第0回 一口馬主のための予測モデルを作っています —「通説を検証する」の、その土台の話
「管が細い馬は故障しやすい?」「きょうだいが走れば本馬も走る?」「名門牝系は走る?」——一口馬主にまつわる、こうした通説を、データで検証する記事を、これから書いていこうと思っています。
その第一歩として、まず土台の話をさせてください。そもそも私は何を基準に「効く/効かない」と判断しているのか。 実は——募集馬の予測モデルを自分で作っていて、これからの記事はその"部品探し"の記録です。 少し裏側の種明かしから始めます。
白状すると、昔の私はこう選んでいた
モデルの話の前に、恥ずかしい昔話を一つ。
一口馬主を始めたころ、私は募集馬をこんなふうに選んでいました。カタログとにらめっこして、その馬の"良いところ"を、片っ端から挙げていくんです。
「この仔は早生まれ。早生まれは成績がいいらしいから、プラス1点」
「この測尺の数字が理想的だ、プラス1点」
「父の種牡馬成績(AEI)が高い、良血だ、プラス1点」
「あ、この父はフィリーサイアー(牝馬が走る父)だから、牡のこの仔は見送ろうか……」
そうやって、あちこちから拾ってきた"良いところ"を数えて、良い点が多そうな馬の中から、なんとなく雰囲気で選ぶ。——そういう選び方でした。
まじめにやっているつもりでした。でも今ふり返ると、ここには落とし穴が2つありました。
ひとつは、それぞれの"良いところ"が、本当に効くのか確かめていなかったこと。「早生まれは走る」も「この測尺がいい」も、聞きかじった通説で、自分では裏を取っていませんでした。
もうひとつが、もっと厄介で——拾ってきた"良いところ"が、互いに重なっていたこと。たとえば「管が太い」と「体が大きい」は、ほとんど同じことを言っています。なのに別々に1点ずつ足すと、同じ長所を二重に数えてしまう。バラバラの項目を、頭の中で統合しないまま足し算していたわけです。(この"管と体格の重なり"は、いずれ管囲をテーマにした回で、じっくり検証するつもりです。)
この"雰囲気の寄せ集め"を、やめたかった。 それが、予測モデルを作り始めた動機です。
何を作っているのか
やっていることは、シンプルに言うとこうです。
募集の時点で分かるデータ(体高・体重などの測尺、血統、厩舎、価格……)から、その仔が将来「勝ち上がる確率」「重賞級に届く確率」を計算する——そういう予測モデルを、機械学習で作っています。昔の私が"バラバラに"見ていた項目を、一つのモデルの中で、重なりも込みでまとめて計算させる、という発想です。使っているのは、中央競馬の全成績(2008年以降・約88万レコード)や、繁殖牝馬名簿、サンデー・シルク・キャロット3クラブの過去の募集データです。
大事なのは、目的が「1頭を当てること」ではないこと。競馬の、しかも2歳になる前の仔の将来を、ピタリと当てるなんて誰にもできません。狙いはもっと地味で、
分の悪い一頭を見送る(過去のデータ上、明らかに旗色の悪いタイプを避ける)
迷ったときのタイブレーク(甲乙つけがたい2頭で、そっと背中を押す)
この2つです。最後の決め手は、いつだって現地で自分の目で見て、応援したい仔を選ぶこと。モデルは、その手前で分の悪い一頭を見送るための道具にすぎません。
モデルが見ている手がかりは、ごくオーソドックス
そのモデルは今、だいたい12個の手がかりを見ています。専門的な中身は省いて、ざっくり挙げると——
父の成績・母の成績(血統の質)
厩舎(どの調教師のところに入るか)
体高・体重・胸囲・管囲(馬体の測尺)
牡か牝か
初仔かどうか(母にとって何番目の仔か)
調教師の直近の成績(勝率など)
見てのとおり、奇をてらったものは何一つありません。 血統、厩舎、馬体、性別——競馬ファンなら誰もが一度は目にする、ごくオーソドックスな指標ばかりです。昔の私がカタログでバラバラに眺めていた項目と、実は大差ない。違うのは、それらを雰囲気で寄せ集めるのではなく、重なりを整理して、一つのモデルにきちんと統合していること。これが、私の基準となるモデル(ベースライン)です。過去の世代でそれなりに効くことは確認済みで、ここが出発点になります。
記事は「単独で効くか」ではなく「12に足して意味があるか」の検証です
さて、ここからが本題。世の中には、「こういう馬は走る/走らない」という通説や、面白そうな指標がたくさんあります。きょうだいの活躍、名門牝系、種牡馬の性別適性、管囲……。昔の私なら、片っ端から"良いところ"リストに足していたものたちです。
でも、これから私が記事でやろうとしているのは、それとは違います。問いはただ一つ。「その新しい指標を、さっきのオーソドックスな12個に足したら、予測が本当に良くなるか?」です。
ここが、いちばん誤解されやすいところなので、先に強調させてください。「その指標が単独で効くか」ではなく、「すでにある12個に足して、上乗せの意味があるか」を見ています。 この2つは、まったくの別物です。
たとえば「管が太い馬のほうが勝ち上がる」は、単独で見れば正しく見えるかもしれません。でも、その情報がすでにモデルの中にある別の手がかり(体重など)と重なっていたら、足しても意味がない。管の太さは体の大きさとほぼ連動しているので、体重を見た時点で、管の情報はもう手元にある——こういう"重なり"を一つずつ確かめていきます。まさに、さきほど白状した、昔の私が"管"と"体格"を二重に数えていた、あの落とし穴そのものです。
だから検証の問いは、いつも同じ。「それは、オーソドックスな12個がまだ知らない"新しいこと"を、上乗せしてくれるのか?」 単に成績と相関しているだけでは、足す意味はないのです。
