【実録小説エキストラの流儀】第4章~ 炎と雨の消防隊、カプセルホテル~
第4章
~炎と雨の消防隊、カプセルホテル~
大人のキッザニア
役者という職業の醍醐味の一つは何にでもなれることだ。
ある時は刑事にある時は医者にそしてある時はヒーローに。そして変態に…
この日、私が命じられた役柄は
「消防士」だった。
コスプレではない。
本物の質感を持つ防火服に袖を通すと男の子のDNAが騒ぎ出す。鏡の前でポーズを取りたくなるのを必死に堪える。
だが、現実は甘くない。
撮影場所は千葉の山奥にある巨大な廃工場。
朝一番の撮影に間に合わせるため、我々エキストラ部隊は前夜のうちに新宿に招集された。
「これからバスで移動して、現地のカプセルホテルに泊まります」
ADさんの言葉にどよめきが起きる。
二十歳を超えて初めてのカプセルホテル。
整然と並ぶ白い箱。その一つ一つに夢を追う男たちが収納されていく。
狭い。けれどこの閉塞感は嫌いじゃない。まるで宇宙船のコックピットか秘密基地のようだ。
「おやすみ」
隣のカプセルから聞こえる仲間の声。
薄い壁一枚隔てた向こうに同志がいる。
どこか修学旅行の夜を思い出させるような、奇妙な連帯感がそこにはあった。
明日の地獄を知らずに我々は安らかな眠りについた。
水と炎のデスマッチ
翌朝。現場となる廃工場に到着するとそこはすでに戦場だった。
今回のシーンは「工場火災」
CG全盛の時代にある中この現場はあくまで「リアル」にこだわっていた。
本物の火を放ち、爆発を起こし、さらに演出で土砂降りの雨を降らせるというスペクタクル全部乗せの欲張りセットだ。
私は消防隊員の一人。
名前はない。
支給された防火服を着込む。重い。
さらに背中には20キロの酸素ボンベが装着される。
ズシリと肩に食い込む重量感。プロフィールの特技欄に「野球、体力に自信あり」と書いた過去の自分を呪いたくなった。
「本番、よーい、ハイ!!」
監督の大声と共に、巨大な放水車が唸りを上げる。
豪雨。視界が白く染まるほどの水。
その中で真っ赤な炎が轟音と共に燃え上がる。
熱いのか寒いのか脳と体が混乱し極限状態。
「急げ! 取り残された人がいるぞ!」
「了解!!」
私は20キロの鉄塊を背負い、泥水の中を走る。
要救助者(人形ではなく生身の人間だ)を担ぎ上げ元の位置に向かう。
火、水、重力。あらゆるものが私を痛めつける。
救出、カット。位置について、テイク2。
救出、カット。テイク3。
終わらない無限ループ。
私の肩は悲鳴を上げ、足は疲労で痙攣している。
ふと見ると救助される側の従業員役のエキストラさんたちもガタガタと震えていた。
助ける方も地獄なら助けられる方も地獄だ。
名もなきヒーローたち
「カット! お疲れ様でした! 本日の撮影終了です!」
夕暮れ時、ようやく解放の笛が鳴った。
防火服を脱ぎ捨てた瞬間、身体が浮き上がるような錯覚に陥る。
全身泥まみれ。顔は煤(すす)で真っ黒だ。
ボロボロになった身体を引きずりながらシャワーを浴びロケバスへと戻る。
ふと、ニュースで見る本物の火災現場が脳裏をよぎった。
我々は演技だ。カットがかかれば終わる。
だが、現実世界で日々命を懸けている本物の消防隊員の方々はもっと過酷で終わりのない恐怖の中に身を置いているのだ。
「……すげぇ仕事だ」
作り物の炎と戦っただけで音を上げている自分が恥ずかしくなる。
心からの敬意と全身の筋肉痛を抱えて私は帰路についた。
追伸。
翌々日、見事に風邪を引いた。
39度の熱にうなされながら私は夢の中でまだ消火活動を続けていた。
私の免疫システムも過酷な現場のリアリティには勝てなかったようだ。
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袴塚シンノスケ
