【実録小説エキストラの流儀】第7章~その男松〇桃李につき~
第7章
~その男、松〇桃李につき~
現場の階級社会
撮影現場には目に見えない「カースト」が存在する。
頂点に君臨するのは主演俳優。その下にメインキャスト、そして最下層に我々エキストラがいる。
(スタッフさんの役職階級も様々)
これは差別ではない。巨大なプロジェクトを効率よく動かすための必然的な機能美だ。
通常、自分の出番が空くとキャストは楽屋へ戻る。温かい飲み物が用意され、ふかふかの椅子がある楽屋へ。
そして出番が来るとスタッフさんが呼びに行き、「お待たせしました」と迎え入れられて現場が再開する。
それが「スター」の特権であり、誰もそれを責めない。むしろ消耗を防ぐために当然の権利だ。
だが、その常識を覆す男に出会った。
教室の片隅で
ある再現ドラマの撮影現場。
我々は高校生役(当時すでに26歳だったが、制服を着ればギリギリ誤魔化せると信じていた)、そして先生役を演じていたのが松〇桃李さんだった。
舞台は学校の教室。
朝から晩まで教室に缶詰状態で撮影が行われていた。
カメラのセッティングチェンジや照明の調整で、撮影は頻繁に止まる。
「少々お待ちくださーい!」
助監督の声がかかると普通なら俳優はスッと立ち上がり楽屋へと消えていく時間だ。
しかし、松〇さんは動かなかった。
彼は教卓の前に立ち、あるいはパイプ椅子に座り、じっと手元の台本や小道具を眺めていた。
我々エキストラと同じ空間、同じ温度、同じ空気の中に留まり続けていたのだ。
マネージャーらしき人が近づき耳打ちをする。
「休憩されますか?」
松〇さんは首を横に振り、穏やかに微笑んで答えた。
「大丈夫です。ここにいます」
背中で語るリーダー論
なぜ、彼は楽屋に戻らないのか。
最初は不思議だった。だが、撮影が進むにつれてその理由がなんとなくだが分かってきた。
彼が現場にいることでスタッフが彼を呼びに行く手間が省ける。
照明部は彼をモデルに光を調整できる。
そして何より、「主役が待っている」という事実が現場全体に程よい緊張感と一体感を生んでいたのだ。
早く帰りたかったのかもしれない…
無駄な時間を省きたかったのかもしれない…
彼は現場の空気を切らさなかった。
自分一人が楽をすることよりも作品全体のクオリティと進行を優先する。
その静かな佇まいがどんな大声の指示よりも雄弁に「プロの在り方」を語っていた。
些細なことかもしれない。
一般の視聴者には伝わらない裏側の事情かもしれない。
けれど、その些細な気遣いができる人間こそが、真の主役になれるのだと痛感した。
画面に映る美しさだけではない。人間としての器の大きさが松〇さんをスターたらしめているのだ。
一方、その教室の隅で松〇さんと1歳違い、26歳の高校生(私)は考えていた。
いつか自分が台詞をもらい、教壇に立つ日が来たら。
その時、私は楽屋に逃げ込むだろうか?
それとも彼のように現場に留まれるだろうか?
「本番いきまーす!」
松〇さんがスッと立ち上がる。
教室の空気が引き締まる。
私は制服の襟を正し、彼を見つめた。
その背中はどんな教科書よりも多くのことを教えてくれていた。
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袴塚シンノスケ
