『夜と霧』と母の記憶
「お母さん、若い頃に、すごい本を読んだのよ。アウシュヴィッツの本でね…。」
母は、いつになく興奮した様子で話してくれた。私が小学生の時だったと思う。
題名も、著者の名前もわからなかった。
ただ、「母がそこまで言う本なら、いつか読んでみたい。」
そう思ったことだけは、強烈に覚えている。
母は高校へ進学したくても、家庭の事情でその夢を諦めなければならなかった。
そして、そのコンプレックスを埋めるように、「世界の名著」と呼ばれるものを片っ端から読みあさった。
そんな母が、二十代前半で出会い、
「すごい本だった」と興奮気味に語った
一冊。
それが、ヴィクトール・フランクル著
『夜と霧』だった。
大学生になった私は、ある日、大学の図書館でその本を見つけた。
「あっ……きっと、この本だ。」
恐る恐る借りて帰ったものの、
表紙から漂う重苦しい空気に圧倒された。
さらに巻末に収められたアウシュヴィッツの写真を見た私は、あまりの恐ろしさに、本を部屋の隅へ押しやり、見えないように布をかぶせた。
それは、当時の私にとって、とても一人暮らしの部屋で読むことができるものではなかった。
結局、昼間の明るい図書館でページをめくることにした。
読み終えて外へ出た時のことは覚えている。
吸い込まれるような青空が広がっていた。
本の中の色の無い世界とのギャップ。
本の中の出来事ではない。
本当に、この空の下で起きていたことなのだ。
しかも、それは遠い昔の話ではない。
ほんの半世紀ほど前まで、この世界には、
あの現実があった。
そのことが信じられなかった。
大学生だった私の心を最も揺さぶったのは、フランクルが愛する妻を思う場面だった。
極寒と飢え、過酷な労働。
明日、生きていられる保証さえない収容所で、彼は妻を思う。
妻が生きているのか、それとも、もうこの世にはいないのか。
それすらわからない。
それでも彼は、妻を思うことで心の中に幸福を見いだしていた。
人は、環境が幸せにするのではない。
愛することのできる心が、人を幸せにするのだ。
収容所は、彼の自由を奪った。
食べ物も、衣服も、未来も奪った。
それでも、愛だけは奪うことができなかった。
人間とは、なんという存在なのだろう。
社会人になり、仕事で行き詰まったとき。
夫婦関係で苦しかったとき。
私は『夜と霧』を開いた。
中でも、何度読んでも心に残る一節がある。
「人生に何を期待するかではなく、
人生が私に何を期待しているか。」
この言葉が、私の人生を静かに軌道修正してくれる。
「なぜ私が」という被害者的な視点から、
「この状況で、私はどうあるべきなのか」と問われ、自ら答えを出す視点へ。
すると、人生の景色が変わる。
フランクルは、それを「コペルニクス的転換」と呼んだ。
また、同じ頃、母とアンネ・フランクの話もしたことがある。
母は日記をつける人だった。
私は言った。
「お母さん、文章に残すって、すごいよね。何年も後の人が読めるんだもん。書かなかったら、残らないんだもんね。」
あの頃は、アンネ・フランクのことを話していた。
けれど今、その言葉は私自身に返ってきている。
アンネは書き残した。
フランクルも書き残した。
そして母は、日記を書き続けた。
だから私は、その人たちの思いに触れることができた。
書き残された言葉は、時間を越える。
人の生死を越える。
今回、『夜と霧』について書こうと思い、noteで検索すると、1500件を超える記事が投稿されていた。
「こんなに多くの人が書いているのに、私が書く意味はあるのだろうか。」
そう思った。
けれど…
私は、本の紹介を書きたかったのではない。
母から受け取った一冊の本を、今度は誰かへ手渡したかったのだ。
読んだ人の魂を深く揺さぶる本は、
一生のうちに、そう何冊も出会えるものではない。
『夜と霧』は、まさにそんな一冊だった。
そして、あの日、母が興奮気味に
「すごい本だった」と語った言葉は、
何十年という時を超えても、少しも色あせることはない。
