第二回:それでも受け入れなければならない保育士はどうしたらいい
こんにちは!
保育者専門のキャリア相談員、Hoiku522の、みーさんです!
本日のご相談は、前回取り上げた「こども誰でも通園制度」について、その後のお話です。
ひとつ前の記事では「第一回:こども誰でも通園制度をもっと詳しくおしえて」と題して投稿しています。
今回はその続編、それでも日常はやってくる保育士さんの心に寄り添うお話をしていきますね。
【再掲載】
私の園でも「こども誰でも通園制度」が始まりました。
制度の目的を聞けば、未就園の子どもや保護者を支える大切な制度なのだと思います。でも、園内の体制が整っているとは思えません。今でも職員に余裕がないのに、誰が担当するのか、在園児の保育をどう支えるのかも曖昧なままです。
利用された保護者からは、「先生たちの様子を見ていると、うちの子が迷惑がられているのではないかと心配です」と相談されました。そんなふうに感じさせたこともつらいですが、正直に言えば、「そう感じても仕方がない体制で始めた園にも問題があるのでは」と思っています。
国は、今の保育現場がどれだけ人手不足か、本当に分かっているのでしょうか。園も、制度を導入すれば何かお金が入るから始めたのでは……と考えてしまいます。その一方で、在園児と関わる時間が減り、いつもの子どもたちが待っている姿を見ると、申し訳なさが込み上げます。
結局、現場の保育士が我慢して回すしかないのでしょうか。
どんなに色々な事を思っても、現実ではその時がやってきます。園の体制を整えるまで待ってくれないものです。
受け入れ予定表には、すでに名前がある。
玄関には親子がやってくる。
職員配置は、今日もなかなかの綱渡り。
制度への疑問を抱えながらも、目の前の子どもには穏やかに接したい。せっかく来てくれたお子さんをめいっぱい可愛がりたいし、必要としている保護者さんの力になりたい。
そんな担当保育士さんへ、今回は「心の置き場所」について考えてみます。
1.納得と行動は、別々に進んでよい
経験を積んだ保育士さんほど、制度の理想と現場の現実の差がよく見えます。
子育て家庭を孤立させないという目的。
すべての子どもの育ちを支えるという理念。
保育園とつながる機会を広げるという考え。
その意義は分かる。
一方で、実際に受け入れるのは、すでに人手が足りない保育現場です。
「理念は分かる。でも、誰がやるの?」
「この人数で、そこまで背負わせるの?」
「子どものためと言えば、保育士は何でも引き受けると思われている?」
そんな心の声が大渋滞します。
ここでまず大切にしたいのは、納得できていない自分を説得しすぎないことです。
制度に疑問を感じる自分と、今日来る子どもを迎える自分。
その両方が、同じ心の中にいてよいのです。
人はつい、行動する以上は前向きに納得しなければ、と考えます。
けれど大人の仕事には、
「今も疑問は残っている。それでも今日は、私の仕事をする」
という進み方があります。
これは諦めよりも、ずっと主体的な態度です。
制度への賛否と、目の前の子どもへの誠実さを混ぜない。
その切り分けが、担当する保育士の心を守ります。
2.心の中に「二つの引き出し」をつくる
勤務に入る前、心の中に二つの引き出しを用意してみてください。
一つ目は「制度への意見」の引き出しです。
人員配置への疑問。
在園児への影響。
園の進め方へのモヤモヤ。
国や自治体に言いたいこと。
ここには遠慮なく、全部入れます。
ふたをして捨てるのではなく、ひとまず保管します。
二つ目は「今日出会う子ども」の引き出しです。
こちらには制度の資料も予算の話も入っていません。
入っているのは、
「どんな子かな」
「今日はどんな顔を見せるかな」
「この子にとって、この数時間はどんな時間になるかな」
という、目の前の一人への関心です。
受け入れ予定を見た瞬間に気持ちが重くなったら、
「おっと、制度の引き出しごと保育室へ持っていくところだった」
と心の中で声をかけます。
制度の引き出しは、職員室の脳内ロッカーへ。
保育室へ持っていくのは、今日の子どもの引き出しだけ。
少しおかしな想像ですが、心の切り替えには、こうした具体的なイメージが役立ちます。
感情を消すより、置き場所を変える。
怒りを抱えたままでも、目の前の子どもへ向ける表情は選べます。
3.この制度を苦にしていない保育士さんの声
同じ制度の中でも、比較的軽やかに受け入れている保育士さんがいます。
その方の言葉を、ここでは短いインタビューとしてご紹介します。
正直、制度について深く考え始めると、私もいろいろ言いたくなりますよ。
でも、子どもが来たら「今日は期間限定の担任」と考えています。
この子の成長を全部支えようとすると大仕事です。でも、今日の二時間だけなら、何か一つ心地よい記憶を残せるかもしれません。
泣いて過ごしても、帰る頃に抱かれる力が少し緩んだら、それで十分。
私のことを「知らない人」から「前に会った人」へ変えられたら、今日は成功です。
この保育士さんは、制度を全面的に歓迎しているから軽やかなのではなく、自分が担う時間と責任の範囲を、上手に区切っているのです。
国が掲げる大きな理念まで背負えば、誰の肩でも重くなります。
けれど、
「今日、この子の中に小さな安心を一粒置く」
くらいまで役割を小さくすると、自分の仕事が見えてきます。
豊かな保育をしようとするほど、足し算をしたくなります。
この制度では、ときに引き算の保育が力を発揮します。
急がせず、決めつけず、成果を大きく求めず、その子が園という場所を確かめる時間に付き合う。
経験のある保育士ほど、その「待てる力」を持っています。
4.気持ちを切り替える三つの言葉
ここからは、気持ちが重くなった日に取り出せる、三つの言葉をご紹介します。
一つ目:「変えられるものに力を注ぐ」
神学者ラインホルド・ニーバーの「平静の祈り」には、変えられないものを受け入れる落ち着き、変えられるものを変える勇気、そして両者を見分ける知恵を求める言葉があります。
この考え方は、保育現場にもよく合います。
今日の私が変えにくいものは、国の制度、園の方針、職員配置。
今日の私が選べるものは、子どもを迎える声の温度、自分の呼吸、帰る前に自分へかける言葉。
「全部どうにかする」から、
「今、私が選べる一つは何だろう」へ。
心のハンドルを、自分の手元へ戻す言葉です。
二つ目:「道をふさぐものが、道になる」
古代ローマ皇帝マルクス・アウレリウスは、『自省録』の中で、行く手を妨げるものが、かえって進む道になるという趣旨の言葉を残しています。
もちろん、制度の負担を「成長のチャンスです!」とキラキラ加工する必要はありません。現場は自己啓発セミナーの会場ではなく、午睡チェックと排泄介助が同時進行する場所です。
それでも、この制度によって初めて使う力はあります。
短時間で子どもの緊張を読む力。
関係の薄い保護者から必要な情報を受け取る力。
限られた時間に、その子の安心の入口を探す力。
目の前の面倒な状況が、長年培った専門性を別の角度から照らすことがあります。
「また負担が増えた」と感じたとき、
「この状況は、私のどんな力を使わせようとしているのだろう」
と問い直す。
答えがすぐ出なくても、怒り一色だった景色に、別の色が一滴加わります。
三つ目:「意味は、状況の中で自分が選ぶ」
精神科医ヴィクトール・フランクルは、人が置かれた状況の中で、どのような態度を取るかを選ぶ自由について語りました。
制度は選べなかった。
今日の配置も選べなかった。
受け入れ担当も、気づけば決まっていた。
それでも、
「この時間を、私にとってどんな仕事にするか」
という部分には、自分の選択が残っています。
国の制度を成立させるための二時間と捉えるか。
初めて園へ来た子どもと出会う二時間と捉えるか。
同じ勤務でも、自分の中に残る意味が変わります。
5.ベテランの百点は、静かで目立たない
中堅・ベテラン保育士さんは、新しい関わり方を一から教わりたいわけではないでしょう。
子どもが泣いたときの対応も、保護者への言葉も、在園児への配慮も、すでに身体に入っています。
むしろ苦しくなるのは、できることが多いからです。
子どもの不安も分かる。
保護者の遠慮も分かる。
在園児の小さな我慢も見える。
同僚の余裕のなさも察してしまう。
見える範囲が広いほど、心は忙しくなります。
だからこそ、百点の基準を自分で決めます。
今日は、泣いている子の身体から一度だけ力が抜けた。
在園児がこちらを見た瞬間に、目で「分かってるよ」と返せた。
お迎えで、その子らしい姿を一つ伝えられた。
それで百点。
ベテランの仕事は、ときに成果が静かすぎて誰にも気づかれません。
大きな活動を成功させるより、場が崩れそうな瞬間に少し支える。
言葉になる前の不安を受け止める。
子ども同士、家庭と園、制度と日常の間に、細い橋を架ける。
拍手も「いいね」もつきにくい仕事ですが、その静かな調整力が保育現場を支えています。
6.今日の仕事を、自分の人生へ持ち帰る
明日も、制度は続きます。
もし、この制度の難しさで心に影が落ちそうになったら、心の中でこう言ってみてください。
「制度については、まだ言いたいことがある」
「それでも、この子と過ごす時間は私の仕事として選び直せる」
「今日の私は、小さな安心を一粒置いて帰る」
保育士は、どんな制度にも黙って適応するための存在ではなく、制度が子どもの暮らしへ降りてきたとき、そこに人の温度を加える専門職です。
経験を重ねた相談者さんだからこそ、制度の粗さも、子どもの不安も、現場の限界も見えています。
その鋭さを、自分を苦しめる材料だけに使うのは、少しもったいない。
今日の二時間で発揮した判断力。
一瞬で読み取った子どもの表情。
さりげなく守った在園児との関係。
それらはすべて、相談者さんが長い時間をかけて育ててきた力です。
制度は、いつか見直される部分もあるでしょう。
園の運営も、少しずつ形を変えていくでしょう。
その途中にいる今日、すべてを好きになる必要はありません。
ただ、今日出会う一人の子どもに対して、
「この制度の中で会った子」ではなく、
「今日、私が出会った子」
と捉えてみる。
そして帰るときには、自分にも一言。
「今日も、よくやった」
制度への採点は国や自治体へ。
今日の自分への採点は、どうぞ少し甘めで。
そのくらいの配分が、日々の保育を続けてきた人の心には、ちょうどよいのだと思います。
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参考文献
マルクス・アウレリウス『自省録』
ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』
ラインホルド・ニーバー「平静の祈り」
Richard S. Lazarus, Susan Folkman『Stress, Appraisal, and Coping』
こども家庭庁「こども誰でも通園制度について」
