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ヘレン・チャールストンによる《詩人の恋》とハイネ歌曲集


今晩は、2026年5月8日にBisよりリリースされた、ヘレン・チャールストン(メゾ・ソプラノ)とショルト・カイノック(ピアノ)による《A Poet’s Love》を聴きます。

収録曲は以下の通り。

カール・レーヴェ:青い蓮の花 作品9-1
 《ハイネ歌曲集》より
ヨゼフィーネ・ラング:二人が別れるとき 作品33-6
 《あざみと茨》より
ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル:白鳥の歌 作品1-1
 《6つの歌曲》より
ロベルト・シューマン:青い蓮の花 作品25-7
 《ミルテの花》より
ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル:モミの木と椰子
フェリックス・メンデルスゾーン:旅の歌 作品34-6
 《6つの歌曲》より
エロイーズ・ヴェルネール:《騎士の夢》(2023)
 Ⅰ. 昔ひとりの騎士がいた
 Ⅱ. すると恋人が忍び込んでくる
 Ⅲ. 騎士
 Ⅳ. 突然すべては暗転する
 Ⅴ. ポストリュード
ロベルト・シューマン:《詩人の恋》作品48
 1. 美しい五月に
 2. 僕の涙から花が咲く
 3. 薔薇、百合、鳩、太陽
 4. 君の瞳を見つめると
 5. 僕はこの魂を浸したい
 6. ラインの聖なる流れに
 7. 僕は恨まない
 8. 小さな花たちが知っていたなら
 9. それはフルートとヴァイオリン
 10. あの歌を聞くと
 11. 若者はある娘を愛した
 12. 輝く夏の朝に
 13. 僕は夢の中で泣いた
 14. 毎夜夢の中で
 15. 古いおとぎ話から
 16. あの古い、忌まわしい歌

メゾ・ソプラノ:ヘレン・チャールストン
ピアノ:ショルト・カイノック

歌曲のアルバムを聴くのがとても好きです。それは詩と歌の両方を味わえるから。音楽は基本的に抽象的ですが、詩が入ることで音楽が具象化します。また抽象的でさっと読んでも意味が頭に入らない詩でも音楽となって歌われるとその意味がよくわかったり。ですから結構時間をかけて詩を訳したり時に楽譜を見ながら聴きます。また大概歌のアルバムで共演しているピアニストがまた素晴らしい。その作品の素晴らしさ、美声、歌そのもの、詩、そしてピアノと一つのアルバムでたくさんの楽しみがありますね。

さて、ここで歌っているヘレン・チャールストンはイギリスのメゾ・ソプラノ。古楽から現代音楽まで幅広く活動しており、レザール・フロリサンのアカデミーにも参加、BBC New Generation Artistにも選ばれました。近年は歌曲分野で特に高く評価されていて、最近ではパーセルのアルバムも出しています。録音では古楽系が多い印象ですが、今回このアルバムでは《詩人の恋》を中心としたドイツ・リートを歌います。

共演しているピアノのショルト・カイノックは現代を代表する歌曲伴奏者の一人で、オックスフォード国際歌曲祭の創設者・芸術監督としても知られています。ヴォルフの歌曲集やアイアランドの歌曲全集など録音や、フェニックス・トリオのピアニストとしても活躍していますね。多くの歌手と共演し、ドイツ歌曲の解釈において非常に高い評価を受けています。

まず一聴してヘレン・チャールストンの声は非常に魅力的です。深く落ち着いた声でありながら、同時にどこか若々しさも感じさせる。単に“低い声の美しさ”ではなく、言葉を内側から感じながら歌っていることがよく伝わってきます。ハイネの詩に漂う夢と現実の境界、憧れと皮肉、甘美さと崩壊を、声色の微妙な変化で自然に描いてゆきます。そして歌い方が非常にしなやかです。重たく感情を押しつけるのではなく、言葉が空気の中へ溶けてゆくように流れていきます。そしてジャケットを見ると、とても美しい方ですね。まだお若い感じ。

そしてカイノックのピアノはただの伴奏ではなくて、音楽そのものに意味を与えていきます。このアルバムではエロイーズ・ヴェルネールの現代曲が歌われますが、そこでは彼の声も聴くことができます。

