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ココロネの木


植物は深く根を張る。
野に咲く草花も
大きく伸びた樹木も
大地から養分を得て成長している。

小さな種から新芽が芽吹き
にょきにょきと張り巡らせた根から
少しずつ育っていく。

茎や幹が育ち、枝葉が伸び始め
やがて、花を咲かせ実が実る。

花や果実を目にすると
癒しや笑顔が自然と生まれる。

木の実をつけるかは
品種によって異なるけれど
花も木の実も短期間では
咲かせないし、実らない。

長い時間の中で
雨風を浴びながら成長していく。

深く根を張り、陽の光を浴びて
栄養を蓄えて呼吸を繰り返す。

青々と茂った木々たちも
長い年月をかけて
力強い幹を育んでいる。

幹には外から見えなくても
幾重にも培われた年輪が刻まれている。


幹から伸びた枝葉は
ゆさゆさと風に揺られながら
陽の光を浴びて栄養にするけれど、
強い直射日光を浴び続けると
葉が傷み、葉焼けしてしまう。

栄養が行き渡らなければ
枝葉は垂れ下がってしまうこともある。
葉がしおれて、枯れ葉や古い葉を落葉させる。

乾燥や冬が近づく季節の変わり目に
葉を散らすのは水分不足で
樹木そのものが枯れ果てないように
するためらしい。

植物に水をあげすぎると
根が呼吸できなくなってしまい
酸素供給出来ずに根腐れして
枯れてしまうことだってある。

植物も当然ながら生きている。
育てる時には、こまめに観察して
水やりと光量の調整の
メリハリが大切みたいだ。

植物を育てるのも
繊細で愛情を持って
見つめる必要があるんだと感じた。


植物園に足を運んで
たくさんの草木や花を眺め、
穏やかに癒された。

植物のことを調べているうちに
人と心も同じような気がした。

草木が大地に根を張るように
人も内側にゆっくりと心根ココロネを張る。
その根は外側からも自分でも見えにくい。

根が深く伸びなければ
茎や幹、枝葉に栄養が行き渡らない。

僕は心根ココロネの存在は、
“自己尊重”と“自己効力感”
なのかなって気がした。

自分の気持ちや感覚を
素直に受け止めて尊重することで
少しずつ自身を優しく敬って、
自分だけでなく、周りの人も
大切にできるようになる自己尊重


ほんの小さな達成や成功体験で
「自分にもできた」
「自分にだって、できるんだ」
といった自分の力を信じる感覚を育んで
少しずつ自信を育てる自己効力感


ただ、
草木が水を与えすぎると
根腐れするように

偏った優しさや親切心といった、
甘やかしの水を与えすぎると
「自己尊重」「自己効力感」
ではなくて
「自己中心」「自己嫌悪感」

なってしまう気がした。


利己的に自分の都合や利益のみを優先して、
周りや相手の気持ちや都合は考えずに
意見も蔑ろにするような
他者への配慮や大切にすることを
しないのが自己中心


“自己尊重”と“自己中心”は
似たように感じられますが、

自己だけではなく、
周りへの配慮や尊重の有無
全くの别者になります。

何でも優しく受け止め、
甘やかされて許され続けてしまうと
自己中心的なエゴイストの歯止めが
効かなくなってしまう気がします。

“自己嫌悪”に関しても
周りが親切心で良かれと思って、
先回りで手伝いすぎたり、
教えすぎてしまうと

自分に自信を持つ機会が持てず
任せてもらえないストレスで
欠点や失敗に恐れるようになったり、

過度な期待や干渉
周りとの比較や
完璧に期待に応えられない未熟さを
請け負いすぎて、
自分を卑下しがちな傾向に
なってしまう
ことも
あるような気がします。

優しさと距離感のメリハリが
健全な個々の根を育てることになるのかな
って感じています。


少しずつほぐして
根を剪定していけばきっと
根は育ち、張り続けられる。

根が自己尊重と自己効力感だとしたら
茎や幹はなんだろう。

これまでの歩んできた“人生の輪郭”
のような気がした。
樹木に刻まれた年輪と
これまでに刻まれた記憶や経験の糧が
重なるように思えたから。

外側からは、
その人の記憶や経験を
見ることはできない。

酸いも甘いもいろんなことを
吸収しながら伸びていく。

幹や茎は、根と葉から養分を
吸収して成長する。

葉は陽の光を浴びて栄養を作る。

置き換えるとしたら
葉は、感情や価値観、固定観念で
陽の光は周りから浴びてきた言葉や情報

なのかなって感じた。


感情や価値観・固定観念は
どんな言葉、光景を
見聞きしてきたかで変化して、
その人にとっての常識になってしまう。

強い言葉や光景を浴びてしまえば、
強い陽の光で葉焼けするように
感情も、しおれてしまう時もある。

枝葉のように
ゆさゆさと風に揺られながら
古い葉や枯葉は落としていく。

感情を揺られながら
いろんな視点や捉え方に吹かれて
価値観や固定観念も変わりゆく。

葉から流れる情報や知識と
根から流れる感覚や本心が
茎や幹へと届けられて、
その人の知恵と本質の輪郭
育まれていくような気がした。

そして、
自分を責めず、他人と比較もせずに
自分らしく、ありのままでも良いと
自己肯定感も徐々に育って、
自分を大切していける
ように感じた。


栄養と養分が行き渡った時、
美しい花を咲かせ、
魅力的な木の実が実る。

花や木の実は
人それぞれ異なる。

数字やデータで目に見える
成果や実績
多くの人からの賞賛を得ることが
花や果実になる。

普通はそうなんだと思う…。

けれど、僕はそれより
少なかったとしても、

心が楽になる安心や
感謝と笑顔のある温もりを
分かち合える花や果実を結ぶ
草木で在りたい。

ココロネの木をこまめに
丁寧に観察して育てていく。

昨日より、ほんの少しだとしても
自分らしい呼吸で
景色を見つめられたなら、

その内側には新しい年輪が
また一つ刻まれていく。

早咲きの花もあれば、
遅咲きの花だってある。

すべての花が同時に
咲き誇ることはないし、
ばらばらの時期に実を結ぶのだから。



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