どうやって"上乗せ"を測るか
役に立つかどうかは、こう測ります。
まず、予測の当たり具合を「AUC(Area Under the Curve)」という物差しで見ます。ざっくり言えば、「走る馬と走らない馬を2頭並べて、どちらが走るか当てられる確率」。0.5なら当てずっぽう、1.0なら完璧。ちなみに私のモデルは今 0.56前後です。……そう、当てずっぽうより少しマシ、くらい。競馬の予測って、正直そういうものです。 ここに過剰な夢は持っていません。
そのうえで、新しい指標を足して、このAUCが確かに・安定して上がるかを見ます。「確かに」は、統計的に誤差の範囲を超えているか。「安定して」は、計算の条件を少し変えても結果がひっくり返らないか。点数がちょっと上がったくらいでは、採用しません。 見かけの改善に飛びついて外すのが、いちばん怖いからです。
そしてもう一つ、フェアさ。過去のデータで学んで、それより後の世代を当てにいく。「後から分かった成績」を使ってズルをしない。当然のようでいて、ここを守らないと、簡単に"効くように見える"結果が作れてしまいます。
だから、このシリーズは「引き算」の連続になります
こうして一つずつ検証していくと、実は「採用!」より「不採用」のほうがずっと多くなります。 これから紹介していく、きょうだいの活躍も、名門牝系も、種牡馬の性別適性も——どれも単独では効くように見えて、12個に足すと上乗せにならない。そういう結末が続きます。
ガッカリな話に見えるかもしれません。でも、私はこれこそが大事な作業だと思っています。昔の私のように"効きそうなもの"を片っ端から寄せ集めたら、たいてい弱い。重なった長所を二重に数え、効かない通説まで抱え込んでしまうからです。本当に効くひと握りだけを残して、あとは勇気を持って捨てる。その引き算の一つひとつが、避けるべき一頭を、ひとつずつ見極めることにつながる。
だから、これから続く「〇〇は本当か?」の記事は、多くが"通説を、この厳しい物差しにかけたら空振りだった"という記録になります。派手な発見は少ないですが、そのぶん、自分をだましていない自信はあります。
正直な限界と、大事な前提
最後に、いつもの但し書きを。初回なので少し多めに。
このモデルは、当てる機械ではありません。 AUC 0.56は、確率をほんの少しだけ良いほうに傾けるだけ。「このモデルが高評価だから絶対走る」なんてことは、口が裂けても言えません。
対象は、サンデーを中心としたノーザンファーム系クラブ(サンデー・シルク・キャロット)の募集馬に限った話です。 競走馬全体を見ているわけではありません。母集団がそもそも「一定水準以上に選ばれた良血馬たち」なので、世間一般のデータや、巷でよく言われる傾向とは、結論が食い違うことがあります。 それは矛盾ではなく、見ている馬の集団が違うからです。同じ指標でも、"どんな馬の集まりを見るか"で、効いたり効かなかったりします。
そして、これはとても大事な点なのですが——この検証は、あくまで「基本モデル(12指標)に、その指標を足す価値があるか」という観点の話です。 「その指標には単独で一定の傾向がある」と述べる他の記事や研究を、否定するものではありません。"単独では傾向があるが、モデルに足す価値はない"は、両立します。 ある指標が単独では成績と相関していても、その情報がすでに12個の中に含まれていれば、上乗せする意味はない——というだけのこと。だから、私が「不採用」と書く指標と、他所の「傾向あり」という結論は、しばしば同時に正しいのです。私の記事は「その通説はウソだ」と言っているのではなく、「私のこのモデルに足しても、上乗せにはならなかった」と言っている、と受け取ってもらえたら正確です。
そして——最後の決め手は、データではありません。 血統の物語、厩舎の雰囲気、現地で見たその仔の目。数字で分の悪い一頭を見送ったうえで、心が動いた一頭に出資する。それが一口馬主の醍醐味だと思っています。
おわりに
というわけで、これが一連の「通説検証」記事の土台です。私は募集馬の予測モデルを作っていて、これからの記事は、その"部品"が、オーソドックスな12個に上乗せできるかを厳しく吟味していく記録。かつて雰囲気でバラバラに良い点を数えていた自分への、答え合わせでもあります。
次からの記事は、この物差しで通説を一つずつ量っていきます。どれが空振りで、どれが(もしあれば)本物か。よかったら、一緒に"引き算"を楽しんでもらえたら嬉しいです。
このシリーズの記事
一口馬主の"通説"を、予測モデルの物差しで一つずつ検証しています。
第5回 ▷【深掘り】種牡馬の「性別適性」は、なぜモデルに足しても消えたのか(第1回の深掘り)
第6回 「名門牝系だから走る」は本当か? データで確かめてみた
※本シリーズの検証は、中央競馬の全出走成績(2008〜2026年)、繁殖牝馬名簿(ノーザンファーム・白老ファーム)、およびサンデーサラブレッド/シルク/キャロット3クラブの過去の募集馬データに基づきます。予測モデルは勾配ブースティングという機械学習手法で、約12個の特徴量を用います。予測精度はLOYO(1世代を除いて学習し、その世代を当てる)方式のAUCで評価し、新しい特徴量の採否は、ベースラインへの追加によるAUC増分をペアブートストラップ(B=2000)で検定して判断しています(95%信頼区間の下限がゼロを超え、かつ乱数条件で安定していることを要件とする)。数値はこの条件下での分析結果です。