早速1曲ずつ聴きます。またちょっとお遊びで詩に合わせた絵も作ってみました。

レーヴェ:青い蓮の花 作品9-1
 《ハイネ歌曲集》より
蓮の花はおびえている
太陽の輝きを前にして、
そしてうつむいたまま、
夢見るように夜を待っている。
月こそは彼女の恋人、
その光で彼女を目覚めさせ、
そして彼に向かって優しく覆いを解く、
その清らかな花の顔を。
彼女は花開き、燃えるように輝き、光を放つ、
そして黙ったまま空高く見つめる。
香りを放ち、涙し、震えている、
愛と恋の苦しみのために。

カール・レーヴェは19世紀ドイツの作曲家で、特に物語性の強いバラード歌曲で知られています。シューベルトやシューマンと同時代の人物ですが、より語りや情景描写を重視する作風が特徴です。

《青い蓮の花》は、ハイネの有名な詩による歌曲。

昼の太陽を恐れて閉じていた蓮の花が、夜になり月光のもとで静かに開いてゆく姿を描いています。これは自然描写であると同時に、恋に目覚める心の象徴としても読めます。シューマンも同じ詩に歌をつけていますが、これは後で出てきます。

レーヴェの音楽は、シューマン版よりも少し客観的で、夜の風景を描くような印象があります。静かなピアノの響きの中で、月光に照らされた花がゆっくりと開いてゆく様子が浮かび上がります。

ヘレン・チャールストンは、深みのある声でありながら重くなりすぎず、夢見るような雰囲気を自然に作っていますね。ショルト・カイノックの柔らかなピアノも美しく、アルバム全体の幻想的な空気を最初の一曲から印象づけます。

ヨゼフィーネ・ラング:二人が別れるとき 作品33-6
《あざみと茨》より
二人が別れ合うとき、
互いに手を取り合い、
そして泣き始める、
果てしなくため息をつきながら。
私たちは泣かなかった、
「ああ」「つらい」と嘆きもしなかった。
その涙とため息は、
あとからやって来たのだった。

ヨゼフィーネ・ラングは19世紀ドイツの作曲家・歌手で、生涯に150曲以上の歌曲を残しました。メンデルスゾーン夫妻やシューマン夫妻とも交流がありましたが、現在でも演奏機会はそれほど多くありません。しかし繊細な感情表現を持つ歌曲作家として再評価が進んでいます。

この歌曲では、別れの瞬間には涙も出ず、悲しみはあとから静かに押し寄せてくる様子が描かれます。ハイネらしい簡潔な言葉ですが、そのぶん痛みが強く残ります。ラングの音楽も非常に抑制的で、感情を大きく爆発させません。むしろ静かな流れの中で、後になって深く感じられる悲しみを描いています。

ヘレン・チャールストンは、この曲でも言葉を丁寧に扱い、明るく前向きな強がりを最初に見せてから内側に沈んだ感情を自然に浮かび上がらせています。

ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル:白鳥の歌 作品1-1
 《6つの歌曲》より
白鳥が歌うのを聞いた、
それは夕暮れの静かな湖で。
その歌はあまりに悲しく、
私は深く胸を打たれた。
遠くの空では星が輝き、
風は静かに吹き抜ける。
だが私の心には、
名づけようのない憧れが残る。

ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼルの《白鳥の歌》は、静かな憧れと失われた幸福の気配を感じさせる歌曲。旋律は大きく感情を高ぶらせることなく、夢のような空気の中を漂います。

ヘレン・チャールストンは、言葉を柔らかく歌いながら、この作品の繊細な孤独感を自然に表現しています。

ロベルト・シューマン:青い蓮の花 作品25-7
 《ミルテの花》より
蓮の花はおびえている
太陽の輝きを前にして、
そしてうつむいたまま、
夢見るように夜を待っている。
月こそは彼女の恋人、
その光で彼女を目覚めさせ、
そして彼に向かって優しく覆いを解く、
その清らかな花の顔を。
彼女は花開き、燃えるように輝き、光を放つ、
そして黙ったまま空高く見つめる。
香りを放ち、涙し、震えている、
愛と恋の苦しみのために。

