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湯河原前で

精神的な鬱屈さと疲れから、日を無駄に過ごしているような感覚に苛まれていた。
どこか遠くへ行きたい。そう思い立ったとき、少し前に目にした芥川龍之介の年譜が脳裏をよぎった。自分の中で足りなくなっている「何か」を埋めるように、私は湯河原行きを決心した。
以前、熊本の黒川温泉を訪れたことがある。そのときに得られた執筆の感覚がとても心地よく、「またあのような温泉街や湯治場に行きたい」という思いが頭の隅にあったのも理由の一つだ。ちなみに黒川温泉を訪れたのは熊本地震の直前で、不幸中の幸いのような不思議な強運を感じたことを覚えている。私はどうにも、こういう場所の巡り合わせには恵まれているらしい。
人生を振り返ると、自分はどこかあらかじめ敷かれたレールの上を歩んできたように思う。
大きな努力をした記憶もなければ、頑張れないことなど日常茶飯事だ。それでも自分なりにもがくように生きてはきたが、やはり目覚ましいほどの努力をしたわけではない。その事実は少しばかり罪深くもある。悪くない堕落ではあるものの、私はどうしても理想の自分を夢見てしまうのだ。
湯河原へ向かう道中、私の心はかつてその地を歩んだ文学者たち――芥川龍之介、夏目漱石、太宰治、坂口安吾、島崎藤村らに重なっていた。
同時に、頭の中ではランボーや中原中也、種田山頭火のような詩人の気分でもあった。何者でもなく、ただ何にも縛られずに流浪する感覚だった。
もちろん、彼らのように特別な作品を残せているわけではないことは分かっている。それでも私は、どうしようもなくこの世界に存在していたいのだ。そんな思いを抱えながら、湯河原へと向かった。

せっかく神奈川へ行くのだからと、途中で鎌倉の寺院に立ち寄ることにした。鎌倉を訪れるのはおよそ10年ぶりのことだ。
まずは北鎌倉の浄智寺へ向かい、大好きな作家である澁澤龍彦さんのお墓を墓参した。

澁澤龍彦の墓


澁澤さんは私にとって特別な存在で、特に『高岳親王航海記』や『ねむり姫』、その他数々のエッセイを繰り返し読み込んだ記憶がある。
初めて訪れる場所だったため、受付の方に教えてもらいながら境内を散策した。周囲の静けさも手伝い、あまりの興奮から、まるでそこに澁澤さんがいるかのように独り言を語りかけてしまった。私自身のこと、今日ここに導かれた感激、『高岳親王航海記』への思い。未熟な私ができる手向けとして一本の線香をあげ、それが消えるまで静かに見守った。暑い日だったが、その瞬間だけは一瞬涼やかな風が吹き抜けた気がした。

お墓にはビールの「マルエフ」とウヰスキーの瓶が供えられていた。「マルエフ」という響きは、なんだか澁澤さんが好みそうな名前だなとしみじみと思う。その後、円覚寺と銭洗弁財天を巡り、心を清めた。

円覚寺総門
円覚寺の龍図
鎌倉の銭洗弁財天



再び電車に揺られ、目的地の湯河原へ。
小田原を過ぎたあたりの車窓から神奈川の海を眺めていると、芥川龍之介の『トロッコ』の情景が目に浮かぶ。無事に到着できるか少し不安だったが、なんとか湯河原の地に降り立つことができた。

湯治宿かふね


宿は「湯治宿 かふね」。元々あった旅館を買い取り、新しく作られた宿らしい。「湯治宿」という響きが私らしくて良いと思った(本音を言えば、単純に湯河原の中でリーズナブルだったからなのだが)
部屋に案内された後、夕食を探しに街へ出たものの、どこも少し高価で戸惑ってしまった。結局、奮発して鰻を食べることに。宿に戻ってからは温泉で移動の疲れを癒やし、少し執筆の推敲をしてから静かに一日を終えた。

湯治宿かふねの浴槽


翌日は「不動滝」を目指して散策を開始した。
湯河原の奥に位置する不動滝は、夏目漱石の未完の傑作『明暗』の舞台として知られている。主人公の津田と清子が再会する、まさにあの場所だ。漱石のファンとして、ここは絶対に訪れたかった。
道中、「文学の小径」を歩き、万葉公園にある国木田独歩の碑を目にした。そこには彼の著書『湯河原ゆき』の一文が刻まれている。

国木田独歩の碑「湯河原ゆき」


実はこれまで国木田独歩をあまり通ってこなかったのだが、今回の旅の前に読んでみると非常に面白かった。「なぜ今まで読まなかったのだろう」と少し損をした気分になる。私の大好きなエレファントカシマシにも『武蔵野』という曲があるし、永井荷風の影響で東京の古い町並みを探すのが好きな私にとって、本来ならもっと早く出会っているべき作家だったのだ。
そうこうするうちに不動滝へ到着した。

不動滝


滝の落ちる様をじっくりと眺め、宿へ戻ってからは執筆をしたり、考え事をしたりして過ごした。

やはり、新鮮な空気に身を置くと自然とアイデアが湧き、じっくりと思考を深めることができる。あっという間に時間は過ぎてしまったが、実に素晴らしい旅となった。
新しい景色に触れるたび思う。退屈さこそが、私にとって最大の敵なのだと。
あてもなくフラフラと歩きながら、世間から少しズレているくらいが、私にはちょうどいい。


令和八年 八月二十九日 
七山夏鈴

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