見出し画像

わかっている

うっすら発表会に出たくない。

直接の原因は、前まで弾けていた箇所が急に弾けなくなったことだ。
ピアノをやっていればそんなことは「あるある」だし、先生にも「そこは肝じゃない」と言われた。
実際、音楽全体からすれば本当に些細な部分なのだと思う。
もっと注力すべきところはたくさんあるし、実際に先生も「聞いていてそんなに気にならない」とおっしゃる。

頭では、わかっている。

昨年の発表会のとき、先生に言われた。
発表会というのは、どこかに完成形があり、それを期限までに仕上げて披露する場ではない。
そもそも曲が完全に仕上がることなどないのだから、その時点での到達点を出すものだ、と。

その考え方でいえば、弾けない箇所があっても、それが今の自分なのだから、それを出せばいい。
弾けない部分を100点にしようとして全体が30点になるより、多少課題が残っていても全体として60点くらいにまとまっているほうがいい。
全部を今すぐ解決しなくても、課題を保留して前へ進むことも必要だ。

そんなことは、全部わかっている。

でも、単純に「弾けない」という事実が嫌なのだ。

最近の練習は、「弾けないところを弾けるようにする練習」ではなく、「弾けなくても気にしないようにする練習」になっているように感じる。

性格的に、「気にしない」が難しい。
本番では実力通りにいかないことのほうが多い。
だから、今できないことは、本番ではそれ以下になるだろうと思う。

昨年経験して、1回の本番は100回の練習に勝る、というのは本当だと思う。
だから発表会に価値があることもわかるし、その価値を得るには簡単な曲では意味が薄い、というのもわかる。

全部わかっている。

練習でできていたことが、本番で緊張してできなかった、なら納得できる。
でも、練習でもできず、音が並んでいない状態で本番に臨むのは、発表以前の問題という気持ちが拭えない。
本番で失敗することより、弾けないまま出ることが嫌なのだ。

このまま弾けないと決まってはいないし、本番までまだ一か月以上あるけれど、激ネガティブな現在地。