医学生実習「小児科のオバケと女の子」 (約1600字 2分40秒~3分55秒)
全科実習は、小児科から、はじまった。
小児科は、大学病院ではなく、市中の大きな総合病院だった。
私が担当になったのは、十日後に3歳の誕生日をひかえた女の子。
とある難治性の小児がんだった。
完全に閉じられた無菌室の中、檻のようなベッドにその子はいた。
2週間。
調べものやレポート作成のために大学図書館へ戻る時間と、アルバイトの時間を除いて、そのほとんどを、その子と無菌室の中で過ごした。

お仕事をされているお母さんはシングルマザーだった。
昼と夜、2つの仕事をかけもち。
夜の御仕事のお母さんを、私は、たまたまだけれど、知っていた。
お母さんが私に気づいていたかは、わからない。

御仕事のお母さんには、一度も声は、かけなかった。
お母さんも、私には、御仕事の挨拶だけだった。
女の子とわたしは、絵本やブロックで遊んだ。
でも、ほとんどの時間は、お話ししていた。

読み聞かせ、といいつつ、絵本のお話は途中から完全に脱線していた。
お母さんは、朝の出勤前と、昼の仕事の中抜けのときに、面会に来た。
当時、面会時間は母親に限って制限されてはいなかった。
けれど、お母さんのいられる時間は30分もなかった。
お母さんが仕事に戻っていってしまうと、泣きじゃくる女の子をあやすのは私の役目だった。

私は、頭からつま先まで、感染防護服。
まるでシーツをかぶったオバケのよう。
オバケは、女の子が泣きくたびれて眠るまで、抱っこ。

女の子は、眠って起きると、お絵描きをせがんだ。
私は、うさぎと小鳥しか上手く描けなかった。
それでも、かわいい、もっと描いて、と言ってくれた。
調子に乗ったオバケ。
流行りの火の鳥を本気で描いた。
女の子は、目を丸くして、はしゃいだ。
女の子も、じいっと私を見て描いてくれた。
白衣を着流してニッと笑った真っ白なオバケ。
オバケなのに鳥の羽のようなものが生えていた。
私が羽ばたく真似をしたら、女の子も真似をした。
安静の指示を心配した看護主任にたしなめられた。
バケたん叱られちゃった、目を見合わせて笑った。
夜はこの絵の中で休むね、と言って枕元に貼った。
いっぱい遊んだ女の子は、アルバイトの時間の頃には、寝息をたてていた。
私は、こころと魂のすべてを枕元に置いて、夜の街へ急いだ。
女の子は、お母さんゆずりの可愛らしい訛り言葉で、いっぱいしゃべってくれた。
いーっぱいオバケのお話も、きいてくれた。
いつの間にか、オバケも、訛っていた。
オバケなのに(笑)

バケたんみたいなお医者さんになるの。
だっこして、ぎゅってしてくれる、お医者さん。
バケたんの、あったかい匂い、好き。
そんなこと言われたことなかった、私。
オバケの中で、何も見えなくなってしまった。
ゴーグルの中をぬぐう手立ては、なかった。
女の子は私のキャップをよしよしして、
かなしいの飛んでけ、
してくれた。

治験薬が効いている、という検査結果が届いた。
お母さんと女の子とオバケは、小さなパンケーキにお菓子のろうそくを3本たてて、お誕生日のお祝いをした。

とってもお話し上手だから、ぜったいお医者さんになれるよ☆
うん、なる!
バケたん、やくそく!
うん、いっしょにお医者さんしようね、やくそく☆
(まだ私も医者じゃないんだけどね 苦笑)
笑顔でケーキを切り分けていたお母さん。
娘に見られまいと、私のほうを向いたまま、御仕事のときの顔からは想像もつかない顔で泣いていた。
2週間はあっという間に過ぎ、私は大学病院での実習に戻った。

お母さんが、夜の御仕事に来なくなった。
店長とマネジャーが待ち合い室の入り口で話していた。
娘さん、亡くなられたって。
だからもう、来ないって。

☆守秘義務に配慮し、本筋と直接関係のない内容を一部改変しています。

