」とはその歴史は古く、大地や自然の恵み・神々様から
もたらされるその恩恵を受け続け、人間はそこに「感謝」という心に変えて
さらにその心を形に現す 『祭り』 というものに変えてきました。
皆さんもよくご存じの「縄文式土器」だって、神様への祈り用に作られたものがあって(一部ではお祭りで使われる用と日常生活用とを一緒に使っていた事実も調査で判明しております)さらに進化して、高い芸術性を帯び、どう考えても私生活で使いづらい『火焔型土器』は神様へのお供え物用としてそのセンスが磨かれた説も有力です。
時にはこれからの吉凶を神に委ねより良い生活へと祈る願いも込めて
神々様と共に楽しんだり憂いたり、願ったり感謝したり。
・・・では一体、村雲が時に一人で。時に仲間と呼ばせて頂いている数人で行っている「神祭(しんさい)」とは一体、どんなものなのでしょう?
神祭を説明するには、もう8年前に亡くなった師匠の「特殊能力」を簡単にお話してから先に進めていきますね(´ー`)
特定の宗教法人やその他の宗教とは何ら関係もございませんが、まぁ世の中には数十年前からこんなことやってる人たちもいるのね、、、、的な感覚で読み流してもらって構わないと思います。
やってる本人は、人生の第一優先事項で死ぬまでやり続けることが生きている意味の大きな一つだったり、表に出す時はそこに小さな尊厳をもって生きています(´ー`)
