霊台(れいだい)とは
そろそろ昔に行った神祭(しんさい)の記事をアップしていきたいのですが、少し専門用語というか仲間内で使っている言葉が多いのでもう少し解説してからにさせて頂きますね。
→ note内「神祭(しんさい・かみまつり)について」
今日は「霊台(れいだい)」、かなり簡単に説明すれば、
「神様の言葉を受信し、紙と筆で言葉にサラサラと書き写す能力のある人間」を自分達グループは霊台と呼んでおります。
自分の神祭グループには、自分が霊道をひらかせてもらった3人の霊台の能力を持った方々がいて、祭りの最中・またはその前後に、神様からお言葉をいただきます。
霊台を中心として「視える人・聞こえる人・感じる人」「祈りの最中に言葉が降りてくる方、祈れば何かを感じる人」また師の時代から関係があった神祭の諸先輩方々など、ご助言いただきながら一緒に神祭を進めていくのが自分のスタイルです。
皆、それぞれ家庭があったり仕事がある身。なかなかすべての神祭を一緒に祈ってくれるのは難しいのですが、時間があえば一緒に神社で祈ったり、時に県外に出て神様めぐりを行ったり。
歳も性別もバラバラですが、共通点は・・・・・・
「神様が好き」との言葉は、幅も広さも深さも人それぞれでしょうが、
『神様への想いが人生の大切な軸のひとつとなっている』
『生きる上での信念に、なにかしら似通った体温を感じる』
『依存することなく神様や神界と向き合える』
ような感覚がしております。性格も社会通念もある一部分は考え方も全然、違うんですけどね、、、、なんかニュアンスが難しいな (-_-;)
話をしてて、後ろにいらっしゃる神様から許可が出た時には、師より教えて頂いた作法でその方の霊道を開く。その方の霊能を、紙と筆を使って(人を視る時は「筆書き」、神祭の際は「神示」と呼んでいます)言葉を落とせる「出口」に整えさせて頂く・・・という表現が近いでしょうか。
以前、師匠や師匠のお仲間さん達、兄弟子や弟弟子と行っていた神祭のカタチやあり方にも違いがあって戸惑うことも多くございますが、想いやお知らせから始まる神祭は、「霊台」と呼ばれる方々の神様からの言葉をある一定の目安として構成していきます。
実質、深い神様への知識も、宗派の積み重ねもない私たちは、この言葉だけを時に頼りに活動してきましたし、これからも死ぬまで続くと思います。
行った事のない場所の風景をまるでその場にいるかの様につむぎ出し、パソコンで調べても乗っていない神社まで、またはそこのご祭神の名まで時に言い当て、古代に活躍された神々の繋がりや性格、心の奥底に秘める想いまでつむぎだす神々様からの言葉・・・・・・神示。
いずれこのブログにも載せて頂くことともなりますが
まさに 「驚き」 としかいいようのない事です。
各霊台からは、その方を守られる神々、縁ある神々より言葉を貰う事が多いです。時にはその時の神祭に協力してくださる神々の言葉や、祭りの主人公となられました神々の声まで。
その言の葉は何千何万年と過ぎたであろう現代の私達の心に響き魂を揺るがせる力を持った、時に厳しく時に切なく。どこか懐かしく、どこか心の奥底がじんわりと温まるお言葉なのです。
