【おっぱい体験アンビリバボー】生死の境で見たものとは...
恐ろしいことにこの話はノンフィクションである。
おっぱいマンの戯言ではない。
これは、私が実際に生死の境で体験した神秘のおっぱい物語である。
※この記事は最後まで無料で読破いただけます。
「感動でおっぱいが震えた」
「おっぱいの神秘に涙がとまらない」
「なんか応援したい気持ちになった」
など、何かしら感じていただけた方のみ、ご購入ください。
▶ 地獄の入口
当時、釣りにのめり込んでいた私は、友人と2人森の中で渓流釣りを楽しんでいた。
大岩や滝壺が行く手を拒むが、雄大な自然の美しさが私たちの足取りを軽くする。

(photo AC)
そしてついに、前人未到の新たな釣り場を開拓。
桃源郷へ到達した。
そこでは驚くほど簡単に、
美しい魚体の魚たちが私たちを出迎え魅了した。

森の中で2人、歓喜の雄たけびがとまらなかった。
森の四天王、クマ・イノシシ・シカ・私たちの誕生である。
▶ 違和感と絶望
どうやら魚止め(それ以上遡行しても魚が生息していないエリア)まで来た私たちは、喜びを噛み締めながら帰路につくことにした。
気づけば森に入り5〜6時間が経っていた。
道中、私は突然魚を掬うためのネットを失う。
狐につままれたようだった。
普段全く無くすことはあり得ないものだ。
来た道を引き返し、あまりにも広い森の中を必死に探し回り、奇跡的に見つけることができたものの、不思議と「ホッ」とはしなかった。
その後、どのくらい歩いただろうか。
知らぬ間に釣り歩いてきた距離を恨みながらも、帰路の半分ほど来たところで、脚が重くなる。
「5〜6時間も休みなく、山を歩けば脚も重くなるか」
そんなことを考えている時だった。
▶ 生死の境
私は、森の中に倒れた。
身体を持ち上げようにも、脚が石化したかのように動かない。
友人がおぶってくれたが、足場が悪すぎる森の中ではなす術がない。
次第に上半身も動かなくなり、顔以外が麻痺状態となる。
意思とは関係なく、すべての指が見たこともない曲がり方をしていた。
友人は、「助けを呼んでくる!」と言い、下山を試みてくれたがここは圏外。
それなりの時間と労力をかけて下山しなければ助けが呼べないこと。
助けを呼べたとしても、担架に乗せた私を救急車まで運べるような場所ではないこと。
ヘリで捜索となっても、木々が邪魔して私を発見することは難しいこと。
それだけは朧気ながらに理解できた。

そして、森の中で一人になる。
いつの間にか焦りは消え、
木々の隙間からわずかに見える空を眺めながら、
「ああ、もうこのまま終わるのか、早かったな…。もし、ここで息絶えたらどんな動物・虫に食われるんだろう」
そんなことを考え始めた。
▶ 走馬灯
身体が動かなくなり、息絶えた後のことを考え始めて間もなく、不思議な体験をした。
「〇〇ちゃんと〇〇に遊びにいったな〜。」
「昔、山で虫取りしたよな〜。」
昔の思い出が映画のエンドロールのように流れていく。
(死の瀬戸際に走馬灯が見えるって聞いたことあったけど、これがそうなのか…)
と、意識が遠いていく感覚の中、心地よさすら感じていた。
(木漏れ日がポカポカしてるし、ここで逝くならアリかもな〜)
なんて考えたりもした。
「…」
「あの時のおっぱい、よかったな〜。」
「…」
「…」
▶ 生還
「おっぱい!!」
「まだまだ知らないおっぱいがある!!」
走馬灯におっぱいの思い出が流れてきたことで、私のおっぱいへの執着が覚醒した。
(このままでは死ねない)
私は目を開き、残されたすべての力を振り絞って川の方へ転がり、川面に顔をつけた。

川の水をひたすらに飲んだ。
脱水ならこれで治るかもしれない。
そう思ったからである。
そして、水を飲んで数分。
今までの症状は嘘のように消え、自ら歩みを進めることができるようになった。
しばらく歩くと、担架を持った救急隊と友人がこちらに歩いてくるのが見え、申しわけなさでいっぱいになった。
入川口には、パトカー2台と救急車。
今度は友人がその場に倒れた。
同じように釣りをし、私のために助けを呼びに行ったのだ。
すでに脱水で身体が限界を超えていたのだろう。
彼は、「俺は大丈夫、マジで助かってよかった」と言いながら、本来私が乗るはずだった救急車へ搬入された。
私はパトカーに乗せられ、友人の運ばれた病院へ向かった。
その後は2人とも無事回復し、何事もなく無事に元の生活に戻ることができた。
友人の勇気ある行動はもちろん、おっぱいの走馬灯がなければ、助かっていなかったかもしれない。
担架に乗せてもらうことはできても、元いた場所には帰ってこれなかったかもしれない。
おっぱいの持つエネルギーは太陽をそれを超える神秘的なものだった。
▶ 後日談
まず、友人には頭が上がらない。
本当に感謝している。
一生をもって恩返ししていきたい。
そして、おっぱいである。
動かないはずの私に力を与えくれた。
こちらも頭が上がらない。
この力は今思えば、
パイ誘引力のうちの間接パイ力だっただろう。

ちなみに、私は川であり得ない量の水を飲んでいたので、パトカーに乗せられている間に何回も立ちションをさせてもらった。
おそらく警察の方も、立ちションに何度も協力することになるとは思いもしなかっただろう。
とんだ迷惑野郎だ。
ただ、今回はおっぱいマンだったから助かったのだ。
おっぱいは命を救う
これは紛れもない事実である。
だからこそ、
おっぱいはもっと敬意を払われるべきであり、
単なる性の消費物として扱われるべきではない。
おっぱいに真摯なおっぱいマンを増やしていく。
そのために私は、今日もおっぱい記事をしたためるのである。
P.S.
私は生きるか死ぬかの状態だったため川の水を飲んだが、川の水には、細菌・ウイルス・寄生虫の危険が潜んでいるので、どれだけ綺麗に見える水でも飲まないことを推奨する。
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他にも、おっぱいマン向けの記事を執筆中。
「仕事する暇はないが、おっぱいを見る時間はある」そんな方にオススメしたい。
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ともにパイロソフィーを深めていきたい。
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