自動思考がないせいで就活がはじまらない
まずタイトルを盛っていることを謝らせて欲しい
自動思考はなくなってない。
嘘の先頭打者ホームランを打って申し訳ない。
自動思考はある。
けど思考のジャンルがマイルドになったのだ。
むかしのわたしの自動思考は週刊文春みたいなやつだった。
わたしの左脳さんは、週刊文春のように血眼になってわたしの粗を探した。
わたしが人との会話で少し変なことを言おうものなら、すぐさま番記者が動いた。
「なぜあんなことを言ったんですか」
「相手は明らかに引いてましたよね」
「関係者によると、以前にも同様の発言があったという━━」
そして脳内の渋谷駅前では、慌ただしくも号外が配られ
『どらねき氏、会話で痛恨の失言━━人間性に疑問の声』
という活字が躍った。
しかし問題なのは記者も編集長も情報提供者も、すべてわたしだったのである。
何かに失敗すれば過去の不祥事まで掘り起こされ、「そういえば中学二年生のときに・・・」と、むかしの黒歴史まで蒸し返す始末。
わたしの左脳には時効という概念がなかったのだ。
そんな左脳の番記者から逃げることは不可能かと思われた。
ところが2年前からネドじゅんさんのワークを続けたおかげか、自動思考の出版社が少しづつ変わっていった。
現在は週刊文春から家に回ってくる回覧板程度にボリュームダウンしたのだ。
失敗しても号外は発行されることはない。
『どらねき氏、就職活動に挑戦中━━本日は履歴書を開かず』
くらいの話題で終わる。
本文にも、
「本人は『今日はお腹から何も湧いてこなかった』と意味不明な供述しており、明日以降の就活再開が期待されています」
と若干あかるくまとまっている。
責めない。追及されない。家の前で待ち伏せもしない。
以前なら「今日も何もできなかった。お前は本当にダメ人間だ」と人格まで袋叩きにされていた場面でも、今は
「まあ、そんな日もありますよね><」
と編集後記に小さく載る程度でおわる。
自動思考はなくなっていないが、出版社はわたしの人生からスクープを取ろうとしなくなったのだ。
そういう理由かなんか知らないが、困ったことも起きている。
40歳。
妻子持ちの4人暮らし。
残り住宅ローン3000万円。
と言う現実がありながらも、今年の6月末に仕事を辞めたわたしに左脳が就活を急かしてこないのである。
もうすぐ8月になるのに、わたしは先述したようにまだ履歴書すら1枚も書いていない。
数年前のわたしだったら卒倒しているような状況と言っていい。
看護師だから就職しようと思えばすぐできるのはその通りなのだが、それにしたってなにもしてなさすぎやしないですか?
とやや左脳さんがざわつき始めている。
しかし全く「就活するぞ!」が湧いてこないのでたぶんこのまま湧いてくるまで何もしないと思う。
先に貯金が尽きたらどうするんだろう?
そのときはきっと、また号外が出るのだろう。
『どらねき家、ついに貯金が尽きる━━ひもじい生活がこんにちは!』
わたし「まあ、そんな日もありますよね><」』
もう驚かない自信がある(これは嘘のさよならホームランです)
