米国の馬輸出停止で食肉処理ルートに混乱 カナダ経由への懸念も浮上
米国農務省がメキシコ向け家畜輸出を停止
2026年6月8日、米国農務省(USDA)は、米国内で「ニュー・ワールド・スクリューワーム(新世界ラセンウジバエ)」と呼ばれる深刻な害虫が確認されたことを受け、メキシコへのすべての生体動物輸出を停止しました。
この措置により、アメリカ国内で食肉処理を目的として輸送される馬の主要な輸出ルートが事実上閉鎖されることとなりました。
USDAの記録によると、食肉処理目的で輸出されるアメリカの馬の80%以上がメキシコへ送られており、今回の措置は年間2万頭以上の馬が利用していた流通経路を遮断するものとなります。
食肉処理業界への影響
今回の輸出停止について、全米のキルペン(食肉処理場向け集荷施設)運営者の反応はさまざまです。
一部の事業者は、
馬の保管期間がどこまで延ばせるのか
買い手がどの程度の価格を支払うのか
食肉処理ビジネスの採算性が維持できるのか
といった点について不透明感が高まっていることを認めています。
一方で、一部の運営者は「これまで通り事業を継続している」と主張し、依然として馬がカナダへ輸送される危険性があるとして、馬を救出するための寄付金(ベイル=身代金)を募り続けています。
カナダ経由ルートへの懸念
実際に大量の馬がカナダへ迂回輸送されているかどうかは現時点では不明です。
しかし、競馬業界大手ストロナック・グループのCEO兼社長である Belinda Stronach 氏は、カナダ政府関係者へ書簡を送り、懸念を表明しています。
現在カナダでは、過去21日以内にテキサス州にいた家畜の入国を制限しています。
ところが、
テキサス州
オクラホマ州など他州
カナダ
という経路を取ることで、移動履歴を分かりにくくし、規制を回避しようとする可能性があるというのです。
ストロナック氏は、
「報告内容のすべてを独自に確認できたわけではないが、食肉処理ルートに関する報告の一貫性は、追跡管理や規制執行に関する正当な懸念を生じさせる」
と警鐘を鳴らしています。
SNSで広がる「ベイルペン」問題
今回の混乱によって、動物福祉関係者が特に懸念しているのが「ソーシャルメディア・ベイルペン」と呼ばれる仕組みです。
これは、
「この馬は今にも食肉処理場へ送られる」
とSNS上で訴え、一般市民から寄付金を集める手法です。
寄付者は馬を救っているつもりで資金を提供しますが、実際には運営者の利益となっているケースもあると指摘されています。
カナダ輸送は本当に採算が合うのか
動物福祉団体の関係者は、メキシコの代わりにカナダへ大量輸送することには懐疑的です。
理由として、
輸送距離が大幅に長くなる
輸送コストが増加する
カナダの馬食肉処理能力が限定的
という点が挙げられています。
これまでカナダで処理されていた馬は、アメリカから輸出される食肉処理用馬全体の20%未満でした。
そのため、メキシコ向けだった大量の馬を吸収できるか疑問視されています。
ASPCA「本当の危機ではない」
ASPCA の政府関係担当上級副社長ナンシー・ペリー氏は、
「実際に食肉処理へ送られる馬1頭あたりの利益はそれほど大きくない」
と説明します。
馬を長期間飼養すれば、
飼料代
人件費
施設維持費
が発生するため、事業者はできるだけ早く馬を移動させたいと考える傾向があります。
ただし、ベイルペン方式の場合は寄付金による収益が得られるため、より長く馬を保有できる可能性があります。
ペリー氏は、
「キルペン運営者が馬を引き取ってほしいと相談してきた例はない。彼らは利益を求めているのであって、これは実際には危機ではない」
と述べています。
動物保護団体も寄付に警鐘
動物保護団体 Animal Wellness Action の代表である Wayne Pacelle 氏も同様の見解を示しています。
同氏は、
「南部からケベックまで馬を輸送するという考えは現実的ではない」
と指摘。
さらに保護団体に対して、
「こうした業者に1円たりとも渡してはいけない。資金を提供することで彼らの事業を延命させてしまう」
と強く訴えています。
注目が集まるSAFE法案
今回の事態によって、改めて注目を集めているのが「SAFE法案(Save America's Forgotten Equines Act)」です。
アメリカ国内では現在、馬の食肉処理そのものを明確に禁止しているわけではありません。
しかし2007年に連邦政府による検査予算が打ち切られた結果、国内の馬食肉処理施設はすべて閉鎖されました。
その後も馬はメキシコやカナダへ輸出され、国外で食肉処理されてきました。
SAFE法案は、
食肉処理目的の馬輸出を禁止
カナダ・メキシコ向け輸出を禁止
馬輸送における危険な二階建てトレーラー使用を禁止
することを目指しています。
現在、アメリカ下院では超党派の支持を集めており、成立への期待が高まっています。
ASPCAのペリー氏は、
「ここ数年で最も大きな追い風を感じている。SAFE法案の前進に大きな期待を寄せている」
と語っています。
編集後記
今回の輸出停止は、本来は害虫対策として実施された措置ですが、その影響はアメリカの馬産業や動物福祉の議論にも波及しています。
特に注目されるのは、これまで当然のように続いてきた食肉処理向け輸出ルートが突然止まったことで、業界の経済構造やSNSを利用した寄付ビジネスの実態が改めて浮き彫りになった点です。
今後、メキシコ向け輸出が再開されるのか、それともSAFE法案によって制度そのものが変わるのか。アメリカの馬産業における大きな転換点となる可能性があります。
写真提供:ベス・ウォーカー氏
本記事は、PAULICK REPORT に掲載された「USDA Export Halt Disrupts Horse Slaughter Pipeline, Raises Questions About Canada’s Role」の内容をもとに、許可を得て翻訳・編集・掲載しています。
なお、本記事は原著記事の内容を日本語で紹介することを目的としており、記載されている見解や研究結果は原著者および研究機関の見解に基づくものです。必ずしも当社の見解や方針を示すものではありません。
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