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「月」の横画について

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左:書道家タケウチ 右上:書道家板谷栄司with鯖大寺鯖次朗 右下:ジャズギタリストタナカ


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月の横画が下がっている(Malgun Gothic)

突然ですが、「月」の横画が下がっている文字、見たことがありませんか?

なんで下がっているのだろう・・・なんて一瞬気になっても、他のフォントでは普通に横画になっていることが多いのですぐに忘れてしまう・・・

月の横画は全て水平(HGSゴシックM)

「勝・前・煎・愉・藤・嘲」
ちなみにnoteのフォントでは、「煎」「嘲」だけ「月」の横画下がっています。

今回は、この「月」の横画が下がっている謎について迫ります。

※注意※
本記事は、小中学校や漢字検定などで習う「部首」「つきへん」「にくづき」の概念とはやや異なるところがあります。あくまで漢字の成り立ち・変遷におけるお話です。



「月」には3種類ある


「月」が漢字の中に含まれる場合、部首は「にくづき」であり、身体の一部分を表す、そんなふうに覚えている方も多いかと思います。

肌肋肝肘肛肚肥股肢肪肺胎胆胞脆脳脚脱脛腕腔腸腹腫腺腰腱膜腿膝膠膣膓膵膳膨膿膾膸膽臉臍臓臘 など

確かに上に示した漢字は身体の一部を表す漢字です。

でも。
「勝」「前」「期」「藤」などの「月」は、身体とは何の関係も無さそう。

そもそも。
」は、身体が何の関係も無さそう。

実は。
今は全て同じ「月」と表される「月」にも成り立ちは3種類あるのです。


①moonの「月」

「月」「有」「明」「朔」「朗」「期」「朧」など

天体としての「月」の意味、また時間の単位(1年を12分割)としての意味を持った漢字に使われる。

「月」の篆書体。三日月を象った象形文字

②「肉」の「にくづき」

「肌」「肺」「胃」「腹」「腰」「骨」「臓」「豚」など

肉や身体の一部分を表す漢字に使われる。
あくまで「肉」の象形文字からのデザインだが、後に「月」の文字に似ていることから、「肉の月=にくづき」と呼ばれるようになった。

「肉」の篆書体。肉を象った象形文字。

ちなみに、「炙」の上の部分も「にくづき」。「にくを火にかける」⇒「炙(あぶ)る」となったのだとか。


③「舟」の「ふなづき」

「前」「朝」「服」「藤」「勝」「朕」「煎」「嘲」「愉」「癒」「喩」など

「舟」を含意する漢字に使われるが、形成文字・会意文字が多く、「舟」のイメージからは遠いものが多い。
あくまで「舟」の象形文字からのデザインだが、後に「月」の文字に似ていることから、「舟の月=ふなづき」と呼ばれるようになった。

「舟」の篆書体。渡し舟を象った象形文字。

▼会意文字
 規制の象形文字または指示文字を組み合わせてできた文字。
 「人」+「木」=「休」
 「田」+「力」=「男」など
▼形成文字
 意味を表す文字と音を表す文字とを組み合わせてできた文字。
 ※漢字の8割以上が形成文字
 「日(意味)」+「青(音)」=「晴」
 「金(意味)」+「同(音)」=「銅」など


改めて並べて見ても、「つき・にくづき・ふなづき」の原始的な文字の形はよく似ています。


活字・フォント/手書き-3種の「月」の書き分け-


漢字の成り立ちによる「つき・にくづき・ふなづき」。

これらを区別するために、「月」の最後の横画2本を、
「つき」  ⇒ 左寄せにして右を少し空ける
「にくづき」⇒ ぴったりくっつける
「ふなづき」⇒ 点にして下げる

このような書き分けをする活字・フォントがあります。

一方手書きにおいては、古代から現代に至るまでこれらの違いは意識されてなかった、と考えられます。

以下は、書道辞典より抜き出してみた「つき・にくづき・ふなづき」の文字(楷書体)の事例。

確かに月の横2画は左寄りのものが多いが、くっついているものも多々
「つき」同様に左寄りが多い。あるいはぴったりくっついている
「月」の2画を点のように下げて書いているものは皆無

これを書いた超有名書家たちが生きたのはこんな時代⇓⇓
欧陽詢 557-641年
褚遂良 596-658年
顔真卿 709-785年
柳公権 778-865年
黄庭堅 1045-1105年
水島修三 昭和時代(生没年不詳)

おそらくですが、「月」の横2画の右側が空きがちなのは、あくまで文字のバランス上のこと。全体を通して見ても「つき・にくづき・ふなづき」の書き分けをしているとは考えにくい。

絵文字のような甲骨文字から篆書体へ、この頃までは「つき・にくづき・ふなづき」の違いが書き分けられていたのかもしれません。

しかし、ざっくり紀元後、楷書・行書・草書ができる頃には、もはやその成り立ちは忘れられ、すべて「月」という見た目の記号に昇華していたのではないか、と思います。


手書きのときの接筆


「月」の横2画をどう書くか「接筆」の観点からお話しました。

線をくっつける/くっつけない/突き出すなどは、魅せ方のアレンジ。横2画だけでも、左寄せ・右寄せ・両空き・突き出す、など様々な書き方ができ、好きなものを選んで書くと良いという話でした。

