再読時間の喜び
ところで、すぐに再読のことに入りたいところだけど、
その前に書きたいことがある。
散々、書店がない街に引っ越すと嘆いていた私だが、ここへ来て、書店を見つけた。小さなショッピングモールの中に小さな書店があった。車でいくようなところなので、私の自由意志ではどうにも出かけられないが、機会さえあれば行ける。
数日前のこと、その書店をゆっくり見てまわって、久しぶりの立ち読みにふける時間の楽しいこと。これこそが私の求めていたこと。
文庫のコーナーで、いつも通り過ぎる時代小説の棚で、背表紙が浮いて見えた。そして、もう一冊浮いてきたその本たち。

宇能鴻一郎『姫君を食らう話 宇能鴻一郎傑作短編集』
森茉莉『贅沢貧乏』
宇能鴻一郎は、平松洋子の書評で知り、平松洋子『食べる私』の中でも対談していたため、興味があったのだけれど、書店にて出会ったのは初めて。官能小説の部類に入るけれど、普通の官能小説ではないことは承知している。まだ、立ち読みしかしていない。先を読むのは、ここぞというときのためにに積読しておく。
森茉莉『贅沢貧乏』は、10年以上前に出会っているが、そのときに買わなかった。森茉莉の小説を一冊読んで、もう二度と読むものか、そう思ったが、それからというもの、書店のちくま文庫の棚の前でも手に取らなかったが、最近読みはじめていた。『贅沢貧乏』は、今読んでいる最中。
新居にて新しい本が手に入った喜びはどれだけのものだろう。心が潤う。
さっそく再読について。
新居での癒やしの時間は、もっぱら読書。本棚の並びが前とはちがくなって、感覚でさっと取り出し、読み出す時間。最後まで読む場合、拾い読み、そんな感じ。

高村智恵子『智恵子紙絵』
森茉莉『幸福はただ私の部屋の中だけに』
宮沢賢治『宮沢賢治詩集』
谷川俊太郎『行先は未定です』
吉本ばなな『「違うこと」をしないこと』
ヘンリー・D・ソロー『孤独の教え』
エスター・ヒックス+ジェリー・ヒックス『新訳 人間関係と引き寄せの法則 パートナー・家族・セクシュアリティ人間関係の秘密』
長田弘『読書からはじまる』
小澤典代『金継ぎのすすめ ものを大切にする心』
沖潤子『PUNK』
以上がここ数週間の再読、拾い読み、ぱらぱら見。
部屋が変わったものだから、読み方が変わった。
もっぱら、椅子に座ってはいるが、最近の至福の時間は、布団の上にベッドカバーをかけて、その上でごろごろしながら読書する。
そのベッドカバーが特別なのだ。安物のプリントの印度更紗の色の気に入らないところを好きな色で自ら刺繍した、世界に一点物の大事な作品。その上でごろごろする。そして、読んだ本たち。
今は、大いに休息をとる時。自分を甘やかしてゆったりと過ごす。
本を多めにもってきてよかった。再読の楽しみは、初めて読んだような気になるところ。読んだはずなのに、すっかり忘れている。そんな感覚に陥る。やはり、完全な読書などありえないのだ。だから、本は何度でも楽しめる。
ああ、これが喜び。
最高20回読んだのは、フランソワーズ・サガン『悲しみよこんにちは』。もう今は読まないが、ぼろぼろになって本棚におさまっている。
これからも、再読に走る部屋でのんびり過ごすことにする。簡単に本が手に入らない状況になって、情報が少なくなるのもいいものだ。
空川ナオ
