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ネルソンスが描くメンデルスゾーンの深い響き―交響曲第3・4・5番


今晩は、ドイツ・グラモフォンから2026年3月27日にリリースされた、アンドリス・ネルソンス指揮、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団による、フェリックス・メンデルスゾーン作曲《交響曲第3番「スコットランド」》《交響曲第4番「イタリア」》《交響曲第5番「宗教改革」》を聴きます。

収録曲は以下の通り。

フェリックス・メンデルスゾーン:交響曲第3番 イ短調 作品56《スコットランド》
第1楽章 Andante con moto – Allegro un poco agitato
第2楽章 Vivace non troppo
第3楽章 Adagio
第4楽章 Allegro vivacissimo – Allegro maestoso assai

フェリックス・メンデルスゾーン:交響曲第4番 イ長調 作品90《イタリア》
第1楽章 Allegro vivace
第2楽章 Andante con moto
第3楽章 Con moto moderato
第4楽章 Saltarello: Presto

フェリックス・メンデルスゾーン:交響曲第5番 ニ長調 作品107《宗教改革》
第1楽章 Andante – Allegro con fuoco
第2楽章 Allegro vivace
第3楽章 Andante
第4楽章 Chorale “Ein feste Burg ist unser Gott” – Andante con moto – Allegro vivace

アンドリス・ネルソンスは、もうご存知現在のクラシック界を代表する指揮者の一人。長年にわたりボストン交響楽団とライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団という二つの名門を率いてきました。特に後者は、かつてメンデルスゾーン自身が音楽監督を務めたオーケストラであり、この録音には歴史的な意味も重なっています。

今、この録音を聴くうえで見逃せないのが、ネルソンスを取り巻く状況の変化です。2026年、ボストン交響楽団は突然彼との契約更新を行わない決定を下し、事実上の退任が決まりました。音楽的評価の問題というよりは、理事会との方向性の違い、すなわち組織運営や将来ビジョンをめぐる齟齬が背景にあるようです。今年もグラミー賞を受賞し、楽員からの支持は厚かったのにもかかわらず、この決定は決して単純なものではありません。

もちろんこのことが決まったのはつい最近のニュースで、このメンデルスゾーン録音の頃にはこういったことはまだなかったのですが、この流れを見ると、このアルバムは単なる新譜ではなく、ネルソンスの活動の重心がアメリカからヨーロッパへと移りつつある時期の記録として聴こえてきます。ボストンという巨大な舞台から距離を置き、ゲヴァントハウスという伝統の中で音楽と向き合う――そのような内向きの集中が、この演奏の性格にも影を落としているように感じられます。

このアルバムは、メンデルスゾーンの全交響曲とオラトリオの《聖パウロ》、《エリアス》を一体として提示する大規模プロジェクト。もちろんメンデルスゾーンと言えばライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団は長いメンデルスゾーン演奏の歴史が積み重ねられてきたオーケストラ。この素晴らしい組み合わせのアルバムですが、全部聴くと7時間以上になります。流石に全部を通しでは一気に聴けないのでまずはアルバムの最後に収められている3曲の交響曲を聴きます。

まず《スコットランド》交響曲。

この作品は4楽章が切れ目なく結びつき、全体が一つの巨大なアーチを形成していますが、アタッカはそれほど意識していなくて各楽章の切れ目はしっかりあります。

まず聴いて感じたのはオーケストラのサウンド。もちろん録音にもよるのですが、非常に彫りの深い音。曖昧なところがなくがっしりとした土台のある音色とドイツ・グラモフォンらしい録音で各セクションがくっきりと浮かび上がります。このオーケストラの伝統的なサウンドが聴けますね。これはメンデルスゾーンの録音としては出色の優秀録音です。

冒頭の暗い序奏主題は、まるで霧に包まれた古城の風景のようですが、この主題が全曲を通して変容し続けることで、音楽は単なる楽章の連続ではなく、一つの物語として進行します。ネルソンスはこの構造を明確に意識し、各楽章を独立させるのではなく、常に前後関係を考えつつ響かせていますね。序奏の後の主部も決して速くなりすぎず、オーケストラの音色を存分に生かしています。第2楽章の軽やかな動きも、単なる対比ではなく、あくまで同一世界の別の表情として描かれます。特に印象的なのは第3楽章で、弦の歌が内省的に沈み込み、そこから終楽章へと一気に緊張が高まっていく流れです。終楽章はテンポは生き生きとして速くて前進性があるのに不思議に軽く感じません。堀が深く色濃い演奏です。終結部のコーダはしばしば勝利の音楽として誇張されがちですが、ここではむしろ抑制され、全体の統一感を保っていますね。いい演奏です。