一番左が「にくづき」、左から2番目が「つき」ということではない

現代の書道の世界においても、美的感覚として接筆の工夫はしても、次のような「つき・にくづき・ふなづき」を意識するという話は聞いたことがありません。


活字のはじまり-中国・宋代の活字-


手書きでは「つき」も「にくづき」も「ふなづき」も「月」。でも活字やフォントには「つき」も「にくづき」も「ふなづき」の書き分けが存在する場合がある。

活字・フォントが生まれる頃にはたと蘇った問題なのかも?しれません。

中国は活字を使った印刷の発明国であり、その歴史はとても古いもの。原点的な話で言えば、石碑に彫った文字に墨を塗って紙に写し取る「拓本(たくほん)」も広義に印刷と言えます。

木版印刷を経て、膠泥(こうでい 粘土を膠で固めたもの)活字による印刷が行われ始めたのは宋(960-1127年)の時代と言われています。宋の時代にはいわゆる「明朝体」のはしりの活字書体ができ、明の時代に完成しました。

宋朝体の例(石井宋朝 LS)
線が細身で、起筆が強く、右上がりがきつめが特徴

本家中国の資料もありましたが、残念ながら「つき・にくづき・ふなづき」について目当ての活字を都合よく見つけることができませんでした。
下の画像は、南宋の時代の活字資料。

『宋版圜悟心要』南宋 1238年(文化遺産オンライン)
『山家義苑』 南宋版 巻上 1238年刊 国立国会図書館所蔵

これを見る限りでは、「月」「明」(つき)/「胡」「謂」(にくづき)が明確に先ほどの接筆ルールに則っているとは思えません。

「つき」「にくづき」で横画を書き分けている感じはしない


日本の活字は明治時代から


日本においては、そもそも江戸時代以前はくずし字が基本だったため、「つき・にくづき・ふなづき」の書き分けはほぼ考慮されていなかったと思われます。

日本では江戸時代には独自の木版印刷が盛んとなり、世界が活版印刷に進むことから遅れて、明治時代に活版印刷が盛んになりました。(草書体⇒楷書体になったため活版に転じた)

「つき・にくづき・ふなづき」の字体が問題となったのは、明治以降、活字が作られるようになってからでしょう。


明治・大正時代 「月」書き分けあったりなかったり


明治の活字資料(事例として東洋學藝雜誌)にざっと目を通しましたが、ここで確認したところでは「つき・にくづき・ふなづき」すべて横画はぴったりくっついている「月」が使われていました。

「東洋學藝雜誌」より

明治時代の官報もざっと見てみましたが頻出する「月」や「有」の「月」は横画ぴったりくっついていました。もはや「つき」「にくづき」は線がくっつくか/くっつかないかのほんの少しの差のため、ほとんどの活字で、ぴったりくっつける「月」で統一されていた、と思います。

で、「ふなづき」だけは横画を下げる活字が確かにありました。インクの擦れなどもあってみづらいですが、ふなづきの「藤」確かに横下がって点のようになっています。

1900年(明治33年)の官報

大正時代に使われていたフォントでは、ふなづき由来の漢字はすべて「月」部分の横2画を下げて作られています。

大正略字フォント

おそらく明治・大正期にも、「つき・にくづき」は活字の区別はほぼなく、ふなづき」の違いを明確に表したい活字製作者あるいは原稿執筆者や出版社のこだわりによって、この違いのある活字が作られたのでしょう。

「つき」「にくづき」ほとんどの活字で「月」となっていた
「ふなづき」だけは一部で横画下げが生き残った


戦後の漢字改革


日本の漢字のターニングポイントである(漢字使用を制限した)、1946年の「当用漢字」(1850字)の表を見てみましょう。

ここでは「つき」も「ふなづき」も区別なく「月部」となっており、「服」「朕」のみ「月」の横2画が下がっています。(「朝」はなぜか水平になっている)

1946年「当用漢字表」より抜粋
※「にくづき」は「肉部」にある

しかしそのすぐ後、1949年の「当用漢字字体表」では、「服」「朕」などの「ふなづき」も他の「月」同様に水平の横画が標準となりました。

1949年「当用漢字字体表」より抜粋
※手書き丸ゴシックみたいでかわいい

▼1946年「当用漢字表」
1850字はあくまで使用できる漢字の字種を示したもので、字体(細かい書き方)を示したものではない。

▼1949年「当用漢字字体表」は、字体の標準を示したもの。活字やフォントを作る際の目安とされた。


今も「煎/嘲/廟」などで「月」の横画下げがあるのはなぜ?


ようやく冒頭の問題に戻ってきます。

現代においては、活字・フォントも、手書きの場合も、「月」を含む漢字は、横画をぴったりくっつけて書く「月」が主流

しかし、このnoteのフォントがそうであるように、ふなづきを元とする一部の文字「煎/嘲/喩」等において、「月」の横画を下げて書く字体をまだよく見かけます。

この理由はおそらく、常用漢字になるのが遅く(「煎・嘲」が常用漢字になったのは2010年)、また使用頻度が低いため変更するのが遅れている、と考えるのが妥当なのでは。※「喩」は未だ表外漢字。

基本的に活字やフォントを作る場合、当用漢字や常用漢字を指標にするわけなので、そこになければ従来のまま変更されなかったというわけです。

一方で、「ふなづき」を成り立ちとする漢字の「前」「勝」「藤」などが、「月」の横画をぴったりくっつけるデザインとなっているのは、当用・常用漢字に標準として示された字体がそうなっていたからと言えます。



ほんの小さなことから壮大な話になってしまいましたが、今日の話はここまで。

様々なことに色々な歴史があるものだなあ・・・(遠い目)



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