縦横無尽な読書②信田さよ子「家族と国家は共謀する」とジェネット・マッカーディー「I'm Glad My Mom Died」
数年前に海外のBookTubeで話題になっていた本がある。
まず、この本のなにがいいかって、「I'm Glad My Mom Died」という人によっては不謹慎と言われもするであろうパンチの効いたタイトルと、満面の笑みでピンクの骨壷を持った女性の写真を使ったポップな表紙である。
このピンクの骨壷を持った女性は誰なのか?
わたし世代でEテレを観て育った人ならおそらく彼女を一度は見たことがあるはずだ。
そう、子供向けシットコムドラマのiCarlyで主人公の親友サム役を演じていたアメリカの元子役俳優のジェネット・マッカーディーである。
モルモン教徒の家庭で育ち、癌を患ったジェネットの母親の狂信的な願望に応えるためにようやく勝ち取ったサム役。人生初めての「キス」もiCarlyの舞台の上でもう一人の男の子の子役と演じたものだったと知り、エンターテイメント業界が子役を搾取する構造の歪さを知り、胸が締め付けられた。しかし、同時にこの本の魅力は、彼女のあっけらかんとしたユーモアも感じられる語り口であるとも言える。日本語翻訳版「ママが死んでよかった」の表紙は骨壷を持った「クレイジーガール」が不在なのがちょっと寂しい。が、これもこれで作品への一つの解釈なのかな、と思う。
原書の英語版Audibleのナレーションはジェネット本人が担当しており、役者でもある彼女自身が読むからこそ伝わる魅力があるはずだ。英語学習を頑張っている方にはうってつけの素材でもある。是非多聴多読の一環としても、機会がああれば一度聴いてみてほしい。
…と、「I'm Glad My Mom Died」のことを思い出したのは、最近読んだ信田さよ子の「家族と国家は共謀する」で描かれていた、カウンセリングで親の死を晴れやかで喜ばしいこととして語るクライエントたちの存在を知ったからだった。
筆者はこのようなクライエントに出会った際にはそっと「よかったですね」と言うのだそうだ。
私の言葉にこっくりとうなずいた彼女は、「先生だけには、早くお知らせしたかったんです」とほほ笑んで、「だってこんなこと、誰にも言えないですよね?母が亡くなってほっとしただなんて」と語った。
第一部 家族という政治 第六章 家族の構造改革 p127
ジェネットが母への複雑な思いと虐待について告白した「I'm Glad My Mom Died」を書いて出版するに至るまでの過程にも、こういったアジール=避難所としてカウンセリングが果たした役割は非常に大きなモノだったはずである。
「あっけらかんと不幸感や苦痛、恐怖を認めること」の重要性を再確認するための二冊
「家族と国家は共謀する」ではまた、DV被害者が陥りがちな下方比較がもたらす自粛という名の強制にも焦点を当てていた。これには私も身に覚えがあった。父親から自分や他の家族が受けた仕打ち、その家庭環境はもっと極端な状況に置かれた被害者と比べたら語るに足らないものだったのではないか?と絶えず考えていた。それはジェネットの「My Mom〜」を読んだ当時も無意識にそう思ってしまっていたような気がするのだ。確かにDVはあったかもしれないけど私はそれによって摂食障害にはならなかったし、ただの被害妄想といってもいいレベルだったんじゃない?と、自分も知らず知らずのうちに過去に起こったことを矮小化してしまっていたのだ。しかし、最近外国人の友達と交わした他愛もない会話が、そんな自分の姿勢について考え直すきっかけになった。
一緒に公園を歩いて飲み屋に向かっている時に、お互いの髪型の話になった。彼女は綺麗なロングヘアだった。
「私、肩以上に髪を伸ばしたことがほとんどないんだよね」
と言ったら、
「え、うそ?そんなことあるの?」
と反応されて自分自身も驚いた。そして「言われてみればなんでなんだろう…」と考えてみたのだ。
単純にヘアケアが面倒くさかったのもあるし、ショートカットの方が中性的で好ましいと思っていたのはあった。でも友達にあんな反応をされて、自分でもそんな表面的ではなく、もっと根深い理由があるんじゃないかと疑ってみなければいけない気がした。
そうしたら、幼いときに自分は髪を伸ばしたかったのに父親に「髪を伸ばすと山姥のようでみっともないから」という理由で許されなかったからなのだということを急に思い出してハッとしたのだ。トラウマの記憶がこんなところでフラッシュバックするとは思ってもいなかったが、その時の気づきのおかげで、私自身の体験は私固有のものであって、世間や自分自身によって矮小化し/されてはならないのだと再確認ができた。
堂々と、あっけらかんと不幸感や苦痛、恐怖を認めること。今自分に感じられている主観・感覚を、誰とも比較できない固有のものとして承認すること。それが、下方比較およびそこから発生する差別、他者への強制や歪んだ平等倫理への制御となるのではないだろうか。この国に変わらず満ちている内向きの圧力の一端は、少し和らいだりしないだろう
か。
第二部 家族のレジスタンス 第一章 被害者の不幸をどう防ぐか p164
「家族と国家は共謀する」と「I’m Glad My Mom Died」は、私に「あっけらかんと不幸感や苦痛、恐怖を認めること」を肯定させてくれた大切な2冊である。
「家族と国家は共謀する」と「I’m Glad My Mom Died」の洋書版でとびきりの笑顔でピンクの骨壷を持ったジェネットの表紙が書店にずらっと並ぶようになれば、この日本社会ももう少し生きやすくなるかもしれない。