《ミルテの花》はクララとの結婚前後に書かれた歌曲集。同じハイネの詩によるレーヴェ版と比べると、シューマン版はより内面的で、蓮の花そのものの感情を歌っているように感じられます。月光の中で静かに開く花が、愛と痛みに震える存在として描かれます。

チャールストンは、柔らかく溶け込ませるように歌い、この曲の夢幻的な雰囲気を美しく表現しています。

ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル:モミの木と椰子
一本のモミの木が孤独に立っている、
北の裸の高みに。
まどろむその木を、白い覆いのように
氷と雪が包んでいる。

その木は一人の椰子を夢見ている、
遠い東方の国で、
孤独に、黙ったまま悲しんでいる
焼けつく岩山の上の椰子を。

ハイネの有名な詩による歌曲で、雪と氷に閉ざされた北のモミの木が、遠い南の国の椰子の木を夢見るという作品です。互いに決して出会えない存在への憧れが、静かで孤独な雰囲気の中に描かれています。

ファニーの音楽は非常に繊細で、夢と現実の境界が曖昧になるような響きがあります。大きく感情を表に出すのではなく、内側に沈んだ孤独を静かに歌わせています。

ヘレン・チャールストンは、深く柔らかな声でこの孤独感を自然に表現しています。椰子の部分に入るところのカイノックのピアノの澄んだ明るく美しい音色が非常に印象的。雪に包まれた風景と遠い憧れを美しく描いていました。

フェリックス・メンデルスゾーン:旅の歌 作品34-6
秋風が木々を揺らし、
夜は湿って冷たい。
灰色の外套に身を包み、
私はひとり森を馬で進む。
そして馬を走らせるうちに、
思いは私より先へ飛んでゆく。
軽やかに私を運び、
愛しい人の家へ向かう。
犬たちが吠え、召使いたちが
蝋燭を持って現れる。
私は拍車を鳴らしながら
螺旋階段を駆け上がる。
明るく暖かな部屋で、
愛しい人が待っている。
私はその腕の中へ
飛び込んでゆく。

だが木々の葉はざわめき、
樫の木が語りかける。
「愚かな騎手よ、
その愚かな夢で何を求めるのか?」

フェリックス・メンデルスゾーンによるこの歌曲は、秋の夜の森を馬で進む旅人の姿を描いています。冷たい風の中を孤独に進みながらも、恋人のもとへ向かう想像に心は高揚してゆきます。しかし最後には、その幸福な情景が幻想だったのではないかという不安が現れます。

メンデルスゾーンの音楽は軽やかに流れながらも、どこか影を帯びています。馬の足取りを思わせるリズムの中に、夢と現実の揺らぎが感じられます。このアルバムのテーマですね。夢か現実か?その間を彷徨っていきます。

まずはカイノックのピアノの馬が走る描写が見事。そしてチャールストンは、語るように歌いながら、前半は旅人の恋人に会える期待を表現しますが、やがて不安が増して最後には樫の木の無情な言葉が激しく投げかけられるシーンを強い声で表現します。

エロイーズ・ヴェルネール:《騎士の夢》(2023)

エロイーズ・ヴェルネールは1991年生まれのイギリスの女性作曲家・歌手でもあります。声と言葉の扱いに強い関心を持つ作曲家で、この《騎士の夢》でも、歌、語り、ささやき、ドイツ語と英語を組み合わせながら、夢の中のような不安定な世界を作っています。

この作品は、BBC Radio 3の委嘱によって、このアルバムの二人のために書かれました。素材になっているのは、ハイネの《抒情的間奏曲》の「序章」で、ドイツ語部分はハイネの詩、英語部分はハル・ドレイパーによる英訳を用いており、19世紀のロマン派の夢が、現代の感覚で再構成されています。

孤独で不器用な騎士が、夢の中で美しい恋人と出会い、愛の幻想に包まれます。しかしその場面は突然暗転し、騎士は再び暗い詩人の小部屋に戻されます。最後は言葉のない後奏となり、夢の余韻だけが残ります。このアルバム全体を覆う「夢」と「現実」の境界が曖昧さがここでも現れます。

この構成は、そのまま《詩人の恋》への前奏のようにも聴こえます。愛を夢見ながら、現実には孤独へ戻ってゆく人物像が、シューマンの歌曲集の主人公と重なります。

最初はピアノを叩く音が不気味で、途中カイノックが英語の一節を声で挟んできたり。詩はここには書けませんが、後半にいくに従って壊れていく感じ・・・最後は歌詞がなくなり静かに不安な夢の中を漂うような雰囲気になります。