続く《イタリア》交響曲は、対照的に明るく外向的な作品ですね。第1楽章の躍動的な主題は素晴らしく躍動感のある演奏。前にどんどん向かって緩みがないのに軽くない響き。一見無邪気に聴こえますが、実際にはとても精密に構築されていて、和声の推移も巧妙です。ネルソンスはこの構造をしっかりと押さえ、単なる軽快さに流されることなく、音楽の流れを保ち続けます。

第2楽章はしばしば巡礼の行進と解釈される重い楽章ですが、ここでもテンポを引きずらず、一定の歩みを保ちながら進めることで、作品全体との均衡を崩しません。第3楽章ではホルンの響きが象徴的に用いられ、どこかドイツ的な陰影が差し込むのも興味深いところです。ゲヴァントハウスのホルンの音、いいですね。ドイツ的。そして終楽章サルタレロでは、激しいリズムが支配しますが、ネルソンスはこれを単なる舞曲としてではなく、最後までコントロールされた運動として描き切ります。

そして《宗教改革》交響曲。

この作品は元々は宗教改革300周年(1830年)記念の宗教的祝典のために作られ、それを交響曲として構成したので、構造的にちょっと特異ですね。

第1楽章に現れる、ワーグナーのパルジファルでも重要な動機として使われたり、ブルックナーも使っている上行型の音型、いわゆる「ドレスデン・アーメン」によって、すでに宗教的雰囲気を提示していますが、その後の展開は必ずしも交響曲的に均整が取れているわけではありません。しかし対位法的な面白さやゲヴァントハウスの音色はもしかしたらこの3つのシンフォニーの中では最もしっくりくるかも。木管、特にオーボエの音色が個性的、フルートは澄んでいてでしゃばらず、私好み。チェロがよく歌います。第2楽章はスケルツォ的で魅力的な演奏、トリオはほんの少しテンポを緩めて柔らかい音楽にしています。第3楽章は第4楽章に向けての序奏と言ってもいい短い楽章で、これは交響曲第2番の第3楽章も同じような扱いでした。

そして終楽章において、ルターのコラール《神はわがやぐら》がフルートの美しいソロで提示された瞬間、音楽は一気に意味を帯びます。この旋律は単なる主題ではなく、宗教的・歴史的象徴そのもの。ヨハン・ゼバスティアン・バッハもカンタータBWV80でこのコラールを扱っていますが、バッハがそれを徹底的に音楽を構造化したのに対し、メンデルスゾーンはここで宣言として提示しています。というのはメンデルスゾーンはプロテスタントの家庭で育ち、実際に宗教はプロテスタントであったのにも関わらず、ユダヤ人の家系ということで差別を受け、宗教改革記念祝典のために書かれたこの原曲もパリやベルリンで上演拒否という憂き目に遭っています。だからこそここで自らをプロテスタントであるという宣言として「神はわがやぐら」をこの楽章の高らかなテーマにしています。

ネルソンスはここで過度に厳格にならず、音響としての厚みと流動性を保ったまま、コラールを自然に浮かび上がらせています。コラールを大袈裟なドラマとすることなく、あくまで音楽の流れの中で自然に立ち上がらせる点が特徴でしょうか。その結果、この楽章は壮大でありながらも、どこか内省的な響きを持つものとなっています。祈りというよりは、音楽として鳴らし切ることで結果的に信仰の重みを伝えるアプローチですね。

この3曲を通して見えてくるのは、ネルソンスがメンデルスゾーンを「軽やかな作曲家」としてではなく、反対に構造と精神性を兼ね備えた存在として捉えているということ。テンポはある程度一定に保ちながら、音楽の密度は高く、各声部の関係が丁寧に織り上げられています。

そしてそこにはライプツィヒ・ゲヴァントハウスの伝統的な音色と、口述的に引き継がれてきたメンデルスゾーンの演奏法やパート譜に書かれたボウイングなどの貴重な資産があるのではないかと想像しています。

この姿勢は、現在のネルソンスの立ち位置とも無関係ではないでしょう。大きな組織との関係に一区切りをつけ、より本質的な音楽へと向かう過程にある指揮者。その過渡期に記録されたメンデルスゾーンは、結果として軽やかさの奥にある重みを浮かび上がらせているのではないでしょうか。

この1枚は単なる交響曲集というよりも、メンデルスゾーンの深い内面に触れられると同時に、ネルソンスの現在地を映し出す鏡ではないでしょうか。またメンデルスゾーンはしばしば軽やかで優雅な作曲家として捉えられますが、この演奏を聴くと密度の高い精神性を持った音楽です。まずは大きな曲集の1枚目ですが、他の演奏を聴くのが楽しみです。

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