【映画感想文】ドレッシングのない高級サラダって感じで、まずくはないけど完成していない印象…… とはいえ攻めた結果の駄作だから次回作が楽しみになる愛すべき駄作でした! - 『箱の中の羊』監督:是枝裕和
是枝監督の新作『箱の中の羊』を見てきた。カンヌで酷評されたという前評判通り、たしかに駄作なんだけど、めちゃくちゃ攻めた結果の駄作だった。これは劇場で見ることができてよかった。この時代に日本で生活している甲斐を感じた。
ドレッシングのない高級サラダっていうのかな、まずくはないけど完成していない印象の映画だった。素材のひとつひとつはおいしいから食べられはするけど、もっといい食べ方あるよなぁって。そして、是枝監督自身も作りながらベストな調理法を模索し、テーマが広がりに広がり、社会問題の途方もなさに疲れ果て、SFの解像度が低いままアニミズムへ逃げてしまった感じのラストがけっこう残念。
たぶん、是枝監督もそれはわかっているはず。カンヌに出すという前提で予算が集まったからカンヌに出しているだけで、さすがにこれが評価されると思っていないでしょ。むしろ、ブランドを確立させたからこそ、映画を撮りながらトライ・アンド・エラーできるというか、失敗しても怖くないというか、かなり贅沢な一本として挑戦したんじゃなかろうか。
そして、結果的に持て余すほどテーマが多くなってしまった。
事故で子どもを亡くしてしまった夫婦のグリーフケアから始まって、その人がその人であるとはどういうことかを問うアイデンティティ問題だったり、上の世代に傷つけられた個人が下の世代を同じように傷つけてしまう連鎖をいかに断ち切るかという話だったり、自我の芽生えたヒューマノイドたちの階級闘争だったり。しかも、そこに創作論まで加わってきて、これらをひとつにまとめるのはさすがに不可能で、えい! ままよとて! と自然崇拝で強引に終わらせたことは想像に難くない。
おそらく、本来、千鳥の大吾演じる罪の意識を抱え父親が死んだ息子そっくりのヒューマノイドと交流し、自分自身を許せるようになるというのが主題だったのだろう。その証拠に大吾がヒューマノイドと水族館をぶらつくシーンは最高だった。水槽のタコを見ながら美味そうだなぁとつぶやき、風呂上がりに冷えたビールとタコの柔らか煮を決める幸せを語った際、子どもには理解できないという意味で「お前にはわからんか」と何気なくつぶやく。直後、「ヒューマノイドだからわからんかって意味ちゃうで」とことわる姿は素敵過ぎた。
もし、この映画を北野武監督『菊次郎の夏』のように大吾とヒューマノイドのロードムービーに留めていたら、100%傑作となっていた。なっていたけど、それって作らなくてもわかることであり、当たり前を当たり前にしているだけのつまらなさがある。是枝監督が囚われた罠はこれである。もっともっと攻めなくてはと勇猛果敢に突き進んだ。
作中、綾瀬はるか演じる母親が徐々に主体性を高めていくのが異質だった。息子を失った悲しみを抱えるだけでなく、建築家として、新しいものを産み出す苦しみと楽しさを饒舌に語り始める。ガラスと木というバラバラな素材を組み合わせ、家を完成させることは大変だけど、そこに建築の喜びがあるとか。ボツになったアイディアも残しておいて、試行錯誤の過程を眺めることに創作の面白さがあるとか。メタ的にこの映画自体のあり方が自己言及されていた。
これは是枝作品において珍しい。今後、是枝研究が進められていく中で『箱の中の羊』は重要な一本になることは間違いなくて、単体としては評価できなくても、フィルモグラフィーという大きな流れにおいて評価すべきという視点が導き出せる。また、ここにカンヌ映画祭で酷評された要因があるし、賞レースの欠点も浮き彫りとなる。
評論家は映画を芸術作品として鑑賞しがちなので、作品の外にある情報も含めて、つまらないものを楽しむ術を持っていない。でも、現実のわたしたちは別に映画を芸術作品と思ってなくて、しょせんは娯楽、どんな手を使っても楽しめるなら楽しみたいという俗な精神で適当に見ている。そういう意味ではいくらでも『箱の中の羊』を楽しめる。映画としては絶望的につまらなくとも。
是枝監督のキャリアを考えれば、駄作になることは早々にわかっていたはず。普通だったら、投げ出してしまってもおかしくない。あるいはきれいにまとめる方向へ舵を切るか。でも、是枝監督はそのまま完成させることにした。それは素直にすごいし、この経験は次回作に必ず活きてくると思う。
もし、次回作でテーマを絞り、今回出せなかった答えを出すことができたら、『箱の中の羊』はこのために必要な駄作だったのだと評価されるだろう。まるで北野武の『TAKESHIS'』『監督・ばんざい!』『アキレスと亀』を一本にまとめたみたいな感じで、倫理に反した不祥事を週刊誌に叩かれでもしない限り、好きなように映画を撮り続けることができる是枝監督がやるべきことを探し、迷いに迷って、しょうもない映画になっちゃったという人間らしさに満ちている。そして、北野武がその後、『アウトレイジ』という大傑作を撮ったことを考えたら、是枝監督にとって『箱の中の羊』は必要な駄作へ昇華する可能性は非常に高い。
とにもかくにも次回作が楽しみです!
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