気づける人と気づけない人の差は、どこでつくのか
同じフロアに立って、同じ利用者さんを見ている。なのに、一人は歩き出しのわずかなためらいに気づき、もう一人は気づかない。
デイサービスを運営していると、この差を毎日のように目にします。そして不思議なのは、この差が経験年数と一致しないことです。二十年のベテランでも気づかない人はいるし、二年目でもよく気づく人がいる。視力の問題でもない。では、どこで差がついているのか。私なりの答えは三つです。そして三つ並べてみて、経験年数と一致しない理由も見えてきました。
差のひとつ目。「いつも」を知っているか
変化とは、差分のことです。「今日は歩き方が違う」に気づくには、「いつもの歩き方」が頭に入っていなければなりません。
気づく人は、利用者さんの平常時をよく知っています——と書きかけて、少し違うなと思い直しました。気づく人は、平常時を「面白がって」見ています。何もない日のその方の癖、湯呑みの持ち方、挨拶の声の高さ。異常を探しているのではなく、普段をよく見ている。だから、普段からのズレが勝手に浮かび上がってくる。
気づけない人は、逆です。何かが起きたときだけ見ようとする。でも、比べる元がなければ、目の前の光景はいつでも「そういうものかな」に見えてしまいます。
ここまでなら、長く見ている人ほど有利なはずです。
差のふたつ目。何を見るか、決めているか
毎日している腕時計のデザインを、正確に思い出せるでしょうか。数字の書体、目盛りの数。案外、思い出せません。毎日何十回も見ているのに、です。時刻しか見ていないからです。
人は、視界に入ったものを見ているのではなく、見ようと決めているものだけを見ています。フロアに立つとき「転倒がないように」だけを見ている人には、転倒しそうな場面しか見えません。「今日は食事の様子を見よう」と一つ決めて立つ人には、箸の持ち方の変化が見えます。
気づく力の正体は、目の性能ではなく、この「今日は何を見るか」の設定にあるのだと思います。
そして、この設定は長くやるほど固まります。「あの人はこういう人」という像ができあがると、像に合うものだけが目に入るようになる。経験はひとつ目を増やしてくれますが、ふたつ目を固めてしまう。
差のみっつ目。脳に、余白があるか
三つ目だけは、個人の中の話ではありません。
送迎の段取りを考えながら、記録の残りを気にしながら、次のレクの準備を頭で回しながらフロアに立っている人に、利用者さんの小さな変化は見えません。見る力がないのではなく、見るための脳が残っていないのです。
しかも、経験のある人ほど任される仕事は増えます。ひとつ目でいちばん有利なはずの人から、みっつ目が削られていく。ベテランでも気づかないことがあるのは、たぶんこのあたりです。
つまり「気づけない人」の何割かは、「気づけない状態に置かれている人」です。そしてその状態を作っているのは、業務を詰め込んだ側——運営者の私たちです。気づきの差を個人の資質の話にして終わらせるのは、いちばん楽で、いちばん何も変わらない結論だと思います。
落ち込める人は、もう入口に立っている
差に気づいて落ち込んでいる新人さんがいたら、それは心配な兆候ではありません。
差が見えているということは、すでに「気づく側」の入口に立っているということです。差が見えない人は、落ち込むこともできません。だから落ち込んでいる新人さんに必要なのは、励ましより先に、「その差が見えていること自体がもう技術です」という種明かしなのだと思います。
差は、設計で埋められる
三つ並べると、気づく力が才能ではないことが分かります。「いつも」の共有は申し送りで作れる。「今日は何を見るか」は朝礼のひと言で設定できる。余白は業務の設計で確保できる。全部、施設側が用意できるものです。
だからうちでは、まず小さくひとつ始めることにしました。朝の申し送りの最後に、「今日、誰の何を見るか」を一人ひとつだけ口にする。異常の予測ではなく、「田中さんの食事のペース」くらいの軽さでいい。見ると決めたものは、見えるようになるからです。
一人ひとつなのは、一人で全部を見なくていいからです。何かを見ると決めることは、決めなかったものを見ないことでもある。だから全員が同じものを見る必要はありません。狭い視野を、違う向きで何枚も重ねる。そうすればフロアは面になります。
ただ、三つ目の余白だけは、朝礼のひと言では作れません。業務そのものを減らすか、順番を変えるしかない。そこにはまだ手をつけられていません。ひとつ目とふたつ目から始めているのは、正直に言えば、そちらのほうが簡単だからです。
うちの仕事を、私は「気づく仕事」だと思っています。だとすれば、施設の気づきの総量を決めているのは、フロアに立つ人の目ではなく、その人をどんな状態でフロアに立たせたかのほうです。
#介護 #デイサービス #通所介護 #観察 #人材育成 #介護職
▼あわせて読む
デイサービス運営の現場で考えたことを、ほぼ毎日書いています。管理者・リーダーの方に効く話を増やしていくので、フォローしていただけると届きます。
