ときには降り積もる雪を眺めるように | 脳内行動派! #11
自宅から一歩も外に出ない日常を書いています。
驚くべきことに、マガジンにまとめるという愚行を始めました。
前回はこちら
降り積もるということばには、とても幻想的で美しい響きを感じる。
夜空に輝く月が照らす降り積もる雪、なんてものを想像してみてほしい。
そんな世界で展開される出来事は、人の感性を一瞬でファンタジーの世界に連れて行ってくれる。
これが、真夏に観る絵画の世界なのだとしたら、なおさら効果的だ。
絵画の中に吸い込まれるように導かれ、物語の主人公として、静かに旅立つその出発点には、降り積もる雪があり、月明かりに照らされているのだ。
氷と雪の世界。
現実とのギャップに身も心も震えるはずだ。
頭巾を被り、赤くて可愛らしい手袋をした子供が、荷物を持って通り過ぎていくのだ。
それを目にしてしまったら、追いかけるしかなくなる。
理由なんてどうでもいい。
物語とは、そういったものだからだ。
過ぎゆくものを追いかけないのならば、それはただの観光地になってしまう。
そうして追いかけて行ったその先には、きっと古びた礼拝堂などがあるに違いない。
雪の降り積もる中、目の前に現れたそういった建物には入らざるを得ないはずだ。
暖を取らなければ凍えてしまう。
物語においては、詳細は置いておくとして、ともかく暖炉が出て来なければならない。
このとき、暖炉に火をつけたことがない、なんてことを心配してはいけない。
熟練の冒険者だろうと、小さな子供だろうと、普段使用人に取り囲まれたお坊ちゃんお嬢ちゃんだろうと、王様だろうと、物語の世界においては暖炉に火をつけることができるようになっているのだ。
これは、物語というものの画期的なシステムのうちの一つだと言えるだろう。
そこに暖炉がある。
だから、火をつける。
この上なくシンプルだ。
だから、万が一、物語の世界に入り込んでしまったとしても、暖炉に火をつけるということだけは心配する必要がないのだ。
そんな古びた礼拝堂には、例外なく書庫がある。
そして、そこはめったなことでは足を踏み入れることができない厳重なものであることが常だ。
誰でもかれでも、いつだって入れるというような陳腐な場所ではないのだ。
人が入ることがないということは、そこには埃が降り積もっているはずだ。
現実世界で埃などが降り積もってしまうと、あっという間に目も鼻も痒くなる。
私自身、3秒と持たずに喘息で苦しむ結果になることは火を見るより明らかだ。
しかし、そこは物語の中の世界。
そのような苦しみが襲ってくるようなことは、決してないのだ。
ただただ、窓から差し込む月明かりの元舞い散る埃に幻想的な感動を抱くことになるのは間違いがない。
降り積もった埃を、そっと払う。
あるいは、息をそっと吹きかけるというのも趣深い。
そこに書かれているものが何なのか、なんてことは、物語イン物語の世界なので、その場で知る必要はない。
ただ、その雰囲気に酔いしれるだけでいい。
不思議なことに、ろくに読んだことすらない知識が、物語の中ではこれでもかと言わんばかりの勢いで、ことが進むに従って降り積もってゆく。
どんな事実があり、どんな問題があり、どんな希望があるのか。
物語においては、これをリアルタイムで語るなんてことはそうそうない。
主人公が、登場人物の誰かが、語り手が、ただただ、知った。
この事実を持って、読み手の知らないことが少しずつ静かに、降り積もっていく。
そのようにして降り積もった事実というのは、物語を美しく、ときには不幸に、ときには希望として、展開していく。
だから、降り積もるということはとても美しいことばだと言えるわけだ。
温かい白飯に、静かに降り積もるふりかけは、今日はちょっと一気にふりかけすぎたな、と、人生に対する反省を促す。
だが、反省のない人生などあってはならない。
人は、思い、悩むことで次の一歩へ踏み出すことができるものなのだ。
そんな反省を促す、降り積もったたらこ味のふりかけは、人生を美しく彩る、ピンク色をした雪のようなものであることに疑いの余地はない。
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