チャールストンは、歌うだけでなく、語りやささやきも交えながら、夢と現実の境界を曖昧にしてゆきます。カイノックのピアノも、伴奏というよりピアノをコツコツ叩き、時に語り、時に不穏に、時に幻想的に空間を作っています。

シューマン《詩人の恋》

ここまで長くなってしまいました。このアルバムの中心となっているのは、やはりシューマンの《詩人の恋》です。この曲については以下でも取り上げました。

この曲は男声で歌われることが多いですが、女声もまたいいものです。そしてこのチャールストンの歌は女声でも新しいタイプでしょう。古楽をレパートリーの中心に置いてきた彼女の声は、今までの往年の女声の演奏とは違って、ヴィブラートは少なめにして透明な声でありながら、単なる清純さだけではない、深い詩情を感じさせます。

ハイネの詩による16曲の連作ですが、ここに至るまでの選曲やヴェルネールの新作の流れから、ここでは単なる「失恋の物語」というより、夢見た愛がゆっくり崩れてゆく過程、と捉えているように思います。

チャールストンは深く落ち着いた声を持ちながら、決して重くなりすぎず、どこか若々しさや傷つきやすさが残っています。《美しい五月に》では、ゆっくりとした美しくも切なさを感じさせるカイノックのピアノから始まり、恋が芽生える喜びを歌いながらも、その奥にすでに不安が潜んでいることを自然に感じさせます。声を強く押し出すというより、言葉を内側から浮かび上がらせるような歌い方で、ハイネの詩の皮肉や孤独も丁寧に伝えています。

劇的になりがちな《僕は恨まない》でも激情に流れず、声を無闇に張り上げないで、心の奥の痛みとして歌われます。何度も僕は恨まない、と歌いますが、そのためにかえって「本当は傷ついている」という感覚が強く残ります。深い失恋をしたものだけにわかる歌。《私は夢の中で泣いた》や《夜ごと夢に見る》では、夢と現実の境界が曖昧になり、声そのものが夢の残響のように聴こえました。

ショルト・カイノックのピアノは単なる伴奏ではなく、詩人のもう一つの内面として響いています。とりわけ後奏の美しさが印象的でした。《美しい五月に》の解決しきらない終わり方、《ラインの聖なる流れに》の静かな余韻、《古い、忌まわしい歌》の長大な後奏など、シューマン特有の「歌が終わったあとに本当の感情が現れる」瞬間を、カイノックは非常に自然に描いています。

また全曲の流れの作り方も見事でした。前半では恋の夢や憧れがまだ明るく残っていますが、中盤から少しずつ影が濃くなり、《フルートとヴァイオリンが鳴る》では幸福な婚礼の音楽が悪夢のように響きます。そして最後の《古い、忌まわしい歌》では、巨大な棺に愛と苦しみを葬ろうとしながらも、本当に忘れることはできない。その感情が、長いピアノ後奏の中で静かに漂い続けます。

このアルバムでは、《詩人の恋》の世界へ入る前に、レーヴェ、ラング、ファニーとフェリックス・メンデルスゾーン、そしてエロイーズ・ヴェルネールの作品が置かれ、それによって《詩人の恋》が孤立した名作ではなく、19世紀ドイツ歌曲の夢と孤独の系譜の中にあることが自然に見えてきます。

録音も非常に美しく、Bisらしいどこまでも透明で澄んだ音。そして声と包み込むようなピアノの距離感が自然です。残響は豊かですが過度に広がらず、言葉の輪郭を保ちながら夢のような空気を作っています。特に弱音の美しさが際立っていて、このアルバムの内省的な世界に非常によく合っています。

《A Poet’s Love》は、《詩人の恋》を単独で聴くのとはまた違った角度から照らし出すアルバムでした。ハイネの夢、幻想、失恋、そして消えゆく幸福のイメージが、19世紀から現代へ静かにつながってゆく。夢の中でしか存在できない愛の記憶を描いた、非常に美しく、繊細なアルバムでありました。

過去記事は以下のブログから


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