【エッセイ】 審判と秘密兵器
私が公務員として働き始めたころ、職場対抗のソフトボール大会があった。
御存知の通り、わたしは球技そのものが得意ではないので、ソフトボールなんてちっともやりたくない。
しかし、職場の人たちはこの大会に異常なほど執着していた。
昨年はどこに負けたとか、誰を先発にするとか4番にするとか。
Excelの扱いは下手くそなのに、バットの扱いは得意な人。
納期はちっとも守らないのに、試合のルールはきっちり守る人。
メールの返信は遅いのに、ボールの返球は早い人。
そんな、異常とも言える職場のソフトボール愛のせいで、私も否応なく練習に駆り出されていた。
しかし、しつこいようだが、私は球技が得意ではない。
外野フライも内野ゴロも捕れないし、キャッチボールすら怪しい。
ましてや、ソフトボールにはトラウマのようなものも持っているのだ。
当然、練習はいつもグダグダだ。
20代で体格の良い私を育て、今年の大会でフル稼働させようと目論んでいた監督(課長補佐)だったが、大会1ヶ月前にはもう、私の育成を放棄した。
こうして迎えた大会当日。
その日、私には2つのミッションが与えられた。
1つ目は、他の試合で審判をすること。
2つ目は、試合中は大声で相手を威嚇すること。
まず1つ目。
満を持して、3塁側の塁審に立つ。
ルールはよく知らないが、アウトかセーフかを判断すれば良いのだろう。
それなら、テレビのプロ野球中継なんかで見たことがある。
試合は思いのほか投手戦となり、なかなか出番は来ない。
だんだん飽きてきた私は、靴紐でも結び直そうと腰を下ろす。
と、次の瞬間、うぉーっっ!と歓声が起こった。
顔を上げると、白球が外野の方まで飛んでいったのがわかった。
ランナーが1塁を蹴る。
ボールはまだ返ってこない。
ランナーが2塁を蹴る。
ものすごいスピードでボールが返ってくる。
次の瞬間、あろうことかよりによって、私が担当する3塁でクロスプレーが起こったのだ!
あんなに騒がしかった試合が、一瞬にして静まり返る。
この試合に関わる全ての者たちが、いや、この地球上のすべての人類が、私の判定を待っている。
だが、ここでひとつだけ問題があった。
クロスプレーの瞬間を、3塁塁審の私は見ていなかった。
判定を謝れば、もしかしたら乱闘騒ぎになりかねない。
投手戦のこの試合、1点が勝敗を分けると言っても過言ではない。
あまりの責任の重さに卒倒しそうになる。
いや、大丈夫。
審判は神様も同然、誰も文句を言うはずがないではないか。
そもそも、私に審判を託したお前らのせいだ。
というわけで、好きにやらせてもらうぜ!
「セーフ」
その瞬間、湧き上がる歓声とともに、明らかに私に向けられていると思われる罵声が飛び交う。
「ふざけんな!なにがセーフだ!ぶっころすぞ!」
「おめーどこに目つけてんだ、くそやろう!」
「試合をぶっ壊す気か!ポンコツめが!」
正直なところ、アウトでもセーフでもどっちでも良かった。
しいていえば、早く試合を終わらせたくてセーフを選んだだけだ。
しかし、罵声を浴びせれば浴びせるほど、私の意思は硬さを増してゆく。
罵声を浴びせるような野蛮なお前らに、勝利は渡さない。
こうして、私の審判デビューは成功のうちに幕を閉じた。
そして2つ目。
あんなに気合入れていたのに、私の職場は3回を終わるころに24-0と、ボッコボコに打ちのめされていた。
そして、32-0で迎えた4回の裏の攻撃。
2アウトランナー2塁。
突然、監督(課長補佐)が私を呼び寄せた。
そして、審判に向かって代打を告げると、私の背中をポンッと押した。
しつこいようだが、私は球技が得意ではない。
なのに、体格だけはスポーツ万能っぽい体格をしていてる。
そんな私が打席にたった瞬間、相手チームがざわつき始めた。
聞こえてくる声をまとめると、どうやら秘密兵器だと思われているようだ。
いいだろう。
そっちがその気なら、こっちも秘密兵器っぽい感じで行くしかない。
そうして、相手投手を鋭い眼光でにらみつける。
さあ投げてこい、オレが秘密兵器だ!
初球。
ど真ん中のストレートを見送る。
なるほど、なかなか良い球を投げるではないか。
2球目。
外角高めのストレート、空振り。
惜しい(自分的には)。
3球目。
外角低めのストレートを見送る。
この低めは気をつけたほうが良さそうだ。
「ストライク、バッターアウト」
こうして、相手を威嚇することもなく、楽しい楽しいソフトボール大会は幕を閉じた。
あの大会から何年が経ったことだろう。
秘密兵器だった私の秘密の力は、今現在も秘密のままである。